第12話 畑荒らし退治
俺が母さんを倒した翌日、ライラさんが俺を迎えに来た。
「やあ。ヴォイド君。旅立ちの準備はできたかな?」
「はい!」
俺の背後にいた母さんが前に出る。そしてライラさんに向かってお辞儀をした。
「ヴォイドの母です。これから息子をよろしくお願いします」
「はい。彼を立派な賞金稼ぎにしてみせます」
母さんとの剣の勝負に勝ったので、俺はライラさんについていくことを認められた。俺はライラさんの傍に近寄り、そして母さんに一言。
「それじゃあ、母さん。行ってきます」
「うん……いってらっしゃい」
それだけ言葉をかわすと俺は住み慣れた実家を出てライラさんと共に旅に出た。
◇
「さて、ヴォイド君。私たちがこれからどこに向かうのかと言うと、ここから北方にある農村に行こうと思う」
「農村? そこに賞金首がいるんですか?」
ライラさんと移動しながらの会話。俺はライラさんの後をひたすらについていく。
「まあ、いるかどうかはわからない。ただ、この手配書を見てくれ」
ライラさんは俺に1枚の手配書を渡してきた。その手配書にはこう書かれていた。
【畑を荒らす謎の存在を退治して欲しい 報酬:180,000シェル】
「当村にて、畑を荒らす謎の存在を確認。その正体は不明である。夜な夜な現れては畑を荒らすのでその退治をお願いしたい……なるほど。正体不明の相手を狩れということですね」
「ああ。私の風の妖精の力を使えば正体の特定はそう難しくないだろう。そう考えるとこれは私たち向けの依頼だと思わないか?」
「まあ、そうですね」
「とにかくその村に行こう。そして、情報収集をして畑を荒らす者の正体を特定する」
賞金首と言えば正体が割れているものだと思っていたけれど、こういう正体不明のケースもあるんだな。
ライラさんと会話しながら道を進んでいくと俺たちは例の農村についた。そこの畑を見てみると確かに作物がボロボロに食い荒らされている。
「これは……食い方的に野生動物かなにかですかね」
「そう断定するのは早い。人間が野生動物の仕業と見せかけるために、あえて汚く食い散らかした可能性もある。とにかく……風の妖精よ。集まってくれ」
ライラさんは風の妖精になにやら語り掛けている。
「この作物を荒らしたやつの正体を特定してくれ……頼んだぞ。よし、これでしばらく待てば情報が集まるはずだ」
農村の住民とみられる人たちが俺たちをじろじろと見ている。なにやら警戒しているようでクワを持ってにらみつけている。
「なんか俺たち見られてますね」
「ああ。相手も正体不明の畑荒らしに怯えている。彼らにとって、私たちがそうではない保証はどこにもないからな」
睨んでいる村人たちの中で最も屈強な農夫が俺たちに近づいてきた。
「なんだ。お前ら、この村に何の用だ?」
「ああ。実はこの手配書を見てな」
ライラさんが例の手配書を農夫に見せる。農夫はそれを見ると顔色を変えた。
「そうか。ありがとう。相手の正体もわからなくてよそ者のお前らをつい疑ってしまった。すまなかったな」
「ああ。大丈夫。私は気にしていない」
農夫とライラさんは和解したようだ。だが、完全に打ち解けたというわけではなくて、敵意は持たれてないけれど特に好意も持たれていない様子である。
「……お! 風の妖精が戻ってきたようだ。作物を荒らした犯人はここから更に北に進んだところにある洞窟に潜んでいるらしい」
「なるほど。もう出発するんですか?」
「うーん。少し休憩してから行こう。いざという時に体力を消耗していたらなにもできないからな」
俺はライラさんと一緒に休憩をして、体力を回復させた。そして、北にある洞窟に向かい……たどり着いた。
「この中だな。よし、私がまた魔法であかりをつける。私の傍から離れないようにな」
「はい」
ライラさんがあかりをつけてから慎重に進む。洞窟に入る。俺はレイピアを握る力を強める。少し手が汗ばんでしまっている。初めての討伐に緊張しているせいだろうか。
「ライラさん。賞金首はどんなやつなんですか?」
「それが……よくわかってないんだ。風の妖精で姿を特定しようとしても上手くできなかった。しかし、この洞窟に潜んでいるという確かな情報だけは入手することができた」
「姿がわからない……」
一体どういうことだろうか。賞金首の能力になにか関係しているのか?
「……この奥になにかいるな」
ライラさんが立ち止まる。そして、警戒した様子で俺の前に腕を伸ばす。
「これより先に近づかない方が良い……まずは私がやる! バァン!」
ライラさんが右手の人差し指を進行方向に向かってさす。そして、人差し指から風の弾丸を飛ばす。弾丸は暗がりを突き進んでいく。
飛ばされた風の弾丸が轟音を立ててなにかにぶつかった。音の感じ的に硬そうな何かにぶつかった……が、その正体まではわからない。
そして、数秒も経たない内に暗がりからなにかが飛び出してきた。人間よりも大きいなにか……
「トラ!?」
俺が叫ぶ。その虎はライラさんに向かって飛び掛かってくる。
「くっ……!」
ライラさんは虎の攻撃をかわした。ガキンと音がする。虎の爪が洞窟の岩肌を削ったのだ。それほどまでにこの虎の爪は硬度が高く鋭い。
「ぐるうぅぅうう!」
虎がうなり声をあげる。かなり怒っている様子である。
「ライラさん。こいつが作物を荒らした犯人ですか?」
「ああ。そのようだな」
作物の荒らし方的に野生動物かなにかだと思われていたけれど、まさか虎だったとは。虎はギロっとライラさんを睨み彼女の首筋に向かって噛みつこうとしてくる。
「バァン!」
ライラさんが虎の顔面めがけて風の弾丸を飛ばす。その弾丸の軌道は虎の鼻にぶちあたるはず。先手必勝。流石の虎も鼻に攻撃をぶち込まれたら怯むはず。
ベコォと音がする。虎の鼻に風の弾丸が命中した。しかし、虎が少しのけぞっただけで攻撃をやめようとしない。そのままライラさんを押し倒した。
「ライラさん!」
俺はレイピアを抜きライラさんと虎に近づく。虎はライラさんの首筋を噛もうとしているが、ライラさんはそれをなんとか抵抗しようとしている。
「ヴォイド君!」
「今、助けます!」
落ち着け。実戦で初めて剣を使うけれど……母さんと特訓した成果を見せてやる。俺は虎の眉間に狙いを定めてレイピアを突いた。狙いは正確。虎の眉間に俺のレイピアが刺さる。
グギィと音を立てて数ミリめり込む。虎の頭蓋骨を砕いた音か? このまま押し込んで脳天を確実に貫いて倒してやる。そう思っているが……
「進まない!?」
硬い! 硬すぎてこれ以上貫くことができない。なんて硬さだ。まるで岩を削ろうとしているようだ。
「ぐぎゃあああ!」
虎が悶えながら頭をガンガンと振る。俺はその虎の力に振り回されそうになる。
「う、わ、わわぁ……!」
「ヴォイド君……! 食らえ!」
ライラさんが風の弾丸を虎の腹部に向かって放つ。バンバンバンと複数回放った。虎の腹部に風の弾丸がめり込む。そして、虎は吹き飛ばされていく。
吹き飛ばされた衝撃で虎の眉間から俺のレイピアが抜けた。俺はホッと一息をついた。
「な、なんなんですかあの虎は」
「わからない。だが、普通の虎ではないようだ」
暗がりから拍手の音が聞こえる。その方向に目をやると「くっくっく」と笑い声が聞こえる。
「そこにいるのは誰だ!」
ライラさんがその方向に向かって指を突き付ける。いつでも弾丸を発射できるように準備をしたのだ。
「いやあ、まさか……私の芸術品相手にここまでやれる人間がいるだなんて思わなかったよ。くっくっく」
暗がりから出てきたのは白衣を着た女だった。女はニタァと気味の悪い笑みを浮かべている。そして、俺の顔を見るなり、真顔になった。
「……? 2人? なぜ2人なんだね? 1人のはずでは……?」
女はわけのわからないことを言い始めた。
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