第11話 雷纏い
「いてて……」
俺は自室にて服を脱いで痛む箇所を確認した。
防具を付けて寸止めされているとは言え、俺の体に数か所の点の形をした痣ができている。母さんのレイピアに突かれた箇所が赤く腫れている。
あれから5日が経過した。母さんの動きもどんどん良くなってきて意地でも俺を勝たせようとしない意思を感じる。
「でも……母さんの強さに陰りが見え始めている」
戦う度に本気になっていく母さんであるが、その強化具合もどんどん鈍化している。母さんの実力だって上限がある。俺は母さんのその上限に到達しようとしているのかもしれない。
完全に本気を出させることができたら……まだチャンスはあるかもしれない。底が知れないままだとどう考えても勝てないからな。
「さてと……それじゃあ、今日も母さんに挑みにいくか」
俺は窓から差し込む朝陽を背に自室の扉を開けた。
◇
俺と母さんの交戦が始まる。母さんの剣はとても素早くて見切るのに苦労する。だが、攻撃を捌けないほどではない。俺は母さんの攻撃を受け止めてやり過ごそうとする。
しかし、こちらは防戦一方で母さんに対して有効打を与えることができない。どうにかして隙を作りたいのに……
「くっ……隙がないね」
母さんが奥歯を噛みしめる。攻めあぐねていて辛いのはあちらも同じである。とにかく、今は攻撃を耐えて相手の隙を作りだす。それに注力しよう。
そう思っていると母さんがニヤっと笑う。次の瞬間、母さんのレイピアがバチっと火花を飛ばす。青白い色のうねうねとした光をまとい、そのレイピアで俺を突こうとする。
まずい。ガードしなければ。俺はそう思い、母さんの攻撃をレイピアで受けようとした。しかし、お互いのレイピアがかち合った時、バチィと音がして俺の全身が痺れる。
俺は思わずレイピアを手放してしまい、その場に膝をついてしまった。なにが起きたのか全くわからなかった。
「これが私の能力。
「の、能力……!」
「あれ? なんで意外そうな顔しているの? 実戦では相手がどんな能力を使ってくるのかわからない。たしかに私は今まで能力を使わなかったけれど、能力なしの試合とは一言も言ってない」
俺は反論できなかった。俺は能力を持っていないけれど、俺以外の人間は全員なにかしらの能力を持っている。それは言い換えれば、実戦では相手は能力という切り札を隠し持っているということ。俺にはその切り札がないからその時点でかなりの不利を強いられてしまう。
「今日のところはこれくらいにしておいてあげる。その体じゃしばらくまともに戦闘できないでしょ? きっちりと放電しておくんだよ」
母さんは家へと戻っていく。俺は地面に伏した状態で動きが鈍くなった手を握る。
母さんの能力。レイピアをお互い切り結んだだけで、こちらは体が麻痺する。その時点で俺の敗北は必至だ。こんな能力にどうやって対抗すれば良いんだ……!
能力なしの母さんだったらまだ勝ち目はあったかもしれない。けれど、あの能力にどうやって対抗すれば良い。タイムリミットは迫っている。明日か明後日か。ライサさんが迎えに来てしまう。それまでに母さんを倒して説得しなければ、俺は……!
体から痺れが抜けてくる。俺は立ちあがりレイピアを取った。この剣を一撃でも母さんに入れることができれば俺の勝ちだ。でも、母さんの雷纏いの前にして、そんなことができるのかと疑問に思ってしまう。
「でも、やるしかない」
考えていたところで仕方ない。今はとにかく体を動かそう。俺はいつものように剣の練習を始める。母さんから見切った剣技もだいぶ形になってきた。母さんの雷纏いを攻略できるかどうかはわからない。でも、この剣を信じて鍛錬するしかない。
「はぁ! やあぁ!」
◇
翌日、俺は息を整えてから母さんの眼前に立つ。俺は今日、この日をラストチャンスだと思って母さんとの対決に臨む。
「ヴォイド。良い顔つきになったね」
「ああ。もう覚悟を決めた。今日、母さんに勝てなければ……俺は賞金稼ぎになるのを諦める」
「そうか。それも1つの選択だね。お前は能力に縛られない生き方ができる。なにも無理して戦いの道に行くこともない」
母さんがパァっと笑う。そんなに俺を賞金稼ぎにしたくないのか。でも、俺だってこの1週間で覚悟を決めてきた。ここで母さんに勝てなければ、その覚悟も、想いも全てが中途半端だってことだ。
俺は剣を取り構える。そして、母さんに向かって一歩踏み込んだ。
「でりゃあ!」
レイピアで母さんを突こうとする。母さんもレイピアで攻撃を受け流す。
「良い剣筋。でも、それじゃあ私を倒すには足りない!」
俺はすぐに母さんと距離を取った。雷纏いがある以上は近づくのは危ない。お互いの剣を交えただけで俺の敗北が決定してしまう。そんな危険な能力を持っている相手に長い間近づけるわけがない。
「なるほど。近づかなければ私の雷纏いの餌食にならないってわけかい? でも、ヴォイド。あなたも近づかなければ私に有効打を与えることはできないの」
「わかっている!」
母さんの能力の綻び。俺はずっとそれを考えていた。あの能力はとても厄介だ。だったら……どうして母さんは今まであの能力を使わなかった? 俺が攻撃した時に母さんは剣で受けながした。その時に雷纏いを使っていたらもう勝負はついていた。
俺の予想が正しければ、使わなかったんじゃなくて使えなかった。その使えなかった理由。それは、あの能力には相応のリスクがあるってことだ。
「母さん。どうして今、雷纏いを使わないの?」
母さんの顔が曇る。明らかに目が泳いでいて動揺が隠せていない。
「なんのこと?」
「能力を無制限に使えるんだったら、試合開始時に雷纏いを使えばいいだけの話。それに、今は俺と母さんの間には距離がある。俺が攻撃を当てるにはワンテンポ必要だ。雷纏いを使う隙は十分にあるはず」
「全く……嫌なところを突いてくるね」
昨日、母さんは雷纏いを使った後にすぐに試合を切り上げた。だとすると……雷纏いの弱点は……
「食らえ!」
俺は大きく1歩を踏み込む。そして、刺突を繰り出そうとする。母さんの表情がぎょっと固まる。
「くっ……!」
母さんのレイピアがバチっと光る。その瞬間、俺は1歩後ろに引いた。
「なっ……!」
母さんのレイピアがバチバチと鳴り、雷を纏う。誰の目から見ても、今の母さんに近づくべきではないことはわかる。
「それが母さんの雷纏い……!」
「くっ……!」
母さんは慌てて俺に近づこうとする。だが、俺は母さんが1歩近づけば、1歩引く。一定の距離を保ちながら、母さんから逃げ続ける。
「ちょ、ちょっと! 逃げるんじゃないよ!」
母さんは必死に俺を追っている。やっぱり、思った通りだ。母さんは雷纏いを使った以上は短期決戦で勝負を決めなければならない。
母さんのレイピアのバチバチという音が強まっていく。纏っている雷も大きく見えている。いや、大きく見えているだけだ。さっきまで凝縮されていたエネルギーが拡散しようとしている。
「うっ……あぁあ!」
バチィンと大きくはじける音と共に母さんのレイピアを纏っていた雷がはじけ飛んだ。エネルギーは空気中に分散してレイピアに纏っていた雷は完全に消滅した。
「今だ!」
俺は大きく1歩を踏み込む。そして、母さんの防具に向かって突き攻撃を繰り出した。
キン! 母さんの防具に俺のレイピアが当たる。
「いった……!」
俺の攻撃の衝撃が防具越しに母さんに伝わる。1本入った!
「はぁはぁ……やった! 俺の勝ちだ!」
「やられた……完全に使うタイミングをミスったね」
雷纏い。それは強力であるが、母さんの魔力に相当負担をかけている。雷を纏うのにも相当の魔力量がいるし、纏った雷を分散させないように維持するのにも魔力を使うはずだ。
要は魔力量の消耗が大きくて、常時使える技じゃない。言うことは、魔力量が尽きたら母さんはただの人間になるということだ。
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