第11話 リュート
次の日、アリスクスは機嫌が悪かった。ディリクシーヤをまたテラスに誘ったが、役目があると断られたからだ。
代わりにいつもの三人が押しかけてきて、辟易していた。
「アリスクス様、国一番の楽士をお招きしましたのよ。お茶と音楽をご一緒に」
「ツヴァルト、ハーピーの肉の黒焼きが手に入ったの。夢のように美味しくてよ」
「アリス、ワルツのリズムに興味はなくて? わたくしとダンスを踊りましょう」
もはやいちいち相手をするのも面倒で、いつものテラスから席を立ち、
だが彼女たちは剥がれない。
真夏の王宮はどこも窓が開け放たれていて、ふと二階のバルコニーからの音がアリスクスの気を引いた。
音楽になどつゆほども興味がなかったはずなのに、いつの間にか『彼女の音』を聴き分けられるようになっていた。
他の部屋とは違う意匠の、張り出した優雅なバルコニーの下に行く。
(間違いない)
見上げると昨日アリスクスが絶賛した冒険譚が、彼女のハスキーボイスで聞こえてくる。
(この部屋は……)
追いすがる女性たちをかき分けるようにして、身を
「着いてこないで頂きたい! 兄上に会いに行く!」
* * *
第一王子イズィリアスの部屋は一番風通しのいい位置にあり、バルコニーや大窓のある開放的な作りで、絵画もたくさん飾られていた。
子どもの頃こそ兄弟として部屋を訪ねては遊んで貰っていたが、ここ数年は顔も見たことがない。
気付いてしまったのだ。いくらちやほやされていても、それは『第一王位継承者』としての自分の価値で、本当の真心はイズィリアスにあると。
だがそれは特別に作られた部屋や絵画を見て感じたアリスクスの悪い方の想像力で、実際には部屋から出られぬ彼への心尽くしであり、愛情は等しく彼らに注がれていた。
「兄上!」
我知らず力がこもり、いささか乱暴にノックする。自分が招いた結果だが、ふつりと彼女の音が途切れ、アリスクスはなんだか罪悪感でいっぱいになった。
それでももう、引き返せない。
「兄上、アリスクスです。お顔を拝見しに参りました」
なにも知らぬイズィリアスは、久しぶりの訪問者に喜ぶ。
「アリスクスか。入りなさい」
入室すると、久しぶりに見るイズィリアスだが、子どもの頃見た姿と少しも変わっていないのに驚いてしまう。
「久しぶりだ、アリスクス。大きくなったな」
紅い目が、嬉しそうに微笑んでいる。長く伸ばされた白髪に、紙のように白い肌。
第一王子イズィリアスは、色素を持たぬアルビノだった。
アリスクスは自分を美しいと自負していたが、イズィリアスはその色彩も相まって、より美しく感じられた。
カウチにもたれ、かたわらのクッションに座るディリクシーヤを手で示した。
「今、音楽を楽しんでいたところだ。彼女はディリクシーヤ。父上付きの楽士だ」
「存じております」
「おお。知っていたか。彼女の音楽は実に心が慰められる。一緒に楽しまぬか」
「いえ」
大人げないと思いつつも、硬い声が出てしまうのを止められなかった。
いや、イズィリアスと比べれば、彼は真実子どもと言えたかもしれない。
「その冒険譚でしたら、式典でも、そのあとも個人的に楽しませていただきました」
イズィリアスは言わば温室育ちで、悪意が自分に向くことを知らない。ディリクシーヤに、雪うさぎのように無垢な目を向ける。
「そうだったのか。ディー、アリスクスと懇意なのか?」
瞬間、血液が沸騰するような感覚を味わった。
『ディー』イズィリアスは、彼女をそう親しげに呼んだのだ。
持っていたリュートのネックを強く握りしめると、ギギ、と不協和音が鳴った。
「はい。アリスクスとは最近、知り合いました」
「そうなのだな。アリスクス、そのリュートはなんだ? そなたも楽器をたしなむのか?」
「これは」
アリスクスにとっては宣戦布告だった。
「
だがイズィリアスは、戸惑ったようにふたりを交互に見比べた。
「アリスクス。知らないのか?」
「なにをですか?」
「これは、ユニコーンの尾のリュートだ。父上がディーに贈った品ものだ」
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