第14話 陰謀

 三人は連れだってやってきた。

 奇妙なことに、恋のライバルであるはずの彼女たちだが、今日はなんだか連帯感が生まれていた。ディリクシーヤという共通の敵を前に、共同戦線を張ったのかもしれない。


「ご機嫌よう」


 三人は異口同音に笑顔を向ける。

 だがまるでディリクシーヤが見えていないかのように、アリスクスだけに微笑むのが、薄ら寒さを感じさせた。


「ああ。贈りものがあるとのことだが。マリー・ジュノー様、千年みつばちのハニーティアが、珍しい品であるとディリクから聞いた。ぜひみなで味わいたいと思うのだが、どうだろう」


 名前を出されては無視を続ける訳にもいかず、厚化粧の眉間に一本縦じわが刻まれた。


「ええ。よろしくてよ」

「有り難く頂く」


 メイドが淹れたての紅茶を人数分持ってきて、それぞれのソーサーにひと粒ずつ、ハニーティアを給仕する。ちょうど五粒。それだけ希少なものなのだろう。


「それでは、マリー・ジュノー様に感謝して、頂こう」


 みなが謝意を口にしたが、一番声が大きいのはディリクシーヤだった。


「ありがとう! ありがとうございます! 頂きます!!」


 アリスクスは、正六角形に成形されたひと粒を、大事に大事に口に運ぶ彼女の顔をさかなに紅茶をたしなむ。

 口に入れた瞬間、新緑色の目が大きく開く。やがて口溶けと共に細くなり、顔中口にして余韻を楽しんでいた。

 そのかん、約五秒。ハニーティアとは、それほどなくなるのが早い菓子なのだ。

 あまりにも美味しそうでアリスクスは微笑むが、令嬢たちは違う意味で笑っていた。


「まあ……宮廷楽士だと聞き及びましたけど、やはりまだ子どもでいらっしゃるのね。本当に美味しそうで、見ているだけでお腹がいっぱいになってしまいましたわ」


 マリー・ジュノーは精一杯の嫌みを言ったのだが、知ってか知らずか、ディリクシーヤは無邪気に喜ぶ。


「えっ! 本当か!? じゃあ、そのハニーティアは貰ってもいいのか!?」


 楽しそうに、アリスクスが声を立てて笑った。

 令嬢たちはぎょっとする。そんな彼を、誰も見たことがなかったからだ。


「やめておけ。行儀の悪い。私のをやるから、我慢しろ」

「えっ! くれるのかアリスクス! 真の友!!」

「騒ぐな。宮廷楽士の程度が低いと、噂になるぞ」

「それは困るな」

「ほら、口を開けろ」

「ん! ん~!!」


 令嬢たちは、目が点になった。

 ディリクシーヤの口の中に、アリスクスがつまんだ菓子を入れる。

 先ほどと全く同じ手順を踏んで、彼女はハニーティアを心ゆくまで楽しんだ。


(わたくしたちは……)

(なにを……)

(見せられているの……?)


「ありがとう! 寿命が延びた気がする!!」

「大げさだな」


 当の本人たちは、すっかりふたりの世界だった。

 マリー・ジュノーが一番早く正気に返り、羽扇をパチンと閉じて同胞たちに合図した。


「宮廷楽士様は、甘いものがお好きなのね?」

「はい、大好きです」

「ではパティット嬢が持っていらした、世にも珍しい氷菓子なども、お好きではないかしら」

「いや、好きだが……アリスクスへの贈りものだろう?」


 彼女はうっかりアリスクスの分の贈りものを食べてしまった自分をかえりみて、しっかりと確認する。


「よい。私は甘いものが特別好きという訳ではない。お気持ちだけ有り難く頂戴して、氷菓子はディリクにやろう」

「まあ、ツヴァルト、お優しい。馬車に、特別な氷室ひむろを作らせたのよね、パティット嬢?」


 パティットは、マリー・ジュノーの言葉に、ただこくこくと頷いた。


「先ほどパティット嬢からお聞きしたのですけれど、この暑さでしょう。氷菓子は、氷室から出すとすぐに溶けてしまうのですって。ですから宮廷楽士様が頂くのなら、ご足労ですが馬車まで行かなければならないらしいんですのよ。ね、パティット嬢?」


 またパティットは、こくこくと頷いた。


「そうか。では、私がエスコートしよう」

「アリス、アリスにはわたくしの贈りものを楽しんでいただきたいわ」


 すかさず、ドリシアが口を挟む。


「ほう。贈りものは……どこに?」

「今連れてくるから、待っていて」


(世にも美しいメイド、だったな)


 正直興味はなかったが、ディリクシーヤがねんねのパティットと談笑しながら楽しそうに行くのを見て、いらぬ心配かと見送った。

 

「出ていらっしゃい」


 ドリシアが声をかけると、生け垣の向こうに気配が動いた。

 しゃがんでいたらしく、ミニスカートを気にしながら恥ずかしげに少女がやってきた。

 肩に降りかかるプラチナブロンドを持った少女は、確かに世にも美しい。

 だがおそらく贈り主であるドリシアが選んだメイド服は、眉をしかめるほど下品なものだった。胸を強調するエプロンに、ちょっと屈めば下着が丸見えになってしまいそうな丈のスカート。

 なにより唾棄だきすべきだったのは、少女がまだ年端としはもいかぬ子どもだったということだ。

 

(私は子どもが好きな訳じゃない。ディレクが好きなだけなんだ)


 よほどそう怒鳴ってやりたい思いに駆られたが、目下の者への礼儀を説いたディリクシーヤの言葉を奥歯で噛みしめて、かろうじて平静を装った。

 怒りに、白い肌が上気しているのを見て、ドリシアが見当違いな行動を起こす。

 ソーサーに乗っていたティースプーンを、わざとらしくポーンと芝生に放ったのだ。


「あら、失礼致しました。拾ってちょうだい、テーテ」


 テーテと呼ばれた幼女は、かかとの高い靴をはき慣れないらしく、覚束おぼつかない足取りでスプーンを目指す。

 ドリシアの笑みが深くなる。彼女の意図するところは明白だった。

 恥ずかしさに涙さえにじませながらも屈もうとしたテーテを、大声でアリスクスが止める。


「テーテ! 拾う必要はない!」


 そしてさっと立ち上がり、自らティースプーンを拾ってドリシアに差し出した。


「拾って参った。受け取れ、ドリシア嬢」

「え……」


 王子自らが拾ったティースプーンなどおそれ多く、青い顔で固まってしまったドリシアに、マリー・ジュノーは舌打ちをする。

 そこで彼は感づいた。この茶番の絵を描いたのは、マリー・ジュノーではないのかと。

 パティットなら安心とディリクシーヤをひとりにしたが、それなら話は変わってくる。

 ガラス細工のテーブルにティースプーンを取り落として、アリスクスはディリクシーヤのあとを追って全速力で駆け出した。

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