第16話 闇夜の襲撃者

「ところでヴォイドさんと言ったかな。あなたの能力についておおまかに説明できますか?」


 ベルナルド氏の目の色が一瞬変わった気がした。なんだ。今の違和感のようなものは……


「あー。別に言いたくないのなら無理には問いただしません、しかし、おおまなかな能力でも把握しておけばいざという時に連携できると思いまして」


 ベルナルド氏は邪気のない笑顔を向けてくる。さっきの違和感のようなものは気のせいだったのだろうか。


「ああ。実は……俺は能力を持っていないんですよ」


「能力を持っていない? それはどういうことですか? 戦闘用の能力を持っていないという意味ですか?」


「いえ、そのまんまの意味です」


「そ、そんなことありえるのですか。だって、人間は生まれついてみんな能力を得るはず」


 ベルナルド氏はかなり驚いているようである。しかし、すぐに表情を落ち着かせて俺ににっこりと微笑んだ。


「普通は誰しもが持っている能力を持たずに生まれたあなた。それはきっとなにか特別な意味があるのかもしれません」


「そ、そうですか」


 またしても、無能力者だと失望されることなく受け入れられてしまった。もしかして、人間って思ったより優しいのでは……?


「おっと。もうこんな時間です。私も忙しい身なのでそろそろ失礼しても良いですかな?」


 ベルナルド氏が海中時計を確認して話を切り上げようとしてくる。


「はい。本日は我々のために貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」


 ライラさんが深々と頭を下げた。俺もつられて頭を下げる。


 俺たちは再度、執事の人に案内されて屋敷の敷地外に出た。そこから少し離れてライラさんと会話をする。


「ベルナルド氏って良い人そうでしたね」


「ああ、そうだな。話が通じる人で良かった。とにかく、今は賞金首たちがこの街に来るまで待つしかない」


「ライラさん。どうして5人の賞金首がこの街に集まってくるのか。その理由を探ることってできないんですか?」


「うーん。そうだな……私の能力ではそこまで調べるのは難しいかな。あくまで私の風の妖精は噂レベルの情報までしか集めることができない。情報の詳細まで知ろうとすると真意性が失われる可能性がある」


「そういうものなんですねえ」


 5人の賞金首がどうしてこの街に集まってきているのか。それはどうしても気になるところではある。彼らになにか繋がりのようなものがあるのだろうか。


「まあ、せっかくこの街に来たんだ。観光を楽しもうじゃないか」


「そうですね!」


 俺とライラさんはこの街の観光を楽しんだ。劇場に行ったり、レストランで食事をしたり、楽しい時間を過ごした。


「ライラさん。今日はいなかったんですか?」


「何がだ?」


「例のドッペルゲンガーですよ。俺に似たやつ」


「そうだな。今日は見てないな。これだけ人が多い街だ。特定の人物とすれ違う方が稀なのかもな」


「うーん。俺もちょっと自分のドッペルゲンガーを見てみたい気持ちはあるんですよね」


「会ったら死ぬんじゃないのか?」


 ライラさんは微笑みながら冗談めかして言う。


「でも、気になるじゃないですか。そこまで自分に似ている存在って」


「まあ、気持ちはわからんでもない」


 そんな会話をしながら俺たちは宿屋について、休息することにした。



 時刻は夜。闇夜に紛れて行動する2人組の謎の影。それらがヴォイドたちが泊っている宿付近にやってきた。


「ここに暗殺対象がいるんだな」


「ああ。間違えるなよ。女の方じゃない。男の方を殺せ」


 暗殺者はとある紙を持っていた。その紙に描かれているのはヴォイドである。


「しかし……見たところまだ15かそこらのガキじゃないか。どうしてこんなガキを殺さないといけないんだ」


「なんでも依頼人が言うには、こいつだけは絶対に始末しないといけないとのことだった。失敗は許されないと思え」


「こんなガキを始末しなきゃいけないほどの理由か。まあ、気にならないと言えば嘘になるな」


「やめておけ。依頼人の事情を詮索するな。この世界で生きて生きたいのなら、知ってはいけない情報はある」


 暗殺者たちはヴォイドたちが宿泊している宿屋の壁をよじ登る。そして、2階まで登りヴォイドたちが宿泊している部屋を目指している。そんな時だった。


「やめときなよ」


「!!」


 暗殺者たちが声をした方向を向く。暗殺者たちの真下にいるのは、ヴォイドだった。ヴォイドはライターを手にしていてそれを明かりにしている。否、彼は本当にヴォイドなのだろうか。もしかしたら、ヴォイドとそっくりな人間の可能性もありえる。


「な! お、おい! あいつだ。暗殺対象のやつが出歩いているぞ」


「寝込みを襲って確実に始末するつもりだったが……まあ良い。ここでこいつを始末したところで変わらないこと」


 暗殺者の内の1人がは服の袖から仕込み刃を取り出して宿屋の壁から飛び降りてヴォイド?に向かって切りかかってくる。


 ヴォイド?はレイピアを抜きとり、暗殺者の刃を受け止めた。そして、すぐさまヴォイド?はレイピアで暗殺者に反撃を試みた。


「なんだと……こいつ、剣の腕が立つなんて聞いてないぞ!」


 暗殺者はヴォイド?のレイピアをかわした。素早い身のこなしで跳躍してヴォイド?と距離を取る。


「剣の腕はそこそこ立つ。だが、それだけだ。とても最重要で暗殺しろだなんて言われるほどには感じない」


 仕込み刃の暗殺者がヴォイド?と手合わせした所見を言う。一方でまだ2階の壁にいた暗殺者はボウガンを取り出してそれをヴォイド?に向けた。


「くく。高さを取って正解だったぜ。ここから一方的に狙撃してやる」


 暗殺者がボウガンを放つ。そのボウガンはヴォイド?の眉間を捉えていた。しかし、ヴォイド?はその矢をかわして壁を走って上ってくる。


「な、なんだと! この身体能力! 化け物か!」


 ボウガンの暗殺者は慌ててヴォイド?に向けてボウガンを構えた。こちらに向かって移動している標的を狙う。かなり難易度の高い狙撃技術であるが、暗殺者は冷静に弦を引く。放たれる矢。ヴォイド?は、その矢の軌道を読んでいたと言わんばかりに攻撃をかわした。


「なっ……!」


 ボウガンの暗殺者は首筋にレイピアを突き付けられる。そして、ヴォイド?は暗殺者に顔を近づけてささやく。


「今すぐ、僕から手を引け。僕はお前らを返り討ちにすることだってできる。だが……この手をお前たちの血では汚したくない」


「な、舐めやがって!」


 仕込み刃の暗殺者がジャンプしてヴォイド?のいる高さまで到達する。そして、今度は逆にヴォイド?を刃で刺そうとした。しかし、ヴォイド?はその動きを読んでいたと言わんばかりに暗殺者の仲間を盾にしようとした。


「うお!」


 仲間を盾にされて仕込み刃の手が止まる。そして、ヴォイドはボウガンの方の暗殺者を2階から突き落とした。


「う、うわああ!」


 ドスンと落下音が聞こえる。相棒がやられて仕込み刃の暗殺者も青ざめる。そして、仕込み刃の暗殺者もヴォイドに突き落とされて落下のダメージを受ける。


「ゲボァ……」


 カエルが潰れたような音みいた声を出して暗殺者はぴくぴくと痙攣している。


「朝まで身動きは取れないだろう。全く……【彼】を狙うとは……敵も【彼】がこちらが絶対に死守しなくてはいけない存在だと気づいてしまったのか」


 ヴォイドの姿をしたなにか。それは夜の世界へと消えていった――


 彼が一体何者で、ヴォイドとどういう関係なのか。その謎はこの夜の闇のように深く、ヴォイドたちがその闇を晴らすのはもう少し先の話である。

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