第16話 誓い

「ディリクシーヤ、無事か!!」


 刺客がさっと身をひるがえしたが、アリスクスは追わずに彼女の無事を確かめる。


「ああ。無事だ」


 最後まで目を閉じなかったように、彼女のきもわっていた。


「パティット嬢、突き飛ばしてすまなかった」


 自分の身よりまず他者の身を案じる。


「血が出ているな。アリスクス、薬師くすしを頼む」

「いえ、少しすりむいただけ……」

「馬鹿、破傷風はしょうふうにでもなったらどうする」


 てきぱきと指示する声は頼もしく、むしろパティットががくがくと身を震わせていた。

 その様を見て、アリスクスは安堵する。


「では、王宮に入っていただきたい。すぐに傷を診て貰おう」


 彼は血のついた抜き身のレイピアをげていた。


御者ぎょしゃ! パティット嬢を安全に王宮内へお連れしろ。メイド殿も共に」

「は……はっ」

「畏まりました」


 パティットと御者とメイドは揃いの色に顔を青くして、王宮に向かっていった。


「アリスクスが護衛しなくていいのか?」

「大丈夫だ。刺客は胸を貫いた。暗殺の刺客に予備が居るとは考えにくい。それに彼奴きゃつらの狙いはそなただ、ディリク。彼らは大丈夫だろう」

「そうか」


 命を狙われたというのに、ディリクシーヤは安心したように息をつく。

 

「……なぜだ?」

「え?」

「なぜそなたは、命を狙われたというのに平気でいられる?」


 その質問には、ディリクシーヤは自嘲じちょうにも似た笑みを微かに浮かべた。


「ああ。何度も命を狙われたことがあるからな」


 その表情と台詞に、アリスクスは返す言葉を持たなかった。


「用心していると言っただろう。わたしはローブの下に、いつも鎖かたびらを着ている。だからよほどのことがない限り、死ぬことはない」


(嗚呼)


 無意識に、ひざを着いていた。誰にもこうべを垂れるはずのない、第一王位継承者が。

 小さなディリクシーヤの足元にひざまづき、その手を取って口付ける。


「すまない。私のせいだ。ディリクが命を狙われたのは」

「よ、よせ。アリスクス」


 命を狙われたことより、この状況に彼女は慌てる。


「そなたが居なくなったらと思うと、心臓が止まる思いをした」


 座ったひざに額を預ける。


「剣の腕はみがいたが、ひとを斬ったのは初めてだ。情けない。今更手が震える……」


 ディリクシーヤはただ黙って、そっとアリスクスのハニーゴールドの髪に手を置いた。


「だがそなたを失うくらいなら、ひと殺しの汚名を着ても構わないと思った」

「アリスクス。助けてくれた礼を言う」

「くだらないプライドが邪魔をしていた。今ここに、誓いを立てよう」


 馬車の中での、ふたりきりの誓いだった。


「私はそなたを、命をかけてまもると誓う。真の友よ。そして私にとっては、これが真実の恋なのだ。返事はいらない。片恋かたこいでも構わない。そなたに、私の命を捧げさせてくれ」

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