第19話 10発の風の弾丸

「くく……くくくく……!」


 フライが不敵に笑いだす。追い詰められているこの状況で笑うなんてどうかしている。それとも一体なにか策でもあるのか?


「ここからが本当の勝負だと? 笑わせるな! 無能力者がたまたま俺の風を斬ったからって調子に乗りやがって! これならどうだ!」


 フライの両手の10本の指が風を纏う。その纏った風がポンポンと発射される。


「この10発の風の弾丸の中に俺の渾身の一撃を仕込んだ! さあ、どれか見極めることがお前にできるか!」


 10発の弾丸の内のどれかに拳を仕込んだだと……確かにフライは風に感覚を共有させることはできる能力者でそこに打撃を仕込むことができる。でも、それは仕込むことができるということで、仕込まない選択もとることができる。


 どれが風の弾丸だ……わからない。最初の1発は違う気がする。いきなりここに仕込むなんて相当読経がいることだ。これはスルーだ。


 そう思って俺は最初の弾丸を避けようとした。しかし、その弾丸は突如俺が避けた方向に曲がり、俺の腹部に思い切りぶつかり、衝撃を与えてくる。


「ぐはぁ……!」


 さ、最初の弾丸に仕込んでやがった……!


「い、いてえ……く、くそ……」


「くくく。外したな。それではもう1回やろうか」


 フライの指に風がまとわっていく。まずい。今度はどこに仕込まれたのか全くわからない。こんなのどうやって対処すれば良いんだ……


「ヴォイド君! がんばれ! 君ならできる!」


 ライラさんが応援してくれている。しかし、応援されても俺にはどうしたらいいのかわからない。


「10連発……! 発射!」


 再度、フライから10連発の風の弾丸が発射される。この内の1つは強力な打撃が加わった弾丸。それを切り裂けばフライにもダメージが通るのに……それがわからない。


 弾丸が俺めがけて飛んでくる。どうする。あてずっぽうで斬ってみるか……!


「食らえ!」


 ライラさんの方向から風の弾丸が飛んでくる。フライの出した弾丸とライラさんの出した弾丸が相殺されていく。


「なっ……! お前、俺の弾丸を消しやがった……!?」


 ライラさんがフライの弾丸をいくつけ消した。残りの弾丸は5つ。やるしかない!


「せいや!」


 俺はレイピアでフライの出した風を斬った。しかし……まるで斬った手ごたえはなかった。


「くっ……」


 しかし、フライは左手の拳を抑えている。どうやら拳にダメージがある程度入ったようだ。ということはライラさんが消した弾丸の中に正解があったということだ。


「く、くそ! もう1回。やってやる!」


 ……待てよ。今、ライラさんは弾丸を5つ消した。そうか。そういうことか。わかった。突破方法が! 集中しろ。相手の弾丸の動きをきちんと見極めるんだ。


 もう1度……ゾーンに入るんだ俺!


「10連撃発射!」


 フライはまた10連発の弾丸を放つ。


「私も応戦する!」


 ライラさんが弾丸を出す。その弾丸でフライの出した弾丸を5つ消した。


「……ありがとうライラさん。お陰でルートが見つかった! オラァ! ハァア!」


 俺はレイピアを振るった。振るった回数は……5回!


「……が、ぐがぁああああ! バ、バカな! ピンポイントで当てた……いや、ち、違う……まさか、お前……」


 フライは俺を恨めしそうに見ながら膝をついた。俺はフライに近づいて奴の首元にレイピアをそっと添えた。


「その通り。俺は全ての風の弾丸をレイピアで切り落とした。どれが正解かわからなかったんでな。全部切れば必ず正解に当たる」


 我ながら力業的な解決方法だと思う。でも、ライラさんが5つの弾丸を消すという方法を取ってくれたおかげでこの発想が生まれた。また、発想があったとしても10発の弾丸を全て切るのは不可能だっただろう。ライラさんが弾丸を5発に減らしてくれたからこそ、俺はこの方法を実現できた。


「く、くそ……俺の負けか」


 フライは両手を上げて降参の意を示した。俺は「ふー」と一息ついた。かなり辛勝だった。俺の体中がバキバキに痛む。結構やつから手痛いダメージを食らってしまった。


「それじゃあ、こいつを拘束する」


 ライラさんがロープを取り出してフライを縛り上げた。魔封じのロープ。これで縛られた人間は魔法や能力を使うことができなくなってしまう。


「け、念入りにこんなことしやがって……覚えてやがれ」


 フライは口をとがらせながら呪詛を吐いている。俺に負けたのが相当悔しいのだろう。


 とにかく、これで一安心と言ったところか。俺は生きている。戦いの緊張感から解放されたせいか……どっと疲れが出てしまった。



 俺たちはオールランドの警備隊にフライを突き出した。所定の手続きをしていると領主のベルナルド氏がやってきた。


「こんにちは。ライラさんとヴォイドさん。疾風のフライを捕まえたとのことではせ参じてきました」


「こんにちは。ベルナルド様。お忙しいところをわざわざお越しいただき恐縮です」


 ライラさんとベルナルド氏が挨拶をかわす。ベルナルド氏は俺の方を見る。


「ヴォイドさん。あなたも新米の賞金稼ぎながら活躍なさっているようで……」


「あ、いえ。自分なんてまだまだです。今回もライラさんがいなければ勝てなかった戦いなので……」


「いえいえ。そんなご謙遜なさらずに。疾風のフライはかなり手練れの賞金首でして、中々捕まええることができなかったのです。それを制圧して捕まえるだけでもあなたは特別な資質を持っているということですよ」


 ベルナルド氏はやけに俺を褒めてくる。ここまで褒められるとなにか裏があるんじゃないかと逆に勘ぐってしまうな。ベルナルド氏は基本的に良い人そうなんだけど……なんだろう。俺の勘とも言うべきなんだろうか。なにか腹に抱えてそうな雰囲気がある。


 まあ、領主ともあろう人物が腹になにかを抱えているのは自然なことか。単純な思考回路では他人に出し抜かれてしまうだろうし。


「それで、フライはどんな供述をしているんですか?」


 ベルナルド氏がフライの供述をライラさんに尋ねた。


「ああ。まだ取り調べの最中ですが……痴漢事件に関しては罪を全て認めたようです。冤罪をふっかけられた男性の嫌疑は完全に腫れました。ただ、それ以外のことは全然口を割らないんですよね。他の4人の賞金首のことに関しては知らぬ存ぜぬを通しています」


「なるほど。フライが彼らをかばっているのか。それとも、本当に知らないのか。それはわかりませんね。ただ、フライが既にこの地に来ているということは、他の賞金首が来ている可能性もある。我らの警備隊もより一層引き締めて警備に当たろうと思います」


 ベルナルド氏は俺たちに深々と頭を下げた。えらい地位にいる人間に頭を下げるとこちらが逆に恐縮してしまうな。


「それでは私は仕事があるのでこれで。失礼いたします」


 それだけ言うとベルナルド氏は去っていった。俺たちも警備隊の詰め所を出た。


「ライラさん……ベルナルド氏のことはどう思いますか?」


「うーん。仕事熱心な良い領主と言うか。領民の安全に配慮しているのは素直に好感が持てるし尊敬している」


「俺は……あの人はなにか引っ掛かるんですよね。良い人なのは間違いなさそうなんだけど、それ以上になにか思惑があるというか」


「思惑?」


「まあ、俺の勘なんですけど……あの人、俺に対しては笑顔で接しているんですけど、その笑顔の裏に黒いものが隠れていそうというか」


 うまく言葉にして説明できない。ベルナルド氏は俺に対して悪い感情を抱いているのかもしれない。そんな予感がするのだ。


「うーん。善良な人間を疑うのは気が進まないが、きみがそこまで言うのなら風の妖精にベルナルド氏の周辺を探らせてみるか」


「はい。お願いします」


 領主ベルナルド。彼の正体がわからないことには俺も完全に安心することはできない。

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