第18話 疾風のフライ

 とある建物の屋根の上。高度が高く風がびゅーびゅーと拭いているそこに、黒いマントを身に着けた男がいた。眉と目の間が狭くて目つきも鋭い感じの男。間違いない。手配書の疾風のフライだ。


「……どうしてここがわかった」


 フライは俺たちを睨みつけている。言葉から俺たちがここに来たのは予想の範囲外のようではあるが、まるで動揺と言うかそういうものはしていない。むしろ、態度が不気味なほどに落ち着いている。賞金首という追われている生活をしているせいか、胆力というものがすごいのだろうか。


「能力を使って女性の体を触ったのはお前だな!」


 俺はビシっとフライに向かって人差し指を突き付けてやった。しかし、フライはきょとんとした顔をして俺を見ている。


「そうだが? それがどうかしたか? 俺、なにか悪いことをしたか?」


「……は?」


 俺は思わず聞き返してしまった。こいつはまるで反省していない。反省どころか悪いことをしたとすら思っていないのか。とんでもないやつだ。


「別に体を触ったところで減るものでもないだろ。なあ?」


「いや、なあ? と言われても……」


 同意を求められたところで、俺としては賛同するわけにはいかない。ここまで黙っていたライラさんがここで一歩前に出た。


「確かにお前の言う通り、なにかが減ったわけではない。しかし、被害女性は確実に触られることで恐怖してトラウマを植え付けられるはずだ。痴漢被害にあったことで女性の心に確実に傷ができるんだ」


「ふーん。しらね。俺は女じゃないしー」


 開き直りもここまで来るとすがすがしいな。こいつはどれだけ人間のカスなのだろうか。


「よし、わかった。では……1発殴らせろ」


 そう言うとライラさんはヒュンと風音を立ててものすごい勢いでフライに接近した。フライもそれに反応して身構える。


 バシィ! ライラさんの拳が炸裂しようとしたが、フライはそれを片手で受け止めた。


「いきなり殴るとは……乱暴だね。暴行事件でも起こすつもりか?」


「良いだろ? 別に減るものじゃないし」


 フライはライラさんと距離を取る。そして、フライの周囲に風が吹き荒れる。


「やれやれ。殴られたら痛いだろ」


「お前に触られた女性も同じように痛い思いをしている」


「へー。こんな風にか?」


 フライが風をビュウと飛ばす。次の瞬間、ライラさんが後方に後ずさりをした。


「ぐあぁ……!」


 ライラさんは口から血をぺっと吐き出した。顔が少し腫れていてちょっと痛々しい。


「わりい。おさわりするつもりが殴っちまった。へっへっへ」


 そうか。こいつは風を通して物体を触ることができるということは、逆に言えば風に打撃を追加することもできるということか。能力の有効活用というか……本当はこっちをメインに能力を伸ばすべきなのではないかと思ってしまう。


「き、貴様……!」


「まあまあ、そう怒んなって。それとも……俺に触られたかったのか?」


「ゲス野郎!」


 ライラさんが風の弾丸を指から連射する。バンバンバンバンと連続で撃ちまくり、フライに攻撃を当てようとする。


 しかし、フライは風を周囲に纏っていて、その風が弾丸の軌道を反らしてまるで命中しない。


「無駄だ。飛び道具は俺にゃあ、当たらない。俺を倒せるとしたら接近戦の攻撃だけだ」


 こいつ……高額な賞金首なだけあって強いぞ。罪状が罪状だけにしょぼいやつかと思ったけれど、侮ってはいけない相手だ。


「ライラさん。ここは落ち着いて、2人がかりで戦いましょう」


「ああ、そうだな」


 俺はライラさんの横に並び立った。そして、レイピアを抜き取り、戦闘態勢を取る。


「お前がヴォイドか」


「俺の名前を知っているのか!?」


 なぜ、フライが俺の名前を知っているんだ。俺はこいつに名乗った覚えはないし、ライラさんもこいつと出会ってからは俺の名前を呼んでいない。


「お前が生きているのは予想外だったが……まあ、お前のことに関して予想を立てろっていう方が無理な話か。無能力者のお前に関してはな」


「何の話をしている!」


 疾風のフライ。もしかして、こいつは何かを知っているのか。俺もまだ全てを知らない。俺が無能力者であることの秘密を。


「ヴォイド。お前は俺たちにとって本当に邪魔な存在なんだよ。どうして賞金稼ぎになんかなりやがったんだよ! お前はもっと自由に生きて良いはずなのに、なんでよりによって最も都合の悪い存在に……!」


 フライの言葉の節々に恨みのようなものが感じられる。どうして、フライは俺を忌避しているのだろうか。


「お前は最優先で抹殺しなければならない対象だ。俺の罪状に殺人がつくのは勘弁してほしいところではあるが……それでも、お前だけは殺さないといけない!」


 風がびゅーと拭く。次の瞬間、俺の腹部に強烈な痛みが走った。


「ぐはっ……!」


 風に殴られた感覚。俺は腹を抑えてその場にうずくまってしまった。


「ヴォイド君!」


 ライラさんが俺に駆け寄る。一方でフライは高笑いをしている。


「あーはっはっは! これが俺の能力。四方八方どこから吹くかわからない風に一方的に殴られる恐怖。どんな気分だ?」


 迂闊だった。俺は罪状的に疾風のフライが5人の賞金首の中で最も弱いと思っていた。能力も戦闘向きではなくて、取るに足らない存在だと思っていた。相対さえすれば勝てると……だがそんなに甘くなかった。もっと慎重にこいつに近づくべきだったんだ。


 俺の視界がぐにゃりと歪む。後頭部に強い衝撃を受ける。視界が一瞬真っ黒になり、意識が跳びかけた。後頭部を風で殴られたのだと気づいたのはその後だった。


 どうする。どうすればいい。こんな能力にどうやって対抗すればいいんだ。


「ヴォイド君。一旦逃げるぞ!」


 ライラさんが俺を担いでダッシュで逃げ出す。賞金首を前にして逃げ出すなんて……


「逃げても無駄だ。風が吹いている限り、そこは俺のテリトリーだ」


 また強い風が吹く。今度はライラさんが俺を担いだまま倒れてしまう。


「がは……!」


 ライラさんに担がれていた俺も放り出されて屋根の上に激突してしまう。また能力で殴ったんだ。


「同じ風使いでもさ。風の妖精と仲良くお話するだけの能力で、俺相手に勝てると思っているのか? 能力の規模がまるで違うんだよ」


 こいつ……ライラさんの能力も知ってやがる。そうか。こいつも風と感覚を共有できるから調べ物は得意なんだ。


「ライラ。お前は生かしておいてやる。殺す価値もない。だが、ヴォイドはここで始末しないと……のちになにをしでかすかがわからない」


 フライが手を上げる。そうすると風が吹いた。


「死ね!」


 なんだか周りの景色がゆっくりに見える。なんだろう。この感覚。ゾーンに入ったと言うべきものだろうか。


 やけに神経が集中して……見える! 見えるぞ! 風の動きが。


 風の軌道がわかる! 今の俺なら……この風を斬れる!


「ていや!」


 俺はレイピアを振るった。その行動1つ。それが俺の運命を変えた! その感覚が確かにあった。


「ぐ、ぐああああ!」


 フライが右拳を左手で抑えて痛がっている。その痛がっている理由が俺にはすぐに理解できた。それだけ俺の頭は研ぎ澄まされていた。


「風と感覚を共有しているんだったよな。触覚を共有して俺を殴ろうとするってことは……痛覚も当然共有しているはずだ。だから、風を斬れば……! フライ! お前にダメージが通る!」


 フライの能力は確かに攻撃面に優れている。しかし、風と感覚を共有しているということは……余計に的が増えたということだ。


「バ、バカな! り、理屈に気づいたとしても、ふ、普通、できるか!? 風を斬るなんて……! あ、いてえぇてええ!」


 たしかに俺も風を斬るなんてやったことがなかった。ぶっつけ本番の一発勝負。それに俺は勝ったんだ。


「さあ、フライ! ここからが本当の勝負だ!」

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