7月8日~7月14日
雷雨 玉ねぎとツナの春巻き
何となく、春巻きが食べたい気分だった。
動画サイトで簡単に作れそうな春巻きを探したら、ツナを使ったものがあったからそれに決め、灰色の空の下、駆け足気味に近所のスーパーへ買いに行った。
今日は快晴とのことだったが、空はいつ雨が降ってもおかしくなく、蒸し暑い。夏は嫌いだ、春や秋が好ましい。
どうにか雨が降る前に帰宅でき、蒸し暑さに少し冷房をつけたくなるのを我慢しながら家中の窓を開け、気合いを入れるように水に浸した濡れタオルを首に巻き、調理開始。
みじん切りにした玉ねぎとツナと塩コショウを手早く混ぜ合わせ、適量を春巻きの皮に置いて丸めていく。二十個弱作ったら、フライパンに何個か並べていき、春巻きが半分浸るくらい油を注いだ。こんがりと焼けてきたら裏返して、色がついたら出来上がり。
さて次の春巻きをと思ったら、外から大きな音がする。低い……雷の音。けっこうな長さだった。
「……」
雷の音にはしゃぐ人だった。
聴いた? 今の。すごい大きかったねって、肩を軽く叩かれながら言われたことがある。
「……あ」
雨。
今にも降りそうだった空、今しがたの雷。雷雨が来る。
──洗濯物。
慌てて二階のベランダに向かうと、ちょうど降り始めた所で、地面はまだそこまで濡れていない。すぐに干していたものを取り込んでいく。
そして、最後の洗濯物を手に取った時、それが目に入った。
「……っ」
お向かいの家、ドアの前で体育座りをする少女の姿。朝、夕陽を見送る時によく見掛ける、その家のお嬢さんだ。
肩までの黒い髪も、黒いセーラー服も、そこまで濡れているようには見えない。ぎりぎり間に合ったんだろうが、どうして家の中に入らないのか。鍵がないんだろうか。
じっと見ていると、視線を感じたのか彼女は顔を上げ、目が合う。しばし見つめ合ってから、彼女が首を横に振った。
弱々しく笑みを浮かべて、何度も。
気にしないで、いや、放っておいてください、ということか。
まあ、玄関には屋根がある。雨足もそこまで強くない。──そう思った途端、急激に強くなった。
少女の背が丸まる。
「……」
ご近所付き合いなんてほとんどしていない。それでも、雨の中、外にいる少女を無視して、春巻き作りを再開する気にはなれなかった。
中に入り、現在使わせてもらっている部屋からバスタオルを一枚手に取って、一階に向かい、片手で傘を適当に掴んで外に出る。そのまま真っ直ぐ少女の元へ。
お互いに庭のない一戸建て。門とかはないから少女の目の前まで行くことができ、何か言うよりも先にバスタオルを差し出す。少女はバスタオルと俺を不思議そうに見るだけで、なかなか手に取らない。
「使って」
「……」
「洗濯したやつだから」
「……でも」
「気にしなくていい」
さらに前へ突き出すと、少女は困ったように笑い、ありがとうございますと言って、ようやく受け取ってくれた。
「……その、保護者の方は」
「もうすぐ帰ってくると思います。今日はたまたま鍵を忘れて出てしまっただけですので、どうか気にしないでください」
タオルで髪や顔を拭いながら、柔らかな声で少女は返事をする。俺が、そうか、と言えば会話は終わり。
このまま帰るのは気掛かりだが、これ以上、ただの他人にできることはない。
「……風邪、引かないように」
「ありがとうございます」
それだけ言って、俺は家の中に戻った。
戻るしかなかった。
──
「真昼ちゃん、大丈夫かな」
二時間後、いつも通り二人で夜ご飯を食べていると、ふいに夕陽がそんなことを口にした。
「誰だ、それ」
「お向かいの明村さん家の真昼ちゃん。おれが帰ってきた時その子がね、家の玄関の前に座ってたから気になっちゃって」
「……」
まだ、いるのか。
もうすぐ保護者が帰ると言っていたのに。
「誰かがバスタオル貸してくれたのかな、それ身体に巻いてた。雨でちょっと冷えてきたし、真昼ちゃん女の子だし、心配だな」
「……その子と仲いいのか?」
「昔ね、登校班が一緒だった」
「……」
夕陽なら高校生で歳も近いし、話しやすいか。
箸を置いて立ち上がり、キッチンに向かうと棚からタッパーを取り出して、夕陽のおかわり用に避けておいた春巻きを詰めていく。そして割り箸を添えて、ダイニングに戻り夕陽に渡した。
「にいちゃん?」
「まだいるようだったら渡してやれ。お腹が空いてるかもしれない」
「……そうだね。おれ、行ってくるよ」
俺からタッパーを奪い取り、夕陽はすぐに外へ向かった。その背を見送ると、椅子に座り直して箸を取る。
……嫌な顔一つせずに行ったな、夕陽。
いい奴に育ってくれて、従兄として嬉しいよ。
話し込んでいたのか、結局、俺が食べ終わる頃になっても、夕陽は戻ってこなかった。
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