第20話 運命の分かれ道
ライラさんが風の妖精で情報を集めている間に、俺は昨日宿泊した宿に向かおうとした。するとライラさんが俺の肩を掴んで止めてきた。
「待った。ヴォイド君。宿は変えよう」
「どうしてですか?」
「いや……賞金稼ぎとしての勘が言っている。あの宿に私たちが戻るのはまずいと……」
「勘ですか……」
女の勘は当たると言う話は聞いたことがあるが、俺はどうにも納得できないという顔をしているとライラさんが俺に耳打ちをしてきた。
「この会話も誰に聞かれているかわからないが……今朝見つかった2人組の賞金首。あいつらがどうにもくさい」
「え?」
「なぜアイツらが気絶していたのかは不明ではあるが、もしアイツらが誰かが仕向けた差し金なら誰かが狙われていた可能性がある。それが私たちではない保証はない」
確かにライラさんの話を聞くと、絶対に宿を変えなければならない根拠には乏しいけれど、念のために警戒はしておいた方が良い説得力はある。確かにこれは根拠としては勘に近いものだ。
「なるほど。わかりました……でも、その宿を決めるのは俺に任せてもらってもいいですか?」
「どうしてだ?」
「最初の宿を決めたのはライラさんでした……別にライラさんを疑うつもりはないんですよ。ただ、何らかの能力者がライラさんの行動パターンを分析して先読みしている可能性も否定できないんです。だとしたら、2人が交互に宿を決める方が相手をかく乱できるんじゃないかと思って」
「なるほど。確かに、1人の決定だけならその行動パターンを読まれる可能性はあるか……筋は通っているな。よし、今日の宿選びはヴォイド君のセンスに任せた」
「はい!」
なぜかはわからない。でも、ここ最近の俺の周囲を振り返ってみると、ライラさんの行動はピタリと当てられることはあっても、俺の行動は誰も当てることができていないのである。その理由まではわからないけれど、ライラさんはこの界隈ではそれなりの有名人だから何かしらの分析や対策はされていてもおかしくはない。俺はまだ無名であるからこそ、その利点を活かそう。
◇
俺とライラさんは、俺が決めた宿屋に泊ることにした。大通りから外れたところであまり人気のない宿で宿泊客は少ない。施設も少しボロボロだけど、宿泊する分には不自由しそうにはなかった。
「なるほど。中々に古い建物だ。私のセンスなら間違いなく選ばない」
なんか嫌味を言われたような気がするけれど……
「ライラさんが選びそうにないから、俺が選んだんです」
「まあ、私の行動パターンが読まれているという説が正しければ、あながち間違った選択とは言えないな」
ライラさんは言葉にトゲを含ませながらも一応はこの宿に泊まることを受け入れてくれた。
そんな時だった。ライラさんがふと窓を開けると風が吹いてきた。その風を受けてライラさんがにっと笑う。
「噂の回収ができた。風の妖精の調査結果をここで聞いてみる」
ライラさんはメモ用紙とペンを用意した。妖精から聞いた内容をメモするためだろう。風の妖精の声は俺には聞こえないから助かる。
「うんうん……え?」
ライラさんの顔が困惑に染まる。一瞬、彼女のメモを書く手が止まった。その後、ライラさんがペンを走らせた。
彼女は一体どんな情報を得たのだろうか。俺は気になりながらもライラさんの動向を目で追っていた。ライラさんのペンが止まった。そして、メモ用紙を俺に渡した。
「この情報を君にも教える。言っておくが……これはベルナルド氏の周辺を探って得た情報だ。心して読んでくれ」
ライラさんが神妙な顔をしている。それほどまでにこのメモ用紙に書かれていたことは重要なのだろうか。
マルタ、エマ、ナナ、ヴィクトリア。4人の賞金首がベルナルド邸の前で一同に会していた。
以下会話の記録。
ナナ「フライがやられたようだね……」
エマ「ま、仕方ないんじゃなーい。どんなに強いやつでも負けることはある。勝負は時の運って言うからねー」
マルタ「あのお方の予言ではフライはやられるようには出ていなかった。となると……」
ナナ「例の絶対に排除しなきゃいけない異分子ね……」
マルタ「奴が行動を起こすと予言の結果がズレてしまう。我々はあのお方の予言通りに行動していれば決して負けるはずはないのに」
エマ「ま、そんな予言なんてものに頼り切っていて腕がなまっていたんじゃないのー。じゃなきゃマルタがやられるってありえないっしょ。だって、相手は無能力者なんでしょ? 能力者が負ける道理はないよ」
ヴィクトリア「いや。エマ。それは違うわ。能力者は能力に一生を縛られるから自分の能力に制限ができてしまう。でも、無能力者にはその縛りがないからこそ無限の可能性が生まれる。私たちが敗れるという可能性を掴まれることだってありえる」
エマ「無限の可能性ねー。ま、アタシならそんなものを掴まれるような間抜けなことはしないけどー」
マルタ「とにかく。我々が最優先で殺さなきゃいけないのは……無能力者のヴォイドだ。奴さえ始末すれば、我々の前にある可能性は勝利のみ。敗北の未来などない」
エマ「そだねー。無能力者が勝手なことさえしなければ……あのお方の予言に従って生きていればそれで問題ないわけだし」
ヴィクトリア「とにかく……私たちはあのお方にとって必要なコマであることは忘れないで。もし利用価値がなくなったら……あのお方にとって私たちを始末することなど造作もないこと」
ナナ「私たちが能力者で……そして、あのお方が能力者の行動パターンを全て把握できるすべを持っている限り、私たち相手に勝ち目はない」
エマ「でも、あのお方の言う通りに邪魔なターゲットを始末すれば、私たちは絶対に捕まらないハッピーライフをエンジョイできるわけでしょ」
マルタ「ああ。賞金首を集めて邪魔者を暗殺。よく考えたものだ。自分の手を汚さずにできるんだからな」
ヴィクトリア「さて、そろそろ時間ね。ここでの会話は誰にも聞かれることはない。あのお方の予言ではそう出ていた。でも、その有効時間はもうすぐ終わる」
マルタ「あのライラとかいう女の能力のせいで聞かれる可能性はあるが……あのライラとか言う女はあのお方のことを調べようだなんて思わないはず」
ナナ「ええ。そうね……ライラの行動なら……我らが主。ベルナルド様が予知できるのだから」
ここで会話の記録は終わっていた。
「は……え? ど、どういうこと」
俺は頭が真っ白になった。ベルナルド氏に若干の不信感を覚えていたのも事実だ。でも、それは単なるちょっとした勘というか。気のせいで片づけられるレベルの違和感でしかなかった。
それが……まさか。ベルナルド氏が賞金首5人とつながっていた……?
「どうやら、ヴォイド君。きみは連中のターゲットにされているようだな」
「え、いやいや。なんでですか。俺は無能力者で……」
「だからだ。恐らくベルナルド氏は……いや、ベルナルドは能力者全員の行動を予測できるような能力を持っている。だけど、ヴォイド君は能力者ではないから、その能力からは外れてしまっている」
「え……えっと。それってつまり……」
「もし、我々がベルナルドと4人の賞金首と戦うとなると……きみを失った時点で私には勝ち目がなくなってしまうということだ」
わけがわからなかった。俺は無能力者で……能力に縛られることなく生きることができて、自由気ままに生きる道も存在しえた。でも、俺が今選んでしまった道は……俺がいなくなってしまえば、全てが終わってしまうような道だった。
「な、なんだよそれ!」
「ヴォイド君。きみはこの一件から手を引いた方が良いのかもしれない。連中がきみを狙っているのはあくまでも、きみが賞金稼ぎで邪魔者だからという理由だろう。きみが尻尾を巻いて逃げればやつらも執拗には追ってこないはず。なにせ、やつらはきみの行動を予測できない。逃げ切ることは十分に可能なはずだ」
俺の前に選択が現れた。逃げるか? 戦うか? 俺はそのどちらかを選択することができる。いや、選ばざるを得ない。ただ口を開けて待っていれば餌をもらえるひな鳥のように運命からやってきてくれるんじゃなくて……自分で運命を決めて進まねばならないんだ。
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