第17話 告解

 その日から、マリー・ジュノーとドリシアは王宮を出入り禁止となった。

 だが刺客を送った証拠がある訳ではないため、とがめることは出来なかった。

 どこまで知っているかは不明だったが騒動はダイロシスの耳にも入ったらしく、アリスクスは翌日、王の私室に呼ばれていた。

 ふたりの衛兵が綺麗に左右に分かれて、アリスクスを通す。


「父上。失礼致します」


 顔を上げると、縦に長いテーブルの突端に国王が、かどへだてていくつか離れたところにディリクシーヤが座っていた。


「アリスクス。座れ」

「はい。失礼します」


 少し迷って、ディリクシーヤの正面に座る。

 式典の打ち合わせでは合わなかった視線がしっかり合い、うわべではない暖かい笑顔が向けられた。

 緊張していたアリスクスだったが、それにずいぶん助けられた。


「大筋はディリクシーヤから聞いたが、昨日さくじつなにがあったか、そなたの口からも聞いておきたい」

「はい」


 アリスクスは気を引き締める。


「父上は、私とディリクの噂話をご存じでしょうか」

「うむ。ディリクシーヤから、話は聞いておる」

「私は、ディリクを好ましく思っております。ディリクがディリクだから好ましいのです。しかし口さがない者たちは、私が少女愛好家だと申しております」

「ふむ」


 ダイロシスは、顎ひげを撫でて先を促した。


「おそらくディリクの暗殺をくわだてたのは、マリー・ジュノーでしょう。場を取り仕切っておりました」


 もはや敬称もつけず、アリスクスは苦々しげに言う。


「ドリシアにつきましても、私とディリクを引き離そうとする発言がありました。彼女も共犯です」

「パティットは!」


 初対面のとき以来、ディリクシーヤが真剣な声を出す。


「パティット嬢は、悪くない。計画を知らなかったから、あのように怯えたのだ。出会ったばかりだが、彼女のことは友だと思う。どうか咎めないで欲しい」


 命を狙われたあとも平静だった彼女の顔色が、僅かに青い。


(嗚呼。これだからディリクには適わない)


 我知らず口角が上がってしまい、彼は意識して唇を引きしめた。


「ディリクの言う通りです。パティット嬢は、なにも知らずに利用されたと思われます。襲撃の際に怪我を負い、王宮で薬師を呼びました」

「うむ。ディリクシーヤ」


 ガサガサした強者つわものの響きで、ダイロシスは言う。


「は」

「パティット嬢を友と言ったな」

「はい。彼女とふたりで楽しく、氷菓子を半分こして食しました。間者かんじゃでもなければ、暗殺計画を知っていてあのように振る舞えるはずがありません」


 アリスクスは息をのんだ。滅多に笑わぬダイロシスが、暖かく微笑んだのだ。短い顎ひげを撫でながら、ダイロシスは遠くを見るようにして呟く。


「『半分こ』……そなたは、なんでも『半分こ』が好きであったな」

「は。いえ」


 なんとも言えない返事をして、ディリクシーヤは俯いてしまう。

 両者を眺め、アリスクスはいつかの勘が胸を騒がせるのを感じていた。

 ふたりには、絆が見える。訊かずにはいられなかった。


「父上とディリクは……その、どういう……」


 だが常の威風堂々いふうどうどうとした雰囲気をまとい直して、ダイロシスはさえぎった。


「その話はあとでしよう。して、暗殺者は?」


 偉大な父には、まだなにもかも手が届かない。アリスクスは唇を噛んだ。


「……はい。寸前で、私がレイピアで突きました。逃走しましたが、胸を貫通したのでどこかで動けなくなっているか、すでに亡き者となっているでしょう。そのあとは、ディリクとパティット嬢の安全を最優先としました」

「うむ。よくやった、アリスクス。最善の措置だ」

「は、はい。勿体なきお言葉」


 アリスクスは恐縮する。この厳格な国王は、みだりにひとを褒めることをしない。これは彼にとって、幼き頃から数えられるほどの賛辞だった。


「ディリクシーヤからは、なにかあるか」

「は……」


 俯いていた顔を上げ、彼女は目に見えて逡巡しゅんじゅんする。竹を割ったような性格がトレードマークの、彼女らしくない。

 ふたりの王族に見詰められ、ディリクシーヤの方もふたりに視線を巡らせて、やがてまた俯き気味に視線を落として意を決した。


「国王様。実は……」

「なにを迷う。申してみよ」

「……実はアリスクスから、誓いを受けました」

「……っ」


 アリスクスは変な声が出そうになって、唇を手で覆う。まさか非公式な場とはいえ、そんなプライベートな問題が話題になるとは思わなかった。


「ディリク!」

「許せ、アリスクス。国王様のお耳にも入れなければならぬことなのだ」


 新緑色の大きな瞳が迷いを振り切りアリスクスを見て、ダイロシスに向かう。


「どのような誓いだ」

「命をかけてわたくしを護りたい、と」

「……そうか」


 アリスクスは、顔から火の出る思いだった。その文脈で、彼の真摯さが伝わるのだろうか。

 父親に軽蔑される恐れも加わって、彼は火照るおもてを両の手で覆ってテーブルに突っ伏してしまう。


「覚悟は決まっておるのか。アリスクス」


 しかしかけられたのは、嘲笑ちょうしょうではなくそんな問いだった。

 アリスクスも思わず顔を上げてしまうほど、大真面目で真剣な問いだった。


「道はけわしいぞ。先の質問に、答えようか」


 確かめるように、その暗灰の瞳がディリクシーヤと目を合わせた。彼女は頷く。


もかつて、そなたと同じ誓いを、ディリクシーヤに立てたのだ」

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