喫茶店 ツナとピーマンのパスタ

「クリームソーダが飲みたいの」


 待ち合わせ場所で先に待っていた彼女が、俺が何か言う前にそう満面の笑みで言ってきた。


「こないだね、すごーく素敵な映画を観たんだけどね、その中でクリームソーダ飲んでるシーンがあったから、今日は夜くんと一緒に、どこかの喫茶店でクリームソーダが飲みたいなー」

「別にいいけど……その映画、誰かと行ったの?」

「一人だよー。アニメ映画だから、夜くん興味ないかなーって」

「誘えよ。……それでも、誘えよ」

「どうせ寝ちゃうのに?」

「寝ないかも、しれないし……」


 映画くらいで何をムキになっているのかと、なんだか情けなくなってきて俯くと、ふいに彼女が俺の手を握ってきた。


「クリームソーダの前にその映画観に行こうか。今日はまだまだ時間もあるしね!」

「……あさちゃんがそれでいいなら」


 結局、映画の途中で寝て、肝心のクリームソーダのシーンは観られなかった。


◆◆◆


 パスタを茹でている間に、フライパンにツナ缶とピーマンをぶちこんで炒める。

 ダイニングテーブルでは、従弟にして教え子である夕陽がうんうん唸っていた。


「にいちゃん、今日のはちょっと難しくない?」

「気のせいだろう。取り敢えず教科書でも読んだらどうだ?」

「うーん。うん」


 部屋に置いてあるらしい教科書を取りに行く夕陽の背中を見送ってから、調味料を混ぜていく。

 正直に言えば、今日の問題は少し難しく作っていた。それでも、夕陽の実力からして、学校の教科書を再読すればどうにかなるであろうレベルだ。負けず嫌いな所があるから、諦めずに最後まで解こうとするだろう。

 それにしても……昨日のおにぎりは旨かった。

 学校の近くのおにぎり屋と言っていたが、確か彼の通う学校は二駅隣だったはず。行けない距離ではないし、明日行ってみようか。

 戻ってきた夕陽は教科書を読んでもうんうん唸っていた。その間に、茹で上がったパスタを具材に絡ませ、俺と彼の分が出来上がる。叔父さんはいつも二十二時を過ぎないと帰ってこないから、いつも俺と夕陽で夕食を済ませていた。

 副菜は、スライスしたきゅうりにツナを和えたもの。それらをテーブルに並べていき、夕陽に声を掛ける。


「一旦飯にしよう。腹に何か入れてからの方が分かることもあるだろう」

「お腹いっぱいになって眠くならない?」

「その時は叩き起こしてやるよ」

「スパルタだー。塾の子にもそうやってたの?」

「よそのお子さんにそんなことしてみろ、秒で職失うわ」

「ぶー」


 箸も用意して席に着き、声を揃えていただきます。

 一人の時は何も言わないで食べてたけど、こうして居候させてもらってからは、子供の手前、何も言わないのはまずいだろうと言うようにしている。


「……んー! 美味しい! ほんと料理上手いねにいちゃん。にいちゃんのご飯食べられて幸せだよ」

「大袈裟な」

「ほんとほんと。いやーもういつでも……うん……」


 変な間があった。

 何か言おうとして、やめたような。

 夕陽を見ても、誤魔化すように早口に今日あったことを話すものだから、何を言いたかったんだ、とか訊けそうにない。

 まあ、何となく、分かるけれども。そんなに気にしなくていいのにな。


「でね、昼休みが終わるチャイムが鳴るまでに、人鳥ひととりの奴五人も負かしててさ、すごいよね人鳥」

「その人鳥くんは将棋がとっても強いんだな」

「将棋部だしね」

「あー」

「いつもは友達とお昼食べに行くんだけど、今日はたまたま教室に残ってて、それで人鳥を倒そう! みたいになってさ」

「で、五人か。すごいな。ところで夕陽、パスタ、早く食べないと伸びるぞ」


 あぁごめんと言って夕陽は慌ててパスタを掻き込みだした。喉に詰まらせないか少し心配だ。

 俺はもうパスタは食べ終わり、副菜も間もなく小皿から消える。洗い物はいつも全て俺がやるから、早いとこ食べ終わってほしいのだ。


「あー美味しい。ピーマンとツナって合うんだね」

「みたいだな。……昔さ、たまたま立ち寄った喫茶店のメニューにこれがあって、作り方を教わったんだよ」

「そうなんだ。にいちゃんにしては積極的だね」

「訊いたの、俺じゃないからな」


 俺はただ傍にいただけ。

 そう答えると、夕陽は気まずそうな顔をして目を泳がせていたから、それが妙に面白くて笑ってしまった。

 戸惑う従弟にさっさと食べろよと言って、ひとまず、俺の分の食器を流しに持っていった。いつも通り一緒に洗いたかったが、俺がいたら食べづらいかもしれない。

 洗い終わる頃に、夕陽が食器を持ってやってくる。ん、と手を差し出すと、いいと首を横に振った。珍しく自分で洗いたいらしい。別にいいのに。

 横に立っているのもなんだし、とダイニングに戻ろうとしたら、あのさ、と声を掛けられた。俺は視線を向けたが、彼は振り返らずに口を開く。


「……パスタ、美味しかったよ」

「言い過ぎだろ。そんなにか?」

「うん」

「なら、また作ってやろうか?」

「……いいの?」

「構わない」


 なら、お願いします。

 何で敬語なんだよと笑ったが、夕陽からは特に何の反応も返ってこなかった。

 いくらでも作ってやるさ、この家にいる限りは。

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