第9話 目標
盗賊団との戦いから数日が経過した。俺は相変わらず、いつもの生活をしている。やりたいことを探すために適当に村の人たちの仕事を手伝ったりしてお金をもらっている。
そんな生活をしているとある日、俺の家に1人の女性が尋ねてきた。それはライラさんだった。
「ライラさん!? 一体どうしたんですか?」
「やあ。ヴォイド君。先日はどうも。お陰様で盗賊団を壊滅させることができた」
「は、はあ……それはどうも」
あの一件は今でも思い出すだけでゾっとする。それまでロクに戦った経験がない俺が、盗賊団相手になんてことをしたんだろうと。あの時はロッキーを助けることに夢中で自分の危険とかを考えている余裕はなかった。
「盗賊団の中には懸賞金がかかっているやつがいた。そいつらを捕まえたことで懸賞金が出たんだ。それがこれだ」
ライラさんは紙幣の束を俺に見せてきた。すごい。こんな大金見たことがない。
「ほら、これがきみの取り分だ」
ライラさんは俺の手に紙幣の束を押し付けようとする。俺は慌てて断ろうとした。
「え。ちょ、ちょっと待ってください。俺はその……別に賞金稼ぎってわけでは……」
「何を言っているんだ。きみがいなければ、アンディには勝てなかった。2人で捕まえた相手だ。なら賞金は山分けで妥当ではないか?」
ライラさんは意地でも俺に賞金を渡そうとしてくる。確かに言わんとしていることはわかる。でも、こんな大金を受け取れるかと言うと……
「わかりました。受け取ります」
金の魔力には逆らえなかった。1年間、村の手伝いをしたところでこんな大金を稼げるものではない。そんな金を渡されて断れるわけがない。
「それじゃあ、ヴォイド君。一時的とは言え、きみと組んで良かった。また縁があったら会おう。それじゃあ」
ライラさんが去ろうとする。
「待ってください」
俺は思わず声が出てしまった。特に用があったわけでもないのに呼び止めてしまった。ライラさんがきょとんとこちらを見ている。
なぜ俺はライラさんを呼び止めてしまったんだろう。その理由は自分でもわからない。
「どうした? ヴォイド君」
「あ、えっと……その……俺も賞金稼ぎになりたいです!」
口から出た言葉がそれだった。一度口に出した途端、パズルの最後のピースがカチっとはまったみたいな感じがした。そうだ。俺の気持ちはこれだ。
「きみが賞金稼ぎに……?」
「はい。あの時……あの洞窟で、怯えている子供たちを見た時に思ったんです。世界のどこかには、この子たちだけじゃない。犯罪者の恐怖に怯えている子供がたくさんいるんだと」
「なるほど。確かに私たち賞金稼ぎは間接的にはそういう子たちを助けているだろう。しかし、それなら賞金稼ぎでなくても良いのではないか? どこかの自警団に入れてもらえばいい」
確かに賞金稼ぎではある必要はない。それは間違いない……間違いないが……
「俺はライラさんの弟子になりたいんです!」
俺の口から出た言葉はそれだった。昨日まで、いや、つい数秒前までもそんなこと考えたことがなかった。でも、自然とその言葉が出たのだ。
「私の弟子か……ぷ。くく。あはは」
ライラさんは急に笑いだした。
「悪い悪い。そんな酔狂なことを言うような子がいるとは思わなかった。なるほど。私に弟子か。あはは。まあ、そういうことなら別に構わない。私もそろそろ相棒的な立ち位置の仲間が欲しいと思っていたところだ」
「本当ですか」
「ああ。だが、すぐに仲間になるというわけにもいかない。きみにだって家族はいるんだろう? 親御さんにきちんと説明してからでないとな」
「あ、そうか」
賞金稼ぎなんて危険な稼業。流石に親に説明しないとまずいよな。
「1週間後、またこの家に来よう。それまでにきちんと親御さんに話を通しておくんだな」
「はい」
ライラさんは微笑みながら去っていった。さて、両親はどんな反応をするんだろうな……
◇
「ダメよ」
俺の母親が開口一番にそう言った。賞金稼ぎになると言っただけでこれである。
「ま、待ってくれ。母さん。もう少し俺の話を聞いて……」
「どうしてあなたが賞金稼ぎにならないといけないの? あなたは自分の人生を自分で決めることができるのよ。もっと安全で安定している道だってあるんじゃないの」
「で、でも母さん。自由に自分の道を決めることができるからこそ、俺がどんな道に進もうとも応援してくれたって良いだろ」
「あなたが戦闘に関する能力を持っていて、それしか道がないって言うんだったら仕方ない。私だって見送るよ! でも、そうじゃないのにどうして……」
母さんは目に涙を浮かべている。困ったな。
「母さん……! 俺は自分で自分の道を決めたいんだ。もし、母さんが俺の道を制限しようって言うんだったら、能力に縛られている他の人間と何が違うって言うんだ」
「っ……!」
母さんは走ってリビングから出て行ってしまった。取り残された俺と父さん。なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
「あーあ。泣かせたー」
「父さん。こんな時にガキみたいなことを言うのはやめてくれ」
「ああ、すまなかったな。ヴォイド。父さんとしては、お前の夢を応援したい気持ちはある。だが、母さんの気持ちも少しは考えてやれ。お前も親になればわかるが……子供が危険な目に遭うというのは想像以上に辛いぞ」
「辛いのに父さんは俺のことを応援してくれるの?」
「ああ。子供の夢を潰すのはもっと辛いことだ。お前が賞金稼ぎになりたいというんだったら、父さんは止める気はない。ただ、やるんだったら真剣にやれよ。中途半端な浮ついた気持ちで危険な道に進むんだったら父さんも許さないからな」
うっ……今日初めて思い立ったなんて口が裂けても言えないな。
「ヴォイド。母さんには父さんの方から説得しておく。だから、お前は今日のところは寝ろ。お互い頭が冷えてから話した方が良いだろう」
「あ、ああ。わかったよ」
俺は父さんの言う通り、自室に戻ってベッドの上に寝転んだ。反対されることは予想していたけれど、まさか母さんに泣かれるなんて思わなかったな。
正直、賞金稼ぎになるという目標に心が揺らがなかったわけではない。でも、ここで賞金稼ぎになるのをやめるようでは、俺の決意そのものが弱かったことになる。俺はそんな弱い気持ちで夢を語っていたのだろうか。
ロッキーを目の前で誘拐されて、責任を感じて……そして、盗賊団のアジトで捕まった子供たちを見て俺が胸を痛めたのは事実だ。賞金首が1人でも減ればそういう思いをする子供たちがいなくなるはず。
でも、ライラさんが言っていた通り、それだったら別に自警団に入るのも手である。俺が賞金稼ぎにどうしてもなりたい理由。それはなんなんだろう……
そんなことを考えていると段々と眠気がつよくなる。気づいたら俺は眠りの世界に入っていった。
◇
「おはよう母さん」
翌朝、目が腫れた母さんとすれ違った。いつものように挨拶をすると母さんはため息をつく。
「そんなに賞金稼ぎになりたいの?」
「あ、うん。まあ、そうだね」
「そんな曖昧な返事をしない!」
母さんに急にビシっと言われて俺の背筋が伸びる。
「そうだね。ヴォイド。お前は何者にも縛られずに自分の運命を切り開くことができる。だって、お前は無能力者。なんだってなれるんだから……私なんかが止められるわけがない」
母さんが少し寂しそうな表情をする。
「どうしてもなりたいと言うのなら私も止めはしない。だけど……私に勝ってからにしな」
「へ?」
全くの予想外の反応に俺は困惑してしまう。母さんと戦うの? 俺が?
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