第17話 痴漢騒動
「ヴォイド君。ちょっと起きてくれ」
俺はその声に導かれるまま、目を覚ました。ライラさんがなにやら慌てている様子だった。
「どうしたんですか。ライラさん。そんな朝早くから」
まだ日が昇り始めたくらいの時間帯。もう少し眠っていたい気持ちもあるが、なにやら緊急事態のようなので俺は眠い体を無理矢理起こしてベッドから出た。
「こっちに来てくれ」
俺は顔すらも洗わないままライラさんについていった。宿屋の外に出て裏手に回る。そうするとそこには、2人組の男が倒れていた。
「え? な、なんですか。これ誰かにやられたんですか。まさか例の賞金首が現れたんじゃ」
「いや……この倒れている2人。こいつらも賞金首だ」
「え? そうなんですか!」
「ああ。2人共裏社会の人間で相当汚いことをしている。誰がこいつらを倒したのかはわからない。でも、こいつらを突き出せばそれなりの懸賞金はもらえるはずだ」
ライラさんは少しにやけている。そりゃ、賞金首が外でノビていて捕まえられる状況なら誰だってそうなるかもしれない。
「でも、いいんですか? これって、誰かの“獲物”だったりしませんか?」
「仮にそうだとしてもこんなところに放置している方が悪い。突き出した者勝ちなんだ。こういうのは」
「そ、そういうものなんですか」
「とにかく。私はこっちの男を運ぶから、ヴォイド君はこっちを頼む」
「あ、はい」
とにかく、俺たちはこの謎の賞金首2人組をしかるべき場所へと突き出した。思わぬ臨時収入が手に入りライラさんは上機嫌に鼻唄をうたっている。
「ふんふーん、いやあ。今日は朝からついているな。ヴォイド君。実にすがすがしい朝だ!」
「そうですね。なにもせずに賞金首が捕まるなんてラッキーですね」
あの2人は凄腕の暗殺者のようだった。気絶から目覚めた後も黙秘を続けていて、彼らが誰にやられたのか、はたまた事故で気絶をすることになったのか。その答えはわからない。
まあ、別に俺たちの仕事は真実を追求することじゃないし、あいつらがどうなろうと関係ないことだ。俺たちはただ賞金首を捕まえてそれを差し出すだけ。余計なことは考えないようにしよう。
ビューと強い風が吹いてくる。俺の前髪が風でなびくほどである。そんな強い風が通った後のことだった。
「きゃあっ!」
大通りの方から女性の悲鳴が聞こえた。
「ライラさん!」
「行こう!」
もしかしたら、賞金首が現れたのかもしれない。そうでなくても、なにか事件が起きた可能性があるのでそこに向かわなければ。
「ちょっと! アンタ! 私のお尻を触ったでしょ!」
20代前半くらいの女性が30代中盤くらいの男性に向かって詰め寄っている。
「し、知らねえよ! なんで俺がお前を触らないといけないんだ」
事件……まさかの痴漢騒ぎである。女性は男性が触ったと決めつけているようであった。
「待ってください。彼は触ってません」
男性の背後にいた別の女性が彼を擁護する。しかし、女性は納得していない様子である。
「そんなわけないでしょ! 確実に誰かが私のお尻を触った。位置的に触れるのはアンタしかいないじゃないの! それにアンタなんなの!」
「私はこの人の妻です。この人は誠実な人です。決して女性を傷つけるようなことは……」
「妻? それじゃあ、こいつとグルの可能性があるじゃない! そんなやつの言うことなんて信じられないわ!」
まるでとりつく島がない。周囲の人間も我関せずと通り過ぎていく。
「ヴォイド君。どう思う?」
「どう思うって言われても……触ってないって言っている証言が1つ。それは被疑者の妻のものだった。一方で触ったという証言もないわけですよね。触った証拠がない以上は推定無罪じゃないですか?」
「違う。そうじゃない。さっき強い風が吹いた。これって何かを思い出さないか?」
「なにか……あ!」
思い出した。ライラさんが言っていた5人の賞金首の能力。疾風のフライ。風と感覚をリンクする能力者。触覚をリンクすれば実際に風を通して女性の体を触ることができる。
「まさか。疾風のフライが近くにいるってことですか」
「ああ。可能性はある。今は程よく風が強い。なら、私の能力も最大限発揮できる。私のそよ風の妖精で情報を集めさせてみよう」
「ところで……あの人たちはどうしますか?」
俺はまだ揉めている男女を指さした。
「放っておけばいいだろう。私たちには関係のないことだ」
「いや、でも。仲裁しないとまた別の事件が発生しそうな予感ですよ」
「なら、きみがしてくれ」
「うへえ。俺に丸投げですか。まあ、そうですね。言い出したのは俺だから責任はきちんと取りますよ」
その場を目撃したわけじゃないのに、どうやってこの場を収めれば良いのかよくわからないが……とりあえず行こう。
「あ、あの!」
「なによ! アンタ!」
いきなり被害女性に睨まれてしまった。
「アンタ! こいつが触ったところを目撃でもしたの!?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、口を出さないでちょうだい! 誰か! こいつが触ったところを見ませんでしたか!」
困ったな。完全に触ったと決めつけている。まあ、この人が無実ならそんな証言出るはずが……
「俺見たぜ。こいつが触ったところ」
マッシュルームみたいな髪型をしていて、前髪が目で隠れているような男性が話しかけてきた。口元がにやけていてなんとも不気味な感じがする。
「ほ、ほら! やっぱり! 触ったところを見た人がいたじゃないの」
「そ、そんなバカな……」
男性の顔が青くなる。目撃者が現れたことで彼は一気に不利になってしまった。
「ほら、謝りなさいよ! そして、自警団にアンタを突き出してやるんだから」
「うんうん。それはこの男が悪いね」
俺はなんとなく察した。このマッシュルーム男は事件を目撃していない。ただ、この被害女性と接点を持ちたくて嘘をついているんだと。
しかし、困ったことにそれは俺の直感で、このマッシュルーム男が嘘をついている証拠がない。
「なにかの間違いだ! よく思い出してくれ! 触ったのは本当に俺じゃないんだ!」
「うるせえな! さっさと自分の罪を認めやがれ。俺が触ったのを見たって言っているんだ!」
困ったな。話がややこしくなってきたぞ。もはや収集がつくような気がしない。とりあえず、このややこしくした原因のマッシュルーム男をどうにかしないと。
「あ、あのちょっと良いですか」
「ん? なんだテメエは!」
「あなた本当に見たんですか? 勘違いとかじゃなくて?」
「は? お前、俺を疑うわけ?」
マッシュルーム男が俺に詰め寄ってくる。まあ、体格的に俺の方が強そうだから詰め寄られても全然怖くはないが。
「もし嘘の証言をしたら罪に問われることになるんですよ」
「は? そんなの知らねえし。ってか、俺嘘ついてねえし」
証言を取り下げるつもりはないか……厄介だな。
「ヴォイド君! 犯人がわかったぞ。やっぱり疾風のフライだ!」
ライラさんがそよ風の妖精での情報収集が終わった。
「は? 疾風のフライ……?」
「はい。この賞金首です。さっき風が吹きましたよね。あいつの能力でこの女性に触ったんですよ」
俺は手配書を見せた。女性はその手配書をまじまじと見つめる。
「あ、そういえば、確かに触られた時、風が吹いていたような……あ! 手首を掴んでやろうとしたけれど掴めなかった……あの時は手を引っ込められたと思ったけど、冷静になればあんなに早く手を引っ込められるとは思えない」
女性はすぐに男性の方に向き直り頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。私勘違いをしていたみたいです。後ろにあなたしかいないから犯人はあなただって勝手に決めつけてました」
「あ、わ、わかってくれたんだったらそれで良いや。勘違いしていただけなら俺も大事にするつもりはない……が」
被疑者男性がマッシュルーム男を睨みつけた。
「明確な嘘つきはきちんと制裁してやらないとな」
「え、あ、お、俺? あ、いや。俺も勘違いだったかなって……あはは」
また別の揉め事が発生しようとしているけれど、今度こそ俺たちは関係ないや。
「ヴォイド君。疾風のフライはまだこの近くにいる。今すぐ追うぞ」
「はい!」
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