第21話 ヴォイドの決意
「ライラさんは……どうするつもりなんですか」
「私は……どう動くんだろうな。自分でもわからない。ただ、私の選択もきみの選択によって変わるだろう」
別に俺は関係ない。このオールランドの領地がどうなろうと……俺が住んでいる故郷の村にはなんの関係のない話だ。尻尾を巻いて逃げたところで、俺の生活はなんにも脅かされることはない。
でも、俺がここで逃げたら誰もベルナルドに勝てなくなる。賞金首とつながっているベルナルドに唯一勝てるのが俺で、あいつを放置しておくとなにをするかわからない。なにせ奴は既に暗殺計画を企てている。それを見過ごして良いのか……
いやいや。よく考えろ。俺はあのフライと激闘を繰り広げた。そのフライと同格以上の相手がまだ4人いるんだぞ。そんなの……俺が勝てるわけが……ない。一時の気の迷いの正義感で俺の命を無駄に散らしても良いのか?
仮に俺が賞金稼ぎに有利な能力を持っていたんだったら、その能力に従って自分の運命を決めることができたかもしれない。でも、俺は何の能力も持っていない。賞金首から逃げたって誰に責められるわけでもない。無能力者にしてはよくやっている方。そうだよ。俺はもう十分仕事をした。5人の賞金首の一角、疾風のフライを倒したんだぞ。
自分の運命は自分で決めることができる。なら、俺はもう楽な道を選んでも良いのではないか。たしかに俺がやらなければベルナルドは倒せない。でも、俺にはベルナルドを倒す義務はない。義理もない。そんな度胸もあるかわからない。
俺がベルナルドの立場だったら、俺が立ち向かってくる限り、全力で俺を殺すだろう。暗殺者も差し向けるだろう。相手は街の有力者。そんな相手に立ち向かえるのか?
「俺は……俺は……」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。答えを……答えを出さなければ。俺は無能力者で自由に未来を選択できる。だからこそ、その選択に責任が伴う。俺の出した答えは――
「俺はベルナルドと戦います」
俺の心臓がバクバクと高鳴る。もう後には引き返せない。どうして、自分でもこんな選択をしたのかよくわかっていない。でも、俺は心のどこかで自分の存在意義をずっと求めていたんだと思う。
周りがどれだけ俺を持ち上げようとも、俺は無能力者ということにコンプレックスを持っていた。確かに能力持ちには勝ったことがあるけれど、でも、能力を持っていたんだったらもっと楽に勝てたんじゃないかとそう思わざるを得なかった。
でも、俺が無能力であるが故に突ける隙があると言うのだったら、それはどうしても放置できない。だって、ここで俺が逃げてしまったら……俺が俺である意味。無能力者である意味がなくなってしまう。
これは俺の能力だとかそういうんじゃない。俺の心。気持ちの問題だ。ここで逃げたら……俺は一生、なんの責任も負わず、なんの達成感も得られず、なんの意味のない人生を送ることになってしまう。
俺はそういう人生も歩むこともできるんだろうけど、そんなのはお断りだ。俺は俺であること。俺の存在意義をこの戦いの中で見つけてみせる。
「そうか」
ライラさんは一言そう言うと風を吹かせた。
「きみはこの先命を落とすこともあるかもしれない。というか、連中も本気だ。高確率できみは死ぬ」
ライラさんは無表情のまま語る。その言葉はまるで冗談には聞こえず、俺の心臓が更にバクバクと鳴りだす。本音を言えば死の恐怖があるのは怖い。
「でも、私もきみを死なせるつもりはない。たった今、風の妖精を走らせた。ベルナルドが暗殺しようとしている人物を調べるためだ。奴の目的に絞って調査させる」
ライラさんは俺と目を合わせてキリっと目を細めた。
「私もとことん手伝おう。賞金稼ぎとして賞金首が4人もいるのに見過ごすわけにはいかない」
「ありがとうございます。ライラさん」
◇
その後のライラさんの調査でわかったことがある。
まず、結論から言えばベルナルドが暗殺しようとしている人物は彼の叔父にあたる人物。名はディーンと言う。
先代の領主。ベルナルドの父親の後釜として有力視されていたが、ベルナルドが領主を引き継いだことで、彼は領主になることができなかった。
ディーン氏の周辺も調べてみたが、彼も中々にくせが強い人物であることがわかった。
オールランドの街。陸路が発展している街であるが、ディーン氏は陸路を通るための交通手段の利権を持っている。特に貨物を持って移動する車の所有権の8割はディーン氏のものだという。
だが、ベルナルド氏は陸路よりも更に効率が良い水路の整備開発を推し進めている。これにより、陸路で貨物を運ぶよりも距離も時間もコストも短縮できるという想定らしい。
当然、水路が開発されればディーン氏の既得権益は少なくなってしまう。ディーン氏はあの手この手でベルナルドを妨害しようとした。
そのため、ベルナルドが推し進めている水路の開発が遅れてしまっているのである。
ベルナルドがディーン氏を殺害しようとしている動機はまさにこれである。彼にとって、ディーン氏は邪魔でしかないのである。このまま水路の開発が失敗すれば、既にそこに多額の投資をしているベルナルドの評価も下がってしまう。
しかし、ディーンの陣営もそれなりに大きくて、ベルナルド陣営だけで対処しきれないのである。
たしかにベルナルドのやっていることは間違ってはいないのかもしれない。水路の整備ができれば、より多くの地域と効率的に交易をすることができる。それは領民のためにもなることだ。
しかし、そうは上手くいかないのも政治である。水路ができれば既存の陸路の需要が減り困る人間も出てきてしまう。万人が納得する政策というものはないということが良くわかる事例である。
「以上が風の妖精が集めた情報だ」
俺はライラさんから得た情報を自分なりに飲み込み解釈した。
「要は政治の問題なんですね。多くの人が利益を得るようなことでも、それで利益が減ってしまう人もいる。中々難しい問題ですね」
「ああ。名君と暗君は紙一重というべきだろうか。陸路で生計を立てている人からしたらベルナルドは邪魔者以外の何物でもない。逆にベルナルドの視点では彼らが邪魔に映る。双方ともに言い分があり、自分の利益を守ろうとしているだけなのに上手くいかないものなのだ」
「ベルナルドとディーンは親戚関係なんですよね」
「ああ。昔は仲が良かったみたいだ……だが、ベルナルドが領主になってからは関係は悪化する一方のようで、今では暗殺することも辞さないくらいになった。なんとも物悲しいものだ」
親戚同士で殺し合い。自分に置き換えてみたけれど想像したくないくらいに胸が締め付けられる思いになった。
「ベルナルドはそうまでして水路の開発を推し進めたいんですね」
「ああ。実の叔父を殺してまで実行しなくてはならない何かが奴の中ではあるんだろう」
俺はこの辺の地理に詳しくないけれど、水路ができて多くの人が助かるんだったらそれは悪いことではないのかもしれない。でも、ベルナルドがやろうとしていることは悪いことだと俺は思う。
どんな事情があろうと叔父を、親戚を殺すだなんて許されていいわけがない。なんとしてでも、奴の強行を止めなければならない。
俺はもうそう決意したんだ。だから迷わない。迷っている暇はない。
「幸いにして、ここの宿屋はきみが選んだものだ。だから、やつらはきみがここに泊っていることは知らないはず。恐らく今日の襲撃はなさそうだけど……念のため交代で見張りを立てようか」
「そうですね。襲撃と言えばあの二人組の賞金首は一体なんだったんでしょうね」
「恐らくベルナルドの刺客だろう。どうして、あの場で気絶していたのかはわからないが」
「誰かが倒したんですかね」
「さあな。あの刺客を倒すだけの動機がある人間。そんなのは思いつかないが……まあ、考えたところで答えが出る問題ではなさそうだ」
「そうですね」
色々と事実が判明しても、まだまだこの件の謎は多い。その全てを俺は知ることができるのだろうか。
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