第7話 ハッタリ

 俺は再び盗賊団のアジトがある洞窟の前まで来ていた。周囲を警戒しながら、俺は洞窟の中に足を踏み入れていく。さっき、手に入れた松明に火を灯し洞窟の先を進んでいく。


 そして、俺はライラさんとアンディが戦っていたところまで戻ってきた。そこで俺が目にした光景は――


 はりつけにされたライラさんだった。


「ライラさん!」


 俺は思わず声をあげてしまった。ライラさんの近くにいたのは、アンディとその部下の金髪の女と銀髪の女。この状況は明らかにライラさんが劣勢……と言うよりも、危機的状況だ。


 俺の声に気づいたアンディが口をぽかーんと開けて俺を見ている。


「お前……一体何者だ?」


「……?」


 なぜこの状況でそんな質問が飛んでくるんだ?


「まあ、良い。お前が何者であろうと関係ない。ここで始末すれば俺の今後の人生は一生安泰なんだからな! お前たち! やってしまえ!」


「はい! アンディ様!」


 2人の女が俺に迫ってくる。やるしかない、俺は近くに置いてあった石を掴んだ。そして、それを思い切り投げる。方向は銀髪の女の方だ。


 銀髪の女は俺が投げた石を華麗な身のこなしで避けた。なんて素早くしなやかな動き。恐らく金髪の女も同程度の実力があるかもしれない。こんなやつ2人を相手にするのか……?


「あがっ……!」


 ゴンと鈍い音がする。女たちの背後にいたアンディの後頭部に石が命中した。アンディは頭を押さえて身悶えしている。


「ア、アンディ様!」


 銀髪の女がアンディの元に駆け寄る。だが、金髪の女は変わらず俺の所にやってくる。


「ふふふ。坊や。私と遊んでくれるかな? ショット!」


 金髪の女の指先が妖しく光る。そして、そこから矢のような形をしたエネルギーがシュっと飛んでくる。


「うっ……」

 

 俺はその矢を避ける。大丈夫。相手は矢を飛ばす魔法を使ってくるけれど、この魔法は見切れないほどではない。この女1人だけなら、もしかしたら勝てるかもしれない。


 銀髪の女の方はどうなっている?


「く、くそ……いてて」


「大丈夫ですか。アンディ様」


「ああ。俺、あのクソガキ嫌い。なにしてくるか全く読めない。お前は俺の傍にいて、俺を守れ。なにを飛ばされるかわかったもんじゃない」


「は、はい」


 どうやら銀髪の女は一時的に戦線離脱をしたようだ。だとすると、この金髪の女と一対一で戦えるチャンス。無能力者の俺にどこまでできるかわからないけれど、やるしかない!


 俺は女と距離を詰めようとする。俺は石を投げるくらいしか遠距離攻撃の手段がないのに、相手はいくらでも矢を発射することができる。そうなると距離があると不利になるのは俺の方だ。


 女は俺が近づいてくるのを察すると後ろに下がり距離を取った。相手も相手で適正距離を測っているんだ。矢を当てられて、なおかつ接近戦に持ち込まれない距離を。


 だが、これはある意味でありがたい情報だ。俺と距離を取るということは、この女は接近戦に弱いと自白しているようなものである。どうにか距離を詰めて攻撃を叩き込めば俺にも勝機はある。


「ショット!」


 女が矢を放つ。俺は近くの岩陰に隠れて、女の攻撃をやり過ごした。


「くっ……邪魔」


 女の矢は岩を貫通するほどの威力はないようで、岩陰に隠れている俺に有効打を与えることができない。女は立ち位置を移動して角度的に俺に矢を当てられる位置に移動しようとする。


「ショット!」


 だが、俺もいつまでも止まっているわけではない。撃ち込まれることを予想してダッシュでその場を逃げた。


「くそ! どうして動くんだよ! 当たらないでしょ!」


 金髪の女が露骨にイライラしている。こいつ、あまり冷静さとかそういうものはないな。性格的にスナイパーに向いていないというか。エイムも雑である。それにも関わらず射出系の能力を持っている……まあ、能力も自分で選べるわけではないからな。


「ショット! ショット! ショット! ショット!」


 金髪の女が矢を乱発し始めた。下手でも数打てば当たる作戦というわけか。確かに有効な戦術の1つではあるが……それは球数が限られていない場合に限る。


「ショット! ショット!」


 シュッシュと何度も何度も矢が放たれる。俺はそれを動き回って回避している。この女のエイムなら動いている標的に当たることはないだろう。なら、俺は体力が尽きるまで走るだけ。


「ショット!」


 ポフっと女の指先から変な音が出る。しかし、矢は出ない。


「あっ……」


「どうやら弾切れのようだな」


 人は無制限に能力が使えるわけではない。その人には魔力量があり、その魔力量が尽きれば能力を使うことができなくなってしまう。エイム力もなければ、魔力量の計算もできない。完全に能力に使われているタイプだな。もう少し冷静で賢い性格なら俺は負けていたかもしれない。


「あ、や、やめ……」


 女が後ずさる。しかし、ここまで来たらあの女も無能力者同然。


「食らえ!」


 俺は女に拳を叩き込んだ。女は吹っ飛んで壁にぶつかり、ぴくぴくと痙攣して立ち上がれなくなった。さっきのライラさんから受けたダメージもそれなりに効いているのかもしれない。


「バ、バカな。アイツがやられただと……! しかも、あのクソガキは能力すら使っていない。ただ拳で倒しただけに過ぎない。なんなんだ! あのガキは!」


 アンディは露骨に慌てている。理由はわからないけれど、アンディは俺に対して得体のしれない恐怖を抱いているのかもしれない。もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。


「見たか。俺は能力を使わずにこの女を倒した。俺はまだ能力を温存している。その意味がわかるか? 能力を使えばお前らを倒すことは赤子の手をひねるより簡単なことなんだ」


「くっ……」


 アンディの額に汗が浮かんでいる。ハッタリがかなり効いているようだ。


「だが、俺も無益な争いはしたくない。そこにいるライラさんを解放するんだったら、お前らを見逃してやっても良い。どうだ? 悪い話ではないだろう?」


 この話に乗ってくれ。頼む。正直、無能力者の俺が2人相手に勝てる保証なんてどこにもない。金髪の女も運よく倒せただけだ。ここはどうにかして戦わずして勝ちたい。


「く、くそ! 覚えていろ!」


 アンディはそう吐き捨てると出口に向かって走り出した。


「あ、ま、待ってください! アンディ様!」


 銀髪の女が倒れている金髪の女を抱えてアンディの後を追った。俺はやつらが視界の外に行ったのを確認すると磔にされているライラさんの元に向かった。


「ライラさん! 待っててください。今助けます」


 俺はライラさんを縛っている縄を解いていく。十字型に括られたライラさんの救出に成功した。ライラさんはその場に膝をつき息苦しそうにしている。


「ハァハァ……ありがとう。ヴォイド君。はは。かっこわるいところを見せてしまったね」


「そんなことは……ライラさんが時間を稼いでくれたおかげでみんなを逃がすことができました。ありがとうございます」


「そうか。子供たちは無事か」


「はい。近くの街の自警団に預けました。今頃は自警団の人にそれぞれの家に帰してもらっているところだと思います」


「良かった……」


 ライラさんは安心した様子で微笑んだ。


「さあ、ライラさん。早くここから出ましょう。立てますか?」


「……すまない。自力で立てそうもない。肩を貸してくれると助かる」


「あ、はい。大丈夫ですよ」


 俺はライラさんに肩を貸した。彼女の体を支えて出口へと向かう。


「それにしても……あそこでハッタリを使うとは良い判断だった。能力を使わずに敵を倒したのも良かった。能力を使えばもっと強いと思わせられるんだからな」


「は、はは。そうですね。俺が無能力者だってバレてたらと思うとぞっとします。それにしてもすみません。敵を逃がしてしまって」


 ライラさんの職業は賞金稼ぎ。賞金首を捕まえることで利益を得ている。彼女にとってはやつらは倒したかった相手のはず。


「気にするな。子供たちが無事なのが一番なのだから」


 俺とライラさんがそんな会話をしていると、ざっと足音が聞こえた。俺たちの目の間に2人の人物が現れた。


「なるほど。話は聞かせてもらった。くくく。なるほど。お前の正体は無能力者だったのか」


「ア、アンディ……!」


 しまった。こいつ、逃げてなかった。どこかに身を潜めていて俺たちの様子をうかがっていたんだ。

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