第13話 千年みつばち

 翌日は、ディリクシーヤはアリスクスと共にテラスにあった。


「よお、真の友」


 開口一番、彼女はひと悪くからかう。


「気分はどうだ、真の友よ」

「ああ、すこぶるいいよ。エールが飲めればもっといいんだがね、真の友」

「許す、飲むがいい。カップは空けてある、真の友よ」


 それまでたちの悪い悪ふざけをしていたふたりだが、それを聞いて彼女がぴょんと跳ねた。


「なに! お前ほんとに気が利くな、真の友!」


 その今にもよだれを垂らしそうなとびきりの笑顔を見て、アリスクスは拳を唇に当てて上品に噴き出した。

 

「そなたは本当に宮廷楽士か?」


 一杯目のエールを干して、ディリクシーヤは実に美味しそうに息を吐く。


「ああ、式典で見ただろう。正真正銘立派な楽士だ」

「立派な者は、自分で立派と言うだろうか」

「わたしは言う」


 そしてさっそく二杯目をティーカップに注いでいる。

 そのとき、声がかかった。


「アリスクス様」

「なんだ」


 彼の侍従だ。

 いつもの三人がたやすくこの薔薇園に入れるのは、彼女らが侍従に賄賂を渡しているからだ。それについて、真実の恋を見付けたアリスクスは、彼らを厳しく叱っていた。


「お楽しみのところ、申し訳ございません。その……」

「なんだ」


 歯切れの悪さに、用件は容易に想像出来た。


「マリー・ジュノー様が、贈りものをお持ちしたので、ぜひお渡ししたいと仰せで」

「断れ。どうせイモリの黒焼きだ」

「それが……」

「だからなんだ。要点を話せ」


 急に賄賂を厳しく取り締まられて、明らかに侍従は萎縮いしゅくしていた。


「アリスクス。ひとの上に立つ者は、目下の者に対する礼儀も大事だぞ」


 大切なことを言っているのは分かるのだが、エールの入ったティーカップを後生大事に抱えている姿では、笑いを誘う。


(ああ。そなたは本当に、真の友となってくれるのだな)


 ひとつ瞑目して、必要以上に威圧的だった態度を改める。


「……厳しいことを言って、すまなかった。悪いが要点をまとめてくれないか」


 俯いていた侍従がハッとした。


(そう言えば私は今まで、侍従にままも言わない代わり、謝罪をしたこともなかったな)


「はっ」

 

 侍従は目に見えて本来の有能さを発揮し始めた。


「三人のご令嬢はそれぞれ贈りものをお持ちで、まずパティット様が珍しい氷菓子こおりがし


(目先を変えてきたか)


「ドリシア嬢が、世にも美しいメイド」


(どこまでも下品だな)


「そしてマリー・ジュノー様が。百年に一度出来るか出来ないかと伝え聞いております、千年みつばちのハニーティアをお持ちになったと仰せです」


「聞いたことが……」


 ないな、と続けようとしたアリスクスの言葉を、ディリクシーヤの悲鳴がかき消した。


「千年みつばちの!?」


 ふたりの視線が自分に集まるのを感じて、ディリクシーヤは小さな両手で口を塞いだ。


「な、なんでもない!」

「ディリク、知っているのか?」

「え。アリスクスは知らないのか?」


 まだ口を覆いながらもごもご、、、、と話すのに、彼は指先でそっとその手に触れてうながした。

 

「知っているのなら、どういうものか教えてくれ」


 口ではふざけ合う仲なのに、その淑女に対するような繊細で些細なスキンシップに、ディリクシーヤは僅かに彼の男ぶりを見直す。

 なにしろ初めて会ったのが寝所なので、彼女のアリスクスに対する男としての評価はマイナスからだった。


「ハニーティアは知っているな?」

「ああ。はちみつを柔らかく固めた菓子だろう」

「千年みつばちは?」

「それは聞いたことがない」


 ディリクシーヤはいつものように、短い人差し指を立てて話し出す。


「みつばちというのは、一匹の女王ばちと、無数の働きばちとでひとつの巣を作っている」

「ああ」

「みつを集めるのが仕事の働きばちの寿命は、普通は一ヶ月ほどだ」

「ふむ」

「だが何十年何百年かに一度の割合で、千年生きた『千年みつばち』というものが発見される」

「ほう」

「彼らは豊富な経験から特別に甘いみつだけを見付けられ、巣の中に独自の部屋を持ち、そこから作られたハニーティアは百年に一度の甘味かんみと言われている!」


 言い終わったあと、ピンク色の舌がチロリと覗いて下唇を舐めた。よだれをぬぐったのだ。


「なるほど……それが好物なのだな」

「なんで分かった!?」

「誰でも分かる」


 アリスクスは肩を振るわせる。


「ではマリー・ジュノー様を……いや、それではあの方はますます慢心まんしんされるな。三人とも通せ」

「は。ただいま」

「千年みつばちのハニーティアとやら、そなたが好きならプレゼントしよう」

「で、でも、ひとから贈られたものをわたしに贈るのは、贈り主に失礼だぞ」

「みなで頂こう。それならいいだろう?」

「そ、そうだな」


 震えるほど楽しみにしている彼女を眺め、アリスクスは好ましげにひとつ笑った。

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