飛ぶ ツナのおにぎり
洗濯物は干した。掃除機も全体的にかけた。買い物も終わり、夕陽に渡すプリントも作成済み。
暇だ。
暇になったから折り紙をしようと、リビングの引き出しに仕舞っている折り紙を取り出して、ダイニングテーブルに持っていく。
『何もやることがなくなったら折り紙をやりなさい。児童館や図書館で働いている知り合いがいるから、その人達に渡したいんだ』
叔父にそう言われ、暇な時は折り紙をするようにしていた。
最初の頃は慣れていないせいで不格好なものしか作れなかったが、もうこの生活も半年、大分様になってきたと思う。思う、が……。
「……」
紙飛行機が上手くできない。
形はどうにかなるが、飛ばそうとしても全然飛ばないのだ。動画などを見ながらやってみても上手くいかない。今日もダメだった。
床に落ちた紙飛行機を拾い上げ、紙を広げて最初から折り直す。そろそろ夕陽が帰って来る。その前に、もう一度挑戦してみたかった。
夕陽は案外、紙飛行機を作るのが上手い。
前に折り紙をやっている最中に彼が帰ってきて、自分もやると一枚手に取ってやりだした。それがたまたま紙飛行機で、ぴゅーと綺麗に真っ直ぐ飛び、壁に激突して墜落した。外の広い場所だったらもっと飛んだはずだ。
『久しぶりに折ったけど、飛ぶもんだね』
『……そうか』
コツとかは訊かなかった。訊けないだろう。どんな風に折っていたかもよく見ていない。
これからも動画などを参考にしつつ、我流でコツコツやっていく。
折って、折って、折って、折る。紙飛行機の形になる。それを手に取り投げ飛ばす、が、あっという間に床に落ちた。
「……」
紙飛行機を拾うのと同時に、玄関から物音が聴こえる。急いで冷房をつけるのと、玄関のドアが開くのは同時だった。作成済みのものはそのままにし、袋に入ったままの折り紙をリビングの引き出しに戻しにいく。
「ただいまー。あ、折り紙やってたんだ」
引き出しに仕舞った所で、そんな声が聴こえた。
「おかえり、おにぎりあるぞ」
「え、作ったの?」
「買った。一昨日夕陽が買ってきてくれた所のやつ。今日買いに行ったんだ」
「あそこ? そんなに美味しかったんだ」
「……まあ」
着替えてくるねと夕陽がいなくなり、今度はテーブルの上の折り紙を片付ける。叔父が用意してくれたカゴがあり、その中に入れておけば、叔父が休みの日に持っていってくれるのだ。
順にカゴに入れて、それもまたリビングの所定の位置に置くと、部屋着(中学時代の体操着)姿になった夕陽が戻ってきた。
「またツナにしたの?」
「ツナも買ったが、鯖や炒飯も買った」
「食べたことある! 美味しいよ」
「そうか」
「おにぎりと言ったらほうじ茶だよね」
そんなことを言いながら、夕陽が飲み物の準備をする。俺も、冷蔵庫に放り込んでいたおにぎりを出してテーブルの上に置いていった。
「おにぎり屋さんのおにいさん、今日も左目隠してた?」
「隠してた。いつもああなのか」
「だね。見えにくくないのかなってよく言われてるよ」
「確かに、あれはうっかり転びそうだよな」
話しながら、おにぎりを一つ手に取り、口に運ぶ。
……うっまいな、本当に。
夕陽に視線を向けると、満面の笑みでおにぎりを頬張っていた。彼はいつも旨そうに飯を食う。普段から作り甲斐があるし、こうやって買ってきたものを喜んでもらえると普通に嬉しい。
「……」
「にいちゃん?」
「何でもない」
彼女だったら、やっぱり、ツナ一択なんだろうな。
彼みたいに嬉しそうに食べるんだ、きっと。
優しい甘さをもたらしてくれるおにぎりのツナが、ふいにしょっぱく感じたのは、果たして気のせいだろうか。
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