第8話 勘

「王子! お待ちください!」


 貴族としては上品とは言えないが、足音高く早足で王宮の廊下を進むアリスクスを、侍従が慌てて追いかけてくる。


「パーティの主催者は王子にございます! 王子が居なくなっては……」

「中止だ!」

「はっ?」

「だから、パーティは中止だ! あれはディリクのためのパーティだった! 彼女が居ないのなら意味がない」

「は……はっ」


 百人を集めたパーティが始まったばかりで中止では、王族の沽券こけんにも関わる。


(あとは侍従たちが上手くやるだろう)


 頭の片隅でどこか冷静にそう考えて、アリスクスは第二王子としてではなく、ダイロシスの次男アリスクスとして王の私室に向かっていた。

 王子としてはアポイントメントが必要になるが、これは言わば裏技だった。

 私室の前を守るふたりの衛兵に圧をかける。


「第二王子としてではなく、父上の次男として参った。父上はおられるか?」

「は。ただいま、戦勝四十年記念式典の打ち合わせ中にございますれば」

「宮廷楽士も居るか?」

「は。いらっしゃいます」


 アリスクスは、どうにかなりそうだった。彼女を独り占めするなんて耐えられない!


「記念式典の進行を学ぶためにも、私も加わりたいと父上に伝言してくれまいか」

「は。お待ちください」


 『次男』として来たのに、『第二王子』としての権限をかざすのは美しくなかったが、兎にも角にも彼女に会いたい気持ちが暴走していた。

 部屋に入ったひとりの衛兵が戻ってくる。


「国王様からお許しをいただきました。どうぞご入室ください」


 ドアを挟んで、衛兵は綺麗に左右に分かれてアリスクスを迎え入れた。

 入室してまず、ダイロシスにこうべを垂れる。


「父上におかれましては、ご機嫌うるわしゅう……」

「堅苦しい挨拶はよい。一ヶ月ぶりだな、アリスクスよ」

「はい、ご無沙汰をしております」


 顔を上げて部屋を見渡すと、縦に長いテーブルに式典の責任者たちが連なり、その末席にディリクシーヤも座っていた。

 目が合うかと数秒間見詰めたが、視線がぶつかることはなかった。

 よわい六十を超える国王ダイロシスは、『暗灰あんかいの王』と二つ名をいただくほど、髪や目、服装に至るまで全て暗灰色だった。

 子どもの頃聞いた話によると、戦時下常に暗殺の危険がつきまとう中の行軍で、影武者をたくさん作ることが目的だったという。

 無骨で豪気で逞しく、第一王子イズィリアスともアリスクスともあまり似ていない。その代わり、ふたりは母親の肖像画に生き写しなのだった。

 うすで小麦をひくような、独特の威厳ある響きで国王は話す。


「どういう風の吹き回しだ? 来年成人してから実務のことは追々と考えていたが」

「はい。今までの私は、政治や式典に興味がありませんでした。出来の悪い息子だったと思います」


 聞いたことのない殊勝しゅしょうな言葉に、国王は短い顎ひげを撫でる。


「ですが、好ましいと思うが出来ました。式典の勉強をさせてください」

「よかろう。座れ」


 アリスクスは、迷わず末席――つまり、ディリクシーヤの隣に座る。

 話題はまさに、式典で奏でられる音楽について語られていた。ディリクシーヤも発言する。落ち着いて、伝統を踏まえつつ新しい表現も取り入れたいとの、立派な意見だった。

 こちらを向かない横顔を見詰めながら、アリスクスは不思議に思う。

 他にも何人か年かさの楽士が居たが、意見をするのは彼女だけだ。

 彼女は初めて会ったとき、『少し前』から王宮に仕え始めたと言っていた。なぜ年若い彼女にばかり、発言権があるのだろう。


「うむ。ではそのように取り計らってくれ」

「畏まりました」


 堂々と意見を述べ、ダイロシスもよく聞く耳を持っている。

 恋する者の勘、とでも言うのだろうか。ダイロシスとディリクシーヤには、目に見えない絆があるように思われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る