第6話 救出

「よし! やってやったぞ!」


 俺は歓喜の雄たけびをあげた。不意打ちとは言え、ライラさんを追い詰めていた盗賊団のボスらしきやつを倒した。見たか。無能力者でもここまでのことができるんだ!


「んっ……いてて」


 下から声が聞こえる。頭を抑えながらゆっくりとアンディが起き上がってくる。まずい。一撃で仕留められなかったか。


「食らえ!」


 ライラさんが指先からなにかを飛ばした。空気の塊のようななにか。それがアンディに命中する。


「ぐふっ……」


 起き上がろうとしていたアンディはダメージを受ける。基礎的な戦闘力はライラさんの方が勝っているのか? 攻撃さえ当たれば何の問題もなくライラさんが勝てそうだ。


「ヴォイド君! このアジトのどこかに誘拐された子供たちがいるはずだ。きみは彼らを助けて欲しい。こいつは私1人で十分だ」


「は、はい! わかりました」


 ライラさんは強い。大丈夫だ。アンディは俺に後頭部の一撃。更にライラさんの魔法によるダメージを受けている。ここからライサさんが負けるはずがない。


 俺はダッシュでその場を離れた。すぐに子供たちを助けないといけない。きっとみんな、誘拐されて不安な気持ちでいっぱいだ。1秒でも早く安心させてあげたい。


「やってくれたな。ライラ……! 決めた。貴様は殺してやる。知っているか? 死体も物好きには売れるんだ。少々、値は落ちるがな!」


「その売られる死体がお前にならなければいいがな」


「ほざけ!」


 アンディとライラさんの激しい戦闘の音が背後から聞こえてくる。振り返っている暇はない。すぐにアジトの中を探し回らないと。俺は近くにあった松明を1本拝借してこの場を後にした。



 戦闘の音も次第に遠くなっていき、聞こえなくなってきた頃。進行方向から子供がすすり泣く声が聞こえる。


「こっちか!」


 俺は足元に注意しながら洞窟を進む。目の前にぼんやりと鉄製の檻が見える。更に近づくとそこには、多くの少年少女が閉じ込められていて、その中の1人にロッキーの姿があった。


「ロッキー!」


「あ! ヴォイド兄ちゃん!」


 ロッキーが檻の傍に近づく。他の子どもは俺を警戒しているのか、まだ恐怖で顔を引きつらせている。


「大丈夫だよ。みんな。この人は味方だ」


 ロッキーの言葉に子供たちの恐怖が薄れたのか、どこか表情が柔らかくなる。


「さあ、早くここから出よう」


 俺は檻を開けようとする。檻はかんぬきで施錠するタイプで、外側から開けるのにカギを必要としていなかった。俺は檻を開錠して扉を開ける。ギイィイと重苦しい金属音と共に子供たちの顔がどんどん明るくなる。


「みんな。1人1人順番に檻から出るんだ。落ち着いて出るんだ。くれぐれも単独行動はするなよ。俺の傍から離れるな」


「うん!」


 俺は最後の一人を折から出して、子供たちが全員いることを確認する。


「みんないるか? 誰か欠けているとかないか?」


「うん。大丈夫。閉じ込められた子は全員いるよ」


 ロッキーが答える。俺は子供たちを見回して、その中でひと際、体躯が大きい少年に目をやる。


「そこのきみ。俺が先頭を歩く。きみは殿しんがりを務めて欲しい」


「うん。わかったよ」


「ああ。背後を警戒してなにかあったらすぐに叫んで俺に知らせてくれ」


 少年は素直に言うことを聞いてくれた。危険な役割を押し付けて申し訳ないが、俺の体は1つしかない。ここまでの道順を知っている俺が先頭を歩かなければならない以上、誰かが後ろを警戒する必要があるのだ。


 俺は慎重に子供たちを連れて洞窟から出ようとする。時折振り返り子供たちがちゃんと付いてきていることを確認しながら。心臓がバクバクと高鳴る。今俺は複数の子供の命を預かっている。失態を犯せば自分1人が死ぬだけでは済まない。大きな責任感が俺の肩にずっしりと乗っている気分だ。


 一歩一歩確実に前に歩いていくと、光が見えてくる。洞窟の入り口にやってきた。無事に盗賊に遭遇することなく、脱出に成功した。


「や、やったー!」


 洞窟を抜けた子供たちがはしゃぐ。でも、ここはまだ盗賊のアジト付近。まだ完全に危険が去ったとは言えない。もしかしたら、外に盗賊が潜んでいる可能性も0ではない。


「みんな。まだ油断をするな。周囲を警戒しながら付近の街まで行くぞ。絶対に俺から離れるんじゃないぞ」


「うん!」


 ライラさんのことは気がかりだけど、まずはこの子たちを安全なところに連れて行かないことには……この状況では子供の命が何よりも優先される。俺はライラさんと共に歩んだ道を引き返していく。


「みんな大丈夫か? 疲れたり、体調悪くなったら言ってくれ」


 俺は子供たちを気遣いながら街を目指していく。子供たちがどれだけ長い間監禁されていたかわからない。衰弱して倒れてもおかしくないくらいだ。


 だが。俺のその心配も杞憂に終わり、俺たちはなんとか街につくことができた。俺はひとまず、街の自警団のところに子供たちを連れて行き事情を説明した。


「……というわけで、俺が子供たちを救出してここまで連れてきました。この子たちの保護をお願いします」


「わかった。後は我々に任せてくれ」


 ここまですればもう子供たちは安全だろう。後は気がかりはライラさんだけだ。俺は自警団の詰め所から出ようとする。


「ヴォイド兄ちゃん。どこに行くの?」


 どこかに行こうとする俺を見てロッキーが声をかける。


「ああ。ちょっと用があってな。すぐに戻る」


 流石に盗賊団のアジトに戻るって言ったら心配されるだろう。


「うん。わかった。いってらっしゃい」


 ロッキーに笑顔で見送られて俺は再び藤蔵団のアジトを目指した。ライラさん……無事だと良いんだけど。



「ぐふっ……バカな……」


 私はアンディの攻撃を受けて膝から崩れ落ちた。まただ。こいつに私の攻撃が全く当たらない。どうしてだ。私の動きがことごとく先読みされてよけられたり、防がれたりする。まるでこちらの思考を読めているかのような……あるいは、未来が見えているのか?


「どうした? もしかして、たった2発の攻撃を当てただけで俺に勝てるつもりでいるんじゃなかろうな」


 いや、それはありえない。思考が読めたり、未来が見えているなら、ヴォイド君の一撃をもらうはずがない。不意打ちとは言え、それらができているなら防げるはずだ。


「少々、歯車のズレはあったようだが……なんてことない。今は歯車が正常に回っている」


 アンディがナイフを構えてそれを私に向ける。


「へっへ。このままこのナイフで首を掻っ切ってやる。見える。見えるぞ。頸動脈から血を出すお前の姿が!」


「お前はバカか。そんなこと言われたら首をガードするに決まっているだろ?」


「ほー。俺の言うことを素直に信じてくれるのかい? ありがたいねえ。俺は子供のころからウソつき扱いされてきたんだ。盗んでもねえパンを盗んだといいがかりをつけられた時もな。誰1人として俺を信じてくれなかったが、お前は信じてくれるのか? くくく」


 確かにこいつが本当に私の首を狙う保証はどこにもない。だからこそ、相手の動きをよく読んで私の体のどこを狙っているのかを慎重に見極めなければならない。


「予言してやる。お前は絶対に首をガードできない」


「それはハッタリだろ」


 相手の言葉に惑わされるな。言葉じゃなくて動きを見るんだ。


 アンディが1歩動く。私との距離が縮まる。来るぞ……!


 ガツン。


「な、なにが……」


 私の意識が一瞬途切れた。ドサっとなにかが倒れる音が聞こえる。これは私が倒れた音……? 後頭部が痛い。


「あ、悪い。俺が攻撃するとは一言も言ってなかった」


「はぁはぁ……お返しだよ」


 私の背後から女狐の声が聞こえる。倒したと思っていた女狐が意識を取り戻して、私に不意打ちをくらわせたのか。アンディはここまで読んでいたというのか…?

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