第10話 強いけどそこまで強いわけではない血統

 早朝。爽やかな風と朝の陽ざしが気持ちが良い時間帯。小鳥のさえずりに癒されるような至福の時間であるはずだった。


 俺は自宅の庭にて、細剣レイピアを持っている母さんと対峙していた。どうしてこうなった。お互いに防具を付けていて武器ありの状態。防具があるから死ぬようなことはないだろうけど……母親と戦うの? この歳になって?


「あ、あの……母さん。俺、一応盗賊と戦って倒したくらいには強いんだけど」


「そんなこと知ったことじゃないね。ヴォイド……母さんを殺す気で来なさい。……殺せないから」


 母さんはレイピアを構えた。俺はこの手の剣を使ったことがないので、見様見真似で母さんの構えを真似する。


「そんな甘い構えで私に勝てると思うの? 行くよ!」


 母さんの姿が消えた!? そう思った瞬間、俺の目の前に母さんが現れた。そして、ピタっと俺の胸部になにかが当たるのに気づいた。レイピアの剣先が俺の心臓の位置についている。これは……!


「私があなたを殺す気だったら……ヴォイドはもうこの世にいないでしょうね」


 俺はぞくっとした。母さんがこんなに強いだなんて知らなかった。


「母さん……! 母さんは一体……! まさか、父さんも強いのか!?」


「いや、父さんは一般的な農夫よ」


「なんだ。農夫か」


 少し期待していただけに、なんかガッカリしてしまった。


「ということは母さんが強いだけか。もしかして、母さんって伝説の剣士とかだったりする?」


 もしかすると、俺の血統は優れているのかもしれない。そんな淡い期待は……


「いえ。一般的な衛兵よ」


「なーんだ」


 すぐに崩れることになった。


「ヴォイド。あなたの実力は20年弱前くらいに引退した元衛兵よりも弱い。それが現実。そんなことで、凶悪な賞金首に勝てると思うの?」


「そ、それは……!」


 確かに俺は世界と言うものを甘く見ていたのかもしれない。たった1回。ラッキーで勝ったからと言って、俺は強いんだと驕っていたところはある。


「確かに今の俺では力不足かもしれない。でも、ライラさんがここに迎えに来るまで1週間ある。だから、俺はそれまでに……母さんを倒す!」


「ふーん。なるほど。良い度胸ね。それじゃあ、母さん相手に1本でも取ってみなさい」


 母さんは余裕の笑みを浮かべる。負けてたまるか……! 俺は闘志を燃やして母さんに突撃をする。ビュンと風切り音をさせながら俺はレイピアで母さんを突こうとする。しかし、母さんはそれをかわす。


「そんな単調な剣では私に通用しないよ」


「く、くそ!」


 俺は何度も何度も母さんに立ち向かった。しかし、結果は同じ。俺の攻撃は1回も母さんに通ることはなかった。


「はぁはぁ……」


 気づけば太陽が真上に上っている。もう昼だ。腹も減ってきて俺の動きが鈍くなってきた。


「ヴォイド。今日はもう終わりにしましょう。また明日相手をしてあげる」


 そう言い、母さんは自宅へと戻った。俺は剣を地面に置いてその場に倒れ込んだ。


「はぁはぁ……なんで母さんは息切れ1つ起こしてないんだよ。四捨五入すれば40歳になるような年齢なのに体力ありすぎだろ」


 俺はまだ15歳と若いのに、中年女性に体力で負けている点に悔しさを感じてしまう。まずは体力を付けないことにはどうしようもない。


「は、走り込みだ!」


 もうすぐ昼時だと言うのに俺は走り込んで体力をつけることにした。母さんとの戦いの後で疲れているとか関係ない。このままじゃ俺の気が収まらない。


「ぜーはーぜーはー……」


 俺が息を切らしながら走っていると、目の前にメルティとロッキーが現れた。


「あら。ヴォイド。トレーニング?」


「あ、ああ。ちょっと鍛えたくてな」


「すごい! ヴォイド兄ちゃん。盗賊団を倒したくらいに強いのにまだ鍛えるんだ」


 ロッキーが純粋で輝かしい目で俺を見てくる。


「ま、まあな。強さに限りはないからな。俺はどこまでも強くなってみせるぜ」


 まさか実母に勝てないからトレーニングをしているなんて言えない。こんな純粋な目をした少年に、実は俺はそんなに強くなかったなんて言えるか。


「ヴォイドはもう将来をどうするか決めたの?」


「ん? ああ。そうだな。とりあえず……決まったと言えば決まったかな」


「そうなんだ。ねえ、どんな職業に就くつもりなの? 教えて?」


 メルティが上目遣いで訊いてくる。なんなんだこの女は。


「無能力者のヴォイドがどんな人生を歩むのか、私ちょっと興味があるんだ」


「うんうん。ヴォイド兄ちゃんなら何者にもなれるからね」


 何者にもなれる。そう言うけれど、俺は賞金稼ぎの道を閉ざされかけてるんだよな。


「ま、まあ。それは俺がその職に就いてからの楽しみというか。あはは」


 ここは上手くごまかしておこう。今の内に賞金稼ぎになるとか言って、母さんに勝てなかったら恥ずかしいってレベルじゃない。


「えー。いいじゃん。教えてよー」


 メルティがしつこく絡んでくる。


「ダメなものはダメなの!」


 俺はダッシュでその場を去った。


「あ、待ってよヴォイド!」


 メルティが俺を呼び止める声が聞こえるけれど、無視だ。無視。



 走り込みから帰ってきた俺は母さんが作ってくれた昼食を食べて、レイピアの素振りを始めた。


「せいっ! やあっ! はあっ!」


 掛け声をかけながら、俺は母さんの剣を見よう見まねで練習している。こんなところで挫けてたまるか。俺を動かすのはその気持ちだった。


 みんなはなぜか俺に期待してくれている。能力に縛られた生き方をする能力者じゃない。無能力者は何者にだってなれる。そう思ってくれているのに。


 その俺が自分がなりたいものになれずに終わるなんて……これほどダサいことがあってたまるか。


 ライラさんが迎えにくるまでに母さんを倒して説得する。それができなかったら……俺は何者にもなれる無能力者じゃなくて、何にもなれないただの“無能”で終わってしまう。


「ふぅ……少し休憩」


 流れる汗の量だけ強くなれた……気がする。けれど、それではまだ足りない。今まで戦いの訓練などしてこなかった俺だから、元衛兵の母さんには遠く及ばないかもしれない。


 でも、1歩でもその差を埋めなくちゃいけない。その1歩で母さんを倒せるかもしれない。


「よし! 休憩終わりっ!」


 俺は再び剣を握り、訓練を開始した。日が暮れるまで訓練をし続けた。



 翌朝、俺は再び母さんと対峙している。俺は昨日の疲れが少し残っているが、それでも朝の時間は母さんと戦える貴重な機会だ。ここで母さんの動きをよく見ておかないと。


「ヴォイド。また私に勝負を挑むのね。あなたが早々に諦めるように、私も少し本気を出すね」


 そう言うと母さんは剣を構えて距離を詰めてきた。速い……のか? 昨日よりゆっくりに感じる。目で追いきれる!


 キン! と金属音が響く。母さんの剣を俺の剣が受け止めたのだ。


「なっ……! 昨日より速く動いたはず! なのに、どうして対応できる……!」


 俺は母さんの剣を払い、剣を構えた。その構えを見て母さんはフフっと笑った。


「たった1日でそこまで強くなるなんてね。私の想像以上ね。想定よりも、もっと本気を出さないといけないね……これは!」


 母さんの動きが速くなる。今度はギリギリ、目で追えるかどうかの速さ。でも……俺の体が追い付かない!


 ピタ。また俺の胸部に母さんの剣がピタっと当たる。まただ。実戦だと俺は殺されていた。一瞬、勝てるかもと希望はあったが、それでも母さんに届かなかった。


「ヴォイド。言っておくけど、母さんはまだ完全に本気を出したわけじゃない。それでもまだ続ける?」


「無意味な質問だな。母さんは、すぐに諦めるように息子を教育してくれたのか?」


「やれやれ。まさか、私の教育が牙を剥くことになるなんてね」


 俺と母さんは再び剣を交えた。

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