第15話 領主

「んっ……んんー……」


 俺は眠りの世界から無事に帰還した。変な夢を見ていたような気がするけれど……夢の内容はよく思い出せない。


 ベッドから起き上がり窓を見ると日はすっかり暮れていた。昼寝をしていたら、いつの間にか夜になっていたようだった。


「ヴォイド君。おはよう」


「あ、ライラさん。おはようございます」


 部屋の中にはライラさんがいた。ライラさんは床に座ってなにやら瞑想しているような雰囲気だった。


「そろそろ夕食時だ。そこで私が集めてきた情報を話そう」


「はい」


 俺とライラさんは部屋から出て、宿屋の食堂へと向かった。そこそこ広い食堂では他の宿泊客も食事をしていて、それなりに賑わっている。


 俺たちも配膳されてきた料理を食べながら話をする。


「さて、ヴォイド君。賞金首だけど、まずは目撃情報がなかった。このオールランドの街に向かっているという情報はあったが、辿り着いてはいないようだ」


「それじゃあ、俺たちが先まわししたんですかね」


「ああ。その可能性はあるな。やつらも人目を避けて行動しなければならない身。移動が制限されて、直通ルートではなくて迂回せざるを得ないこともある」


 そういう理由ならば、こちらが先に到着するのは納得できる理由だ。


「ただ、無駄に歩くのももったいなかったので……ここの領主であるベルナルドと話ができるようにアポを取ってきた」


「そんなことができるんですか?」


「ああ。自分で言うのも恥ずかしいが、私もそこそこ名の知れた賞金稼ぎでな。ここに賞金首が来るであろう情報を伝えたら、明日会ってくれるらしい」


「領主って結構忙しそうですけど、いきなり明日の予定を取れるんですね」


「ああ。街の治安にも関わる問題だからな。優先してくれたのだろう」


 ライラさんの凄さが伝わってくる。この人と一緒に行動できたのは俺にとっては幸運だったのかもしれない。


「というわけで。明日……ベルナルド領主の館に出向くぞ」


「はい」


 ここでライラさんの情報は終わりのはずだった。しかし、ライラさんは俺を見て不思議そうな顔をしていた。


「ところでヴォイド君。きみは昼間に図書館に行かなかったか?」


「え? 図書館ですか? 行ってませんよ。俺は昼間はずっと寝てましたし」


 俺の言葉にライラさんが眉をひそめた。そして、あごに手を当ててなにやら考え事をしている。


「うーん……あれは確かにヴォイド君だったはずだ。ヴォイド君とよく似た背格好の青年を見つけたので、それを目で追ってみたら……顔までヴォイド君そっくり……と言うよりそのものだった。その青年が図書館に入っていったのを見たんだ」


「ええ、俺のそっくりさんですか。それともドッペルゲンガー? なんか嫌だなあ。ドッペルゲンガーに出会ったら死ぬって言われているじゃないですか」


「うーん……不思議なことに服装も完全に一致していた。とても他人の空似とは思えない」


 ライラさんは首を傾げている。そんなに俺に似ている人がいたのか。しかし、俺は図書館に行った覚えなどないし、ずっと眠っていた。夢の内容は思い出せないけれど、眠っていたのは事実なのだ。


「とにかく。俺は確実に眠っていた自信はあるので、他人の空似だと思います」


「そうか。きみがそう言うんだったら私はそれを信じる」


 ライラさんが目撃した俺にそっくりな人物。一体、何者なのだろうか。ライラさんがなにか見間違えただけかもしれないけれど、少し気になるな。



 翌日、俺とライラさんは宿屋をチェックアウトして、ベルナルド領主の屋敷へと向かった。


 街の外側も田舎育ちの俺からしたらかなりの景観だったが、街が中央に近づくにつれてより洗練された街並みになっていく。道行く人の身なりもよくて、なんだか俺が場違いな気がしてきた。


「す、すげえ……この家、でかいし、外観がキレイだし、庭が広いし、完全に金持ちの家だ……!」


「くす。ヴォイド君。あまりはしゃぎすぎるとこの中央区では目立つよ」


「あ、そうですね。ライラさん。ごめんなさい」


「別に私に謝る必要はない。ただ、ちょっと反応が可愛げがあると思っただけだ」


 ライラさんに可愛げがあるとか言われてしまった。なんだか気恥ずかしい。


「ここが領主の家だ」


「こ、これが……!」


 俺がさっき感動した金持ちの家とは更にスケールが違う家がそこにはあった。左右対称の建物と庭。手入れが行き届いている庭園は維持するだけでも途方もない労力がかかりそうである。


 門扉だけでも俺の実家よりも高そうなくらいの素材でできている。一体、家にいくら金をかけているんだろう。


 ライラさんは門扉の近くに設置してあるベルを鳴らす。するとすぐに執事服を着た老齢の男性がやってくる。執事の立ち居振る舞いは気品溢れていて洗練されている。俺はそれだけで圧倒されて声も出せなかった。


「なにか御用でしょうか」


「私はライラ。本日の10時よりベルナルド様とお会いする約束があります」


「ライラ様ですね。お待ちしておりました……そちらのお方は?」


「私のツレです。名前はヴォイド。彼の素性は私が保証します」


「確かに……お連れ様がおひとり来るかもしれないと言っておりましたね」


 執事は基本的に柔和な表情をしていた。しかし、俺がツレだと聞いた瞬間……一瞬。そう、一瞬だけ、ひどく驚いた顔をしていた。ツレが来ると聞いているんだったらそんな驚く必要はないのに。どうして、【俺の顔を見て驚いたんだ?】


「それでは、お入りくださいませ」


 執事は一瞬の表情の変化などなかったかのように、テキパキと動いている。俺たちを敷地内に入れてからは所作に一切の隙がない。この執事はかなりの達人なのだろう。俺も武芸はほぼほぼ素人みたいなものだけれど、この執事がかなりの手練れだということは伝わってくる。恐らくは母さんよりも強い。


 執事の人に応接室に通されて、そこでしばらく待っていることになった。応接室のふかふかの椅子に座る。この世にこんな座り心地が良い椅子があったのかと俺は今日何回目かわからない驚きを得た。


 荘厳な雰囲気の応接室。シカのはく製が飾られていて、こちらをつぶらな目で見ているような気がする。妙に落ち着かない雰囲気のまま待っていること数分。領主のベルナルド氏が応接室に入ってきた。


「初めまして。私がこのオールランドの領主のベルナルドです」


 20代後半くらいの少し筋肉質な長身の男性がやってきた。顔立ちも整っていて、これで領主なんだからこの世の全てを手に入れたような人間で俺とは住む世界が違うと感じる。


 俺とライラさんは椅子から立ち上がりベルナルド氏に挨拶をする。


「初めまして。私は賞金稼ぎのライラです。そして、こちらが私の助手のヴォイドです」


「よろしくお願いします」


「ふむ。こちらこそよろしくお願いします」


 領主というくらいだからもっと偉そうな感じを予想していただけに、物腰が柔らかくて意外な感じだった。俺はベルナルド氏に悪い感情を一切抱いていない。初対面から好感触で俺は早くも彼のペースに乗せられそうになっていた。


「すでにお話は伺っております。5人の賞金首がこの街にやってくるという情報をあなたがたは独自の情報網で得た」


「はい。それは私の能力によるものです」


「なるほど……情報提供ありがとうございます。ならば我らもそれに備えて警備体制を強化致しましょう。あなたがたが狙っているのは彼らの懸賞金でしょう。もし、我々が彼らを捕まえた時、懸賞金の権利は我々にありますが、その懸賞金の一部をあなたがたにお渡し致しましょう。もちろん、あなたがたが捕まえた場合、その懸賞金は全てあなた達のものです」


「お気遣いいただきありがとうございます」


 ライラさんが深々と頭を下げる。


「確かに5人の賞金首というものは我々にとっても脅威だ。ですからここは協力関係を結びたいのです」


 ベルナルド氏がライラさんに向かって手を差し出す。ライラさんは彼と握手をする。


「ええ。私もそのつもりです」


「そちらのあなたもお願いします」


 続いてベルナルド氏は俺とも握手をした。誠実そうで良い人だと俺は感じ取った。

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