第6話 白薔薇

「……なぜ、知っているのだ?」

「ん?」

「母上が、白薔薇をお好きだったということを」

「それは、国王様にお聞きしたからだ。アリスクスだって、国王様に聞いたのだろう?」


 ふとわいた疑問だが、確かに言われてみればそうだった。

 彼は母の顔を肖像画でしか知らない。瞳の色も、薔薇の好みも、第三者から知ったものだった。

 ディリクシーヤは横顔を見せて、白薔薇の香りを楽しみながら言う。


「白薔薇の花言葉を知っているか?」

「白薔薇の?」

「ああ」


 赤い薔薇を贈ることが「愛しています」という告白なのは、一般教養として知っていた。

 だがまだ彼は、赤薔薇を贈りたいと思うような相手には出会っていない。


「いや。分からない」


 ディリクシーヤは振り向いて白い歯を見せる。


「知ったかぶりをしないのは、よいことだ。知らぬことを知らぬと言えるその感性を、大事にして欲しい」


 褒められているのは分かるのだが、子どもとは思えない上からのもの言いのような気もしてしまう。

 だがそれを高慢こうまんと思わせないのは、彼女の天真爛漫な性格と笑顔のせいだろう。


「意中の相手に、赤い薔薇ばかり贈るというのもつまらない。白薔薇の花言葉も教えてやろう」 


 ディリクシーヤは生け垣の白薔薇の中から、ひとつずつ選び出して指を差す。


「これはまだ、つぼみだ。つぼみの花言葉はなんだと思う?」

「分からない」

「少しは考えろ」

「知ったかぶりは罪だと言ったのはそなただぞ」

「これは知恵比べではない。謎かけだ。考えてみろ」


 アリスクスは形のいい顎をつまんで僅かに唸る。

 だが考えてみろと言われたが、なんのヒントもなしでは雲を掴むような話だ。彼は手の平を見せて降参した。


「つぼみの花言葉は、『恋をするには若過ぎる』だ。年若い相手に追いかけられたときなどは、これでやんわりと断ればかどが立たない」


 次に、僅かにしおれた花弁かべんを差した。


「では、枯れた白薔薇は?」


 本当は枯れたものを示したかったのだが、有能な庭師の仕事のお陰でそれは見付けられなかった。


「手がかりをくれ」

「そうだな。基本的に薔薇は、愛情に関する花言葉が多い。枯れてしまうほど長く共にあることとは?」


 アリスクスも地頭は悪くない。謎かけならばピンときた。


「『永遠とわの愛』、か?」

「正解だ! 正確には、『生涯を誓う』だ。だが枯れた花を贈るのは現実的ではないから、知識として覚えておくといい」

「座学では政治や経済を学んだが、そのような謎かけはしない。面白いな」

「そうだろう。令嬢たちは花言葉に詳しいぞ。花を贈るときは、よくよく調べて慎重に、な」


 彼女の言葉は過不足がなく、直感的に心に響く。

 口を挟まず素直に聞いているアリスクスに、家庭教師よろしくディリクシーヤは得意げに、短い人差し指を立てた。


「白薔薇の普遍的な花言葉は、『純潔』『尊敬』『相思相愛』などおおむねいい意味なのだが」


 最後に彼女は、大輪の白薔薇を指差した。


「飛び抜けて大きな白薔薇には別の意味がある。『わたしはあなたにふさわしい』だ。相愛の仲なら別だが、初めて贈る白薔薇としては非礼に当たる場合もある。覚えておいた方がいい」

「なるほど」


(ディリクに贈るとしたら……つぼみの白薔薇、だろうか)


 自然と彼女に贈るなら、と考えてしまう。

 そして不意に、最初の質問の答えが脳裏をかすめた。


「私が好ましいと思うものは、」


 と言ったところで、生け垣の向こうに気配が動いた。

 令嬢たちのものではない。もう少しピリッとした立ち居振る舞いだ。

 

「失礼致します。ディリクシーヤ殿はおられるか」

「ああ。ここに」


 彼女が応えると、レイピアを下げた制服の衛兵が現れた。


「アリスクス様、お邪魔致します」

「一体なんだっていうんだ」

「国王様が、音楽を所望していらっしゃいます」

「父上が?」


 躊躇いもなく、リュートを背負しょってディリクシーヤは立ち上がった。


「悪いな、アリスクス。わたしは国王様付きの楽士なんだ」

「なっ……」


 呆気にとられる彼を残して、ディリクシーヤは衛兵について足早に退席していった。


「父上の、だと……?」


 物心ついてから、望んだものが手に入らなかったことなどない。

 認めたくなかった。自分が嫉妬の炎に身を焦がしているなどと。

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