四月朔日さん

          四月朔日さん

 スーッ……。

 冬の澄んだ空気が鼻を通り、器官を通り、肺に染み渡る。

 ここが雪いっぱいの湖の上だったらよかったなぁ、なんてことを考えながら、私はもう一度寝てしまおうとすると

 「子槌さーん。起きてますかー?」

 看護師さんが呼びかけてきた。

 「…はーい、起きてますよー。」

 「はーいおはようございます。これ朝食です。ここに置いておきますね。」

 「ありがとうございます。」

 「薬は飲まないでくださいね。それでは、食べ終わったら呼んでください。」

 「はーい…。」

 朝食を食べることを渋っている私、子槌こづちイノは今年の秋からここ、大藤だいとう大学附属病院の精神科に入院している。来たときの記憶はあまりなく、目が覚めたらここに寝ていた、という感じだ。

 「はぁ…。雪に触りたいなぁ…。」

 (あのキンキンに冷えた感じが良いんだよね。)

 そんなことを考えていると、

 「おっす。大丈夫かイノ。」

 「お~。姉やんおはよー。」

 私のお姉ちゃん、子槌ツカサだった。名前の意味はすべてを司ることができるように、だそうだ。

 「精神科に入院って聞いたときはそんなにおかしくなったのかと思ったけど、そんな軽口たたけるんだったら大丈夫だね。」

 「うん。私自身もなんでここに来たのかわからないんだよね。」

 「なんでかねぇ。ま、早く退院できるといいね。」

 「うん。ありがとー。」

 「じゃあ、私仕事あるから行くわ。元気でねー。」

 「ばいばーい。」

 お姉ちゃんが帰ると、病室はしーんとして、私はあることを思い出した。

 「あ、ごはん食べないと。」

 さっき看護師さんが持ってきてくれた朝ごはんは、残念なことにもう冷めてしまっていた。しかし、なぜかその味を私は懐かしいと思ってしまった。

 「……?」

 (いつも思うけど、なんでこんな懐かしいんだろう?)

 「ま、いっか。」

 私はそのことを一旦置いておいて、ごはんを食べ進めた。

 「ごちそうさまでした。」

 私がちょうど食べ終わったタイミングで看護師さんが来た。

 「はーい、食べましたかー?」

 「食べましたよー。」

 「はぁい、じゃあ持っていきますね。」

 「お願いします。」

 (…やることが無くなったな。)

 なにをするか悩んでいると、なんかめんどくさくなってきて、寝てしまおうと思った。

 (結局最後は寝るに行き着くんだよね。)

 「おやすみなさぁい…。」

 誰に向けて言ったわけでもないおやすみなさいを言って、私は眠りについた。

 

 

 「…あいつ、本当に大丈夫かな。」

 私、ツカサはそんなことをつぶやきながらタクシーで会社に向かう。

 (今は大丈夫そうだが、あいつにあの記憶が戻ったら…。)

 そんなことを考えると、気が気じゃなかった。

 (あいつが精神科に入院したと聞いたとき、あのことを思い出して壊れたのかと思ったが、大丈夫だったし、今も落ち着いているみたいだな。しかし…。)

 記憶喪失などの記憶はいつか戻ってしまう。ならそのことが思い出せないような環境にしてしまえばいい。

 (できるだけあそこ通うか…。)

 そんなことを思い窓の外を見ると、雪がしんしんと降っていた。


 「…ここはどこ?」

 私、イノは今、何もない真っ暗な空間にいる。

 (えー…、私寝てたよね?え?病院の人が動かしたの?)

 「やぁ。」

 そんなことを考えていたことに加え、誰もいないと思っていた暗闇から突然声がでてきたのでびっくりした。

 「そんなに驚かなくてもいいじゃん。どうせここには私と君しかいないんだから。」

 「いや、びっくりするでしょ普通。誰もいないところから声が聞こえてきたら。」

 「まぁ、そんな警戒しなくていいよ。私の名前は四月朔日。君は?」

 「私の名前は子槌イノです。ていうかわたぬき?変わった名前ですね。」

 「よく言われる。」

 …どうしよう、会話が続かない。

 「イノちゃんは何か好きなことはあるの?」

 「私ですか?そうですねー…。あ、映画を観ることが好きです。」

 「へぇ、映画!ちなみにどんなの?」

 「サスペンスとかミステリーとか。最近は恋愛ものも観ますね。」

 「すごい…。」

 「なにがですか?」

 「イノちゃんが言ったジャンル、私も好きなんだ。」

 「へぇ!四月朔日さんもですか!奇遇ですね。」

 「ちなみに、どれが好きかとか聞いてみたいんだけど…、今日はもう時間だから戻るね。」

 「そうなんですか。残念です。また会ったら話の続きしましょう。」

 「約束ね。」

 「はい。」

 私も帰ろうと振り向いた時、

 「よかった…。まだ大丈夫みたい。」

 と小声でつぶやいていた。


 「んんん…。」

 次に目を覚ますと、そこは朝と変わらない私の病室だった。

 「…なんか人が出てくる夢を見た気がするんだけど…。」

 ちらっと机を見てみると、昼食が置かれていた。

 (げ…。あんな寝てたの…。)

 時計を見てみると、午後1時半を回っていた。

 「早く食べなきゃ…。いただきます。」

 「子槌さーん?食べました?」

 「…今から食べようとしてるところです。」

 食べようとするタイミングで看護師さんが入ってきた。

 「それなら早めに食べてください。もう食器洗うって言っていたので。」

 「え。そうなんですか。」

 「はい。なので。」

 わたわたしながら全部食べた。

 「ごちそうさまでした。」

 「お粗末様でした。…それにしても子槌さん、来たころより食べるようになりましたね。」

 「そうなんですか?」

 「はい。来たころは、二、三口食べたらもういらないと言っていたので、看護師たちの間で少し話題があがってましたよ。いつ倒れるかわからないような体をしていたので、少し怖かったんですよ。」

 …覚えていない。

 「私って入りたてのときそんな感じだったんですか?」

 「はい。周りに対してもつっけんどんな対応でしたよ?」

 もう一度言おう。覚えていない。

 (考えてみると、ここに入ったばっかりのときの記憶全然ないな…。)

 なんでだ?考えてみると前に比べて寝る頻度が増えたような…。

 「まぁ、元気ならいいです。これからも元気でいてくださいね。」

 「ありがとうございます。」

 そう言って、看護師は出て行った。

 (なんでだ?なんで私は入った頃の記憶が無い?なにか私の過去の記憶と関係しているのか?)

 実は、私は過去の記憶があまりない。当たり前だと思うのだが、私の場合は、過去がぽっかり穴が空いてしまっているような感じだ。

 (まぁ、いいや。そのうち分かるだろう。)

 そうして私は、また眠りについた。すぐに寝息を立て始めた。

 だが、そのすぐあとに体がむくりと起きだした。

 

 「あー…、頭痛い…。」

 次の日、起きるとすごく頭が痛かった。

 (どうしよう、寝るか?いや今起きたばっかだしなぁ…。)

 結局、薬を飲むことに決めた。

 (最初からこうすればよかった。)

 そうして薬を口に入れると変な違和感があった。

 (ん?なんだ?なんかとても薬の数が少ないような…、口の中が寂しいような…。)

 箱を見てみると、確かに用法容量は当たっている。

 (なんでだ?)

 そんなふうに考えていると、何かが頭の上をちらついた。

 (なんだ?これ。なんか…、明らかに薬の量が間違っているな。これは…、私の記憶?」

 つい口に出てしまったようだ。私しか病室にいないが、口をおさえる。

 (これが私の記憶だとしたら…、なんで今思い出した?いや、それは薬を飲んだことがトリガーか…。)

 頭の中でぶつぶつと考えていると、

 「おっす。イノ。」

 ツカサが現れた。

 「お、姉やん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」

 「ん?なんだ?私が分かる範囲であれば答えられるぞ。」

 私は軽く息を吸い込むと、

 「私、明らかに用法容量が間違っている薬を飲む記憶を思い出したんだけど、何か知らない?」

 「ッ!」

 ツカサは明らかに動揺したように、大きく息を吸い込んだ。

 「いや、何も知らない…。ていうかお前なんで…。」

 ツカサは腕をきつく結んだ。私は知っている。あれはツカサが隠し事をしているときにするクセだ。私は少し怒気がこみあげてきた。

 「お姉ちゃん、いやツカサ。」

 私が呼び捨てにすると、ツカサは大きく目を見開いた。

 「なんで隠し事するの?」

 わたしは若干の怒気を込め、強めに言った。

 「それは…、今は言えない。」

 「今は?じゃあいつになったら教えてくれるの?」

 「それは…。お前の記憶が戻ったらだ。」

 「本当に?」

 「本当だ。」

 その言葉を聞くと私は、肩その他もろもろの力を抜いた。

 「ならいいや。早く聞きたいから早く思い出すね。」

 「……。」

 ツカサは沈黙を貫いたまま病室から出ていった。


 「わー!雪だー!」

 私は今、病院の中庭に来ている。雪がつもっていて、なかなかに楽しい。

 「気を付けてくださいよ。体が冷える前に中に戻りましょうね。」

 「はーい!」

 看護師さんも一緒に来ていた。なかなかに寒そうだ。

 私はある疑問が浮かんだ。

 (なんで看護師さんの名前、全然覚えられないんだろう。)

 何回聞いても覚えられない。いつもなんでなんだろうと思う。

 (まぁ、いいか。)

 今は雪の中にいるし、楽しまないことは野暮だと思った。

 「えーい!」

 「わっ!急にこっちに投げないでください!危ないじゃないですか!」

 そんなことを言っていたが看護師さんは、笑っていた。

 ズキッ

 (ん?なんだ?なんか今心が痛んだような…。)

 「お返しだー!」

 「わぷっ⁉」

 そんなことを考えていると、看護師さんがさっきのお返しに、雪玉を投げてきた。

 「やりましたねー⁉」

 雪玉合戦が始まった。尤も、二人しかいないが。

 

 「はぁ…、疲れた。」

 雪玉合戦が意外にヒートアップしてしまい、戻ってくるころには、二人とも体が熱くなっていた。

 「あぁ…、眠い。」

 そんなことを言うと同時に私は眠りについた。いや、眠りというよりかは、気絶に近いものだった。


 「うわ、またここか…。」

 眠りについたはずの私がいた場所は、前と同じ真っ暗な空間だった。

 「うわとはなんだ、うわとは。」

 そんなことを言いながら、私の前に姿を現してきたのは、こちらも前と同じ四月朔日さんだった。

 「いやすいません。久しぶりだったもんで。」

 「そういや、前にここにきたときは二週間くらい前だったかな?」

 「案外久しぶりじゃないですね…。」

 「まぁ、そんなことは置いておいて、またお話しようか。」

 「あ、聞きたいことあるんですけどいいですか。」

 「なんでもいいよ。」

 私はツカサにも聞いたあのことを言う。

 「この前、用法容量を絶対に守ってない量の薬を私が飲む記憶を思い出したんですけど、何か知ってます?」

 「ッ!」

 私は目を細め、心の中でビンゴと思った。四月朔日がツカサと同じ反応をしたからだ。

 「何か知っているんですね?」

 私は目を細めたまま、四月朔日に聞いた。

 「…そのことを言う前に、君はどれくらい自分の過去について思い出した?」

 「?いや、さっき言ったことだけですけど。」

 「そう…。。」

 さっきとは打って変わって、きつめの声で四月朔日さんは私の名前を呼び捨てで呼び、問いかけてきた。

 「できればこれは、もっと君の容態が落ち着いてから。できればあのことは忘れてほしかったんだけど…。仕方ない。」

 そう言って、四月朔日さんは一枚の写真を取り出した。

 「。なにか分かる?」

 私はそれをじっと見つめた。それが何か分かったとたん、私には内臓が出るかと思うほどの激しい吐き気や、に負わされた、消したくても消せない傷が、痛みがフィードバックしてきた。

 「お前…、そいつとどこでぇぇぇえ!!」

 自分の声とは思えないしゃがれた、とても強い怒気を露わにした声で私はイノに問いかけた。

 「知ってるさ。だって私は。」

 四月朔日は少し間をおいて、衝撃の一言を吐いた。

 「君なんだから。」

 「…は?お前が私?」

 「そう、私は君。正確に言うと、君の二つ目の人格。君、あいつに虐待されてただろ?」

 そう。私は

 「ああ、思い出したくもない…。あいつを殺すと、殺してやると何回思ったことか…。」

 「そいつ、私が殺した。」

 「…は?」

 意味が分からない。あいつがクソ野郎を殺したところでなにか利益があるのか?

 そんなことを考えていると

 「多重人格、解離性同一性障害って、どんな人がなる病気か分かる?」

 「いや、知らない。」

 「性暴力を受けていた人だよ。」

 その言葉を聞いた途端、私の頭にズギャリィというなにかが潰れたような音と共に痛みが走った。

 「あああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」

 それはとてつもなく痛く、眉間から頭全体にかけてその痛みは広がった。

 「私が受け持っていた記憶、情報を一気に頭の中に送りこんだようなものだからな。想像を絶する痛みだろう。」

 「はぁ…、はぁ…、はぁ…。」

 「さて話を戻すが、君は父親から暴力や性暴力を毎日のように受けていた。最初は鎮痛剤や睡眠薬を過剰摂取、つまりオーバードーズをしてストレスをやわらげていた。しかし、とうとうオーバードーズでもストレスを解消できなくなってきた。そんなとき、君は身代わりになってくれる誰かを探した。」

 「それが、四月朔日さん…?」

 「そうだ。といっても、私以外にもいたがイノがここに精神科に入って調子が上がっていくうちに、私が最後の一人となった。」

 「あいつには…どんなことを…?」

 「私が初めて出てきたとき、あそこにいたのは悪魔だった。」

 「……。」

 「いつもご飯は無くて、あったとしても冷えていて硬いごはんだった。そして殴られている最中にあの悪魔は、私に笑えと命じてきた。従わなかったら、いつもより強い力で殴ってきた。」

 「……。」

 私は何も言えず、ただ聞いているだけだった。

 「イノは年の割に精神年齢が幼いところがあるだろう。それは、学校に通わせてもらえなかったということもあるが、私たちが出てくる頻度が多くて、イノが出てくる頻度が少なくてあまり学習ができなかったということだ。」

 「じゃ、じゃあお姉ちゃんとお母さんは…。」

 「それはツカサ自身から聞くことがいいだろう。ちなみに、四月朔日という名字の由来を知っているか?」

 「いや、知らないです…。」

 「四月朔日という名字の由来は、四月に着物に入っていた綿を抜く、ということから来ている。つまり、ということだ。」

 よく見ると、四月朔日の外見は私そっくりだった。

 私はその話を聞いて、ある疑問が浮かんできた。

 「じゃあ…、なんでクソ野郎を殺したんですか?」

 「あぁ、私は、イノの別の人格だ。つまりお前自身ではない。あいつを殺せば、精神鑑定で無罪を取れると思ったからな。」

 「全部…、私のためだったんですね…。」

 「あぁ。」

 私はまず、この言葉を言わなきゃいけないと思った。

 「四月朔日さん、私の痛みを受けてくれて、ありがとうございました。そして、ごめんなさい。」

 私は、その言葉を言いながら土下座をした。その行為を見た四月朔日さんは、ひどく驚いていた。

 「なんで謝るんだ⁉お前のためにやったんだぞ⁉」

 「まずは、この言葉を言わなきゃと思ってました。だって、私の代わりにあんなやつの相手をしていたなんて、とても苦しいじゃないですか…。」

 「でも!」

 「正直、すごく怖いんです…。あの痛みを、屈辱を受けることが。」

 「なんで受けるんだ!私一人で充分だ!」

 「だって、つらいじゃないですか。一人で耐えてばっかって。私だから分かるんです。なので、一緒に。それに、その痛みはもともと私のものなんです。なので、半分痛みを背負います。たとえ、この痛みが無くならなかったとしても。」

 「ッ!」

 「私はこの痛みを背負って自分の人生を生きていきます。なので、四月朔日さんも一緒に背負ってください。」

 「…分かった。だが、一つ言っておくことがある。」

 「なんですか?」

 「私はもうすぐ、消える。」

 「…は?」

 「イノの調子が上がってきているし、もうあの悪魔はどこにもいない。もう私がいる必要はなくなったんだ。」

 「でも!」

 「いいんだ。元々私はこうなる予定だったしな。イノが元気で生きてくれるなら本望だ。」

 そう言っている四月朔日の目尻には水がたまっていた。

 「…泣いているんですか?」

 「え?本当だ、なんでだ?私は痛みを引き受けるだけのただの人格だったのに…。」

 それを見た私は微笑み、四月朔日にハグをした。

 「…泣いていいんです。感情を、思いを出していいんです。あなたがさっき言っていたでしょう。もうあの悪魔はいないんだから。」

 そう言うと、私の顔の横で四月朔日が肩と声を震わせながら言った。

 「…消えたくないっ!もっとイノと一緒にいたい!!!」

 「それでいいんです。自分がただの人格だなんて思わないでください。あなたも立派な、人間なんですから。」

 泣きじゃくる四月朔日の頭を優しく私は撫でた。すると

 「…もういかないと。」

 「え?」

 「もう私は消える。会えたのがイノでよかった。」

 「そんな寂しいこと言わないで…。あぁ、でも大丈夫だ。」

 「なにがだ?」

 「いや、なんでもない。」

 私はそう言うと、

 「最後にもう一回。」

 四月朔日にハグをした。さっきよりきつく。

 「ありがとう!さようなら!」

 四月朔日はそう言い、手を振るととてもきれいに、儚く消えていった。

 


 「あ、あぁ…。」

 「イノ!起きたか!よかった…、無事だったか!」

 私が四月朔日との別れを終え、起きるとそこには、ツカサがいた。

 「どうしたのお姉ちゃん。そんなに慌てて。」

 「看護師の人にお前が突然倒れたって聞いて飛んできたんだ。無事でよかった…。」

 ツカサは安堵の声をあげた。

 「イノ、お前…、泣いてるのか?」

 「え?」

 そう言われて、頬をさすってみると、水のようなものが指についた。

 「あぁ、さっき私の大事な人との別れを終えてきたんだ。」

 「…どういうことだ?」

 そんなことをツカサを聞くが、私はさっきの会話を思い出し、ツカサに聞く。

 「ねぇお姉ちゃん。」

 「なんだ?」

 「私、記憶がもどったんだ。」

 「ッ!大丈夫なのか⁉」

 案の定、心配してくれた。しかし、私が今聞きたいのは、そこではない。

 「お姉ちゃんとお母さんは、どこにいってたの?」

 「ッ!」

 「私が一番聞きたいところはそこ。」

 「…言わなきゃいけないか。」

 「お願い。」

 「母さんはあのクソ野郎の虐待に苦しんでいた。でも、私たちを守るために耐えるしかなかった。しかし、とうとう耐え切れなくなった母さんは、私たち二人をつれて、出ていこうとした。だけど、あのクソ野郎がいろいろ言ったり難癖つけたりして、お前を手元に残した、って感じだ。」

 「お姉ちゃんとお母さんは、私を見捨てたわけじゃなかったんだね。よかった…。」

 「見捨てたわけあるもんか!大事な、たった一人の妹だぞ…。」

 ツカサはそう言って顔を手で覆った。

 「でも、大丈夫そうならよかった。本当なら一晩中ここにいたかったんだが、生憎仕事が入っていてな…。じゃあな。」

 「うん。ありがとう。ばいばい。」

ツカサを見送ったあと私は立ち、薬箱に手を出した。



 「大丈夫って言ったでしょ。四月朔日さん。もう、一人にはさせないよ。背負ってくれたぶん、私も返すから。」

 私は病室で寝ていた。ゴミ箱を覗いてみると、二箱空いた睡眠薬があった。



 遺言    子槌イノ

 私は多分死にたかったのかもしれない。あの悪魔に捕まっていたときも、解放された今も。あの悪魔に負わされた傷を背負って生きていくなら、死んだほうがましだ。四月朔日さんにああ言った手前、こうやって遺言を書くことはおかしいと私自身でも思う。でもこの世界は私にとってもう生きづら過ぎる。なら四月朔日さんのところに行って、彼女の助けになるほうがまだいいと思う。お姉ちゃんを悲しませてしまうことが唯一の心残りかな。私が死んでも、元気でいてね。まだこっちに来ちゃだめだよ。じゃあね。

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四月朔日さん @shki

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