琥珀糖 ツナ炒飯
はいどうぞ、と勢い良くプリントを渡してきた夕陽の顔は、期待に光り輝いていた。
若干引きつつ、ちょっと待ってろよと言って赤ペンを動かしていく。その間、ずっと夕陽の視線を感じ、けっこうやりづらくて丸が何個か歪んだ。どうにかチェックを終える。今日は二問間違えていたから、そこを重点的に教えるとして……。
顔を上げると、夕陽の輝きが一段増していた。どんだけ楽しみだったのかと思いながら席を立ち、冷蔵庫に向かう。
昨夜、叔父さんがお土産を持って帰ってきた。
会社の人からもらったらしく、琥珀糖、というお菓子らしい。食べたことないが、見せてもらったら宝石のような見た目をしており、思わず光にかざしてみたくなるほど綺麗だった。
お礼を言ってすぐに食べようとしたが、まだ起きていた夕陽に止められた。その時点で、夕陽は歯を磨いていたのだ。
『おれが食べられないのに、二人で食べるのずーるーいー! 明日一緒に食べようよ!』
『と、父さん会社で食べてきたから、二人で明日全部食べなさい。夜もそれでいいかな?』
『構いません』
『やった!』
で、今に至る。
桃色のリボンが巻かれた薄紫の箱、リボンをほどき蓋を開ければ、不揃いの琥珀糖が所狭しと詰め込まれていた。輝きは一晩経っても褪せてはいない。そのことに満足しながら、ほれ、と夕陽に促せば、彼は素早く一つ摘まんだ。
「いただきま……んんっ! んんんんんんっ!」
旨いらしい。
どれ俺もと一つ摘まめば、まあ、旨かった。和菓子とあって優しい甘みが口内に広がる。うん、旨い。旨いけれど、もう一つ欲しい、ってほどではないな。
全部食べていいぞと箱を押し付ければ、嬉しそうに夕陽は受け取って、ばくばく食べていった。本当に全部食べそうだ。夕飯入るか心配だ。今日は少なめにしてやろう。
キッチンに向かい、夕食の準備を始める。
大きめのボールに米を三人分ぶちこみ、卵・ツナ缶・刻んだ玉ねぎを入れて混ぜていき、それが済んだら大きめの鍋で炒めていく。ツナ炒飯だ。
塩コショウで味付けしながら、炒めること数分。底の深い皿に盛り付けて完成。それをダイニングに持っていけば、箱は空になり、夕陽は自分の腹を撫でていた。
「まだ入るか?」
「高校生の胃袋を舐めないで」
そうかと言って皿を置いてやり、一緒に食べる。
改めまして、声を揃えていただきます。
炒飯を掻き込む彼に苦しそうな様子はない。美味しいと何回も言ってくれる。そのたびにさんきゅと返して、自分も食べる。我ながらよくできた。
「あ、そういえばさ、にいちゃん。明日って暇?」
「無職なんだから暇だよ」
「家のことやってくれてるじゃん。特に用事ない?」
「ないぞ」
「良かった。ならさ、お出掛けしない?」
「は?」
何で? と言いながら顔を上げると、きょとんとした顔の夕陽と目が合う。
「水族館行きたいから」
「一人で行けよ、金あんだろう?」
「あるよ、もちろん自分の分は自分で払うよ。なんかさ、昨日タコの話したからタコ見たくなっちゃったけど、一人で行くの何となく嫌だからさ、ついてきてよ」
「……高校生にもなって」
「高校生だって一人が嫌な時もあるの!」
お願い、とか言ってくるが、何で従兄弟で水族館に行かないといけないのか。
両手を合わせて彼は頼み込んでくるが、何となく気が進まない。
「てか、友達は? 友達と行けよ」
「友達に振られたからにいちゃんを誘ってるの!」
あー、そう。
俺は最後の手段ってか。
「……」
「お願いお願い! 一緒にタコ見よう!」
「……」
「にいちゃん!」
そもそも、従兄弟で水族館なんて、行ったことがあっただろうか。
遊園地も動物園も、なかった気がする。
映画くらいは、一緒に暮らしてからたまに行くようになったけれど。
……水族館、か。
「何とか、ご慈悲を!」
「……」
「……っ!」
「……分かった、行ってやる」
返事をすると、夕陽は大袈裟にも両手を上げて喜び、残りの炒飯を全て平らげた。
そして満面の笑みで言うのだ。
「帰りにたこ焼き食べようね!」
「え」
今日の昼に食べたからいい、タコ見た後にたこ焼き食うのか、とか思ったが、純粋な高校生のきらきら輝く瞳を見ていると何も言えず、取り敢えず頷いておいた。
二日連続たこ焼きか。
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