第8話 影
「くくく……!」
アンディが下卑た笑いを俺に向けてくる。最悪だ。せめて何かしらの能力や魔力があれば戦う力があったかもしれないのに。
「お前の行動が読めない理由はまだわからんが……行動が読めなかったところで無能力者に僕が負けるはずがない!」
アンディがナイフを取り出す。相手は戦う気満々だ。
「ヴォイド君! きみは逃げろ!」
ライラさんがフラフラの体で俺の前に出た。そして、手のひらから風の塊を出して、敵2人にぶつけようとする。
「あらよっと」
アンディは攻撃を避ける。一方で銀髪の女は攻撃を避け切れずに風に吹き飛ばされて後方の岩壁にゴンとぶつかる。
「んぎゃ!」
「まただ。アンディ! お前はどうして未来がわかっているようなことを言っていたのに、そこの彼女を助けなかった」
「んー。僕以外の人間が助かる理由。必要か?」
アンディは頭をかきながらそう言い放つ。
「なっ……! 仲間じゃないのか!」
「お前はどう思うかは知らんが、俺の中では金で繋がっている関係は仲間とは言わない。むしろ、適当なところで死んでくれた方が報酬を払わなくて済むからな。かっかっか」
アンディは高笑いをする。自分の発言を一切の悪だと思ってないような態度だ。
「なんてやつだ」
ライラさんが構える。だが、その体はどこか震えていて立っているのも辛そうだ。先ほどの戦いのダメージがまだ残っている。
「ヴォイド君。早く逃げるんだ」
「で、でも……ライラさんを置いて逃げるわけにはいかない」
「逃がすわけねえだろ! 影縫い!」
アンディがナイフを投げる。そのナイフは地面へと突き刺さった。こいつ一体何がしたいんだ?
「うっ……体が動かない」
ライラさんの体がぴくりとも動かない。一体何が起きている?
「当たり前だ。僕のナイフでお前の影をそこに縛り付けた。そのナイフを抜かない限り、お前は動けない」
アンディがわざわざ自分の能力を解説した。ライラさんは体が動かない以上は俺が彼女を助けられる唯一の“手段”ということ。だが、この場でナイフを抜きに行くことはできない。能力の解説をしたということは……俺にこのナイフを抜けと言っているのと同じだ。
「どうした? 抜かないのか? 無能力者のボーヤ」
アンディは勝ち誇ったかのように言ってくる。絶対罠だ。ライラさんの影を縛り付けているナイフを抜きに言ったら何をされるかわからない。
「ナイフを抜く必要はない」
俺が1つの答えを出した。アンディがニヤっと笑う。
「ほう。それは予想外の行動だ。お前は薄情なやつではないとは思っていたがな。そりゃそうだ。お前の行動は正しい。僕が何か罠を仕掛けていると警戒しているんだろ? だから、女を見捨てる。うんうん。実にかしこい選択だ」
アンディが煽るように言ってくる。だが、そんなことはどうでも良い。
「ナイフを抜く必要はない。なぜならば……お前をぶちのめして能力を解除させるからだ!」
俺はアンディに殴りかかる。あいつは今ナイフを持っていない。と言うことは、
ガッ! と音が鳴る。アンディの腕が俺の拳をガードした。
「なんだ。その拳は……まるで戦いの素人。未来を読まずとも、その拳の動きは読めるくらいだ!」
俺の腹部に痛みが走る。アンディが俺の腹部にカウンターを決めたと理解したのはその数秒後だった。一瞬、息が止まるくらい重く苦しい一撃だった。
「がはっ……」
俺は口からなにかしらの体液を吐きそうになるくらいの痛みを受けた。
「おいおい。忘れたのか? 僕は盗賊団のボスだ。弱いやつが盗賊なんてできると思うか? 僕は一般人にすぎないお前より格上なんだよ!」
体制を崩しそうな俺にアンディはローキックをかましてくる。俺の左
「やめろ! アンディ! 私のことは好きにしても良い。でも、その子にこれ以上手を出すな」
「ライラ。きみは実にバカだな。交渉はなにかを差し出せる人間がするものだ。影縫いによって僕の完全な支配下にあるお前に何が差し出せるというんだ? もちろん。お前は売り飛ばす。この動きが読めねえガキは脅威だから始末する。僕にはその2つを叶えるだけの力と条件が揃っている。交渉のテーブルに立つことができないなら口をはさむな」
「くそっ……」
ダメだ……俺1人の力じゃアンディにとてもじゃないけど勝てない。ぶちのめすなんて啖呵を切ってこのザマか。いや、違う。考えろ。この状況を打破する方法は何かあるはずだ。思考を止めるな。俺は確かに能力もなければ戦闘経験も乏しい。だからこそ、最後に残されたものは……知恵。それに全てを賭ける。
「くっ……くっそおおおお!」
俺は叫んで気合を入れてなんとか足に力を入れて走り出した。
「はは。逃げ場のないところに逃げたか?」
アンディは恐らく未来を読むことができる。だが、俺の未来だけは読めないようだ。だから、俺がこれから何をしようとしているのかもわからないはず。
アンディは先ほどは俺を恐れていたが、今度は逆に舐めている。ということは、それほど行動を警戒されないはず。実際、アンディも俺の行動を笑い飛ばしている。
俺は壁にかけられている松明を手に取った。その瞬間、アンディは少し焦った表情をみせた。
「なっ……! お前、その松明を武器にしようってつもりじゃないだろうな」
「なんだ? 火が怖いのか? それとも盗賊団のボス様は相手が武器を持つだけで怯むような臆病者にも務まるのか?」
「く、くそ! 舐めやがって!」
よし。良いぞ。アイツの意識は俺と松明に集中している。俺の狙いにはまだ気づかれていないはずだ。
「食らえ!」
俺は手にした松明を投げた。その松明はくるくると回転して……アンディとは全く別方向に飛んで行った。
「……く、くく! あはは! とんでもない暴投だな! その火で僕を燃やして勝つつもりだったんだろうけど、アテが外れたな!」
「くっ……う、うわあ! ライラさん! 助けて!」
俺は腰を抜かしてライラさんに助けを求める。
「ははは。勝てないと踏んで動けない女に助けを求めるなんて情けない野郎だな!」
アンディが勝利を確信した笑みを浮かべる。だが、次の瞬間、やつは思い切り後方に吹っ飛び、壁に激突する。
「ぐはぁ……」
アンディの鳩尾がべこっとへこんでいる。何か空気の塊の弾丸めいたものが飛んで命中したのだ。
「ありがとう。ヴォイド君。きみのお陰で動けるようになった」
「なっ……ライラ! お前、どうして動け……!!!!」
アンディは何かに気づいたような顔をする。ライラさんの影を縛り付けていたナイフ。その付近に松明があり、バチバチと炎を燃やしている。
「お、お前……! 影を消しやがったな!」
「今頃、気づいたのか? バーカ」
俺はアンディに向かって舌を出した。俺の狙いはライラさんの影を移動させることだった。ここは洞窟の内部。光源は松明だけ。太陽が差し込んでいるわけでもない。なら、松明の位置が変わればライラさんの影の位置も動くのだ。
俺は松明の炎で攻撃すると見せかけて、狙っていたのはライラさんの影を消すこと。影さえ消えればライラさんは動ける。そう踏んでいたのだ。
「さあ、反撃開始だ! ヴォイド君」
「はい! ライラさん!」
俺とライラさんが顔を見合わせる。そうするとアンディが両手を上げた。
「ま、待て。降参だ! 降参! もう、負ける未来しか見えねえ!」
アンディは勝負を諦めた。その後は素直なもんで、アンディは大人しくライラさんに捕まった。気絶している金髪の女と銀髪の女は俺が洞窟から運び出して、近くの村の自警団にこの盗賊たちを差し出すことで事件は解決した。
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