第5話 盗賊団のボス、アンディ
村から出てしばらく走っていった先。そこには天然の洞窟があった。ライラさんはその洞窟の前に立ち、振り返り俺を見た。
「どうやらここが盗賊団のアジトのようだ。ここを仮拠点にして、付近の子供を攫っている……風の妖精の情報からは情報は異常だ」
「風の妖精の情報って便利ですね。その妖精に中の様子を調べてもらうことはできないんですか?」
「私もできればそうしたいけれど、風の妖精は狭いところを嫌う。洞窟の中の情報まで探らせることはできない。ただ、盗賊団がこの洞窟に入っていったという情報だけは得られた」
ライラさんが洞窟に足を踏み入れようとする。
「怖いならきみはここで待っていると良い」
「そういうわけにはいきません。こんなところで待っているんだったらライラさんについてきた意味がないですから」
「ふふ。そうか。では、行こうか」
俺はライラさんと一緒に洞窟に足を踏み入れた……ライラさんが魔法で灯りを作り、それを頼りに暗い洞窟を進んでいく。
慎重に足音を立てないように歩いていく。洞窟を道なりに歩いていくと男女の話し声が聞こえてきた。ライラさんと顔を見合わせる。ライラさんがシーと人差し指を立てたので事の成り行きを見ることにした。
洞窟の奥にいたのは、黒髪で前髪の一部を後ろに下げているモノクルの男だった。男はトントンと片足で地面を鳴らし、見るからに苛立っている様子である。
「予定時刻より10分も遅れた。一体なにがあった?」
男が懐から懐中時計を出して時間を確認する。その後、足のトントンとした動きが早まる。
「アンディ様……! そ、その……見知らぬクソガキに邪魔されまして」
金髪の女が答える。すかさず、アンディと呼ばれた男が金髪の女の頬に平手打ちをくらわせる。パァンと洞窟内に音が響き渡った。
「うそをつくな。僕の予言は絶対だ。人はみな自分の意思で動いているように見えて、その実は運命の歯車の一部でしかない。そんな歯車が予定外の動きをするはずがない。細かいルートや速度は違っても、定められた着地点には必ず向かう。その着地点に邪魔者の存在はなかった。ネズミ一匹な」
「し、しかし……私どももまた歯車の一部。予定外の動きをするはずなど……」
金髪の女が言い訳をしようとしているとキリっとアンディがにらみつける。
「僕の話を聞いてなかったのか? 着地点は決まっていても速度にはある程度の遊びの部分はある。僕はお前らがやる気を出さなかったせいで予定時刻より遅れたことに腹を立てているのだ」
なんなんだ。こいつらの会話は。運命だの歯車だの……一体なんの話をしているんだ?
「ん……? お前、その手はどうした?」
アンディの視線が銀髪の女の手の甲に向けられた。
「あ、これは……その賞金稼ぎのライラにやられました」
「ライラ……? どうなっている。確かにライラはお前たちを追ってきている。そのまま運命が変わらなければ、お前たちはライラに倒されていた。だから、僕はお前たちがライラに遭遇しないようなルートを教えたはずだ。それで運命が決定して歯車が回りだしたのに、どうしてライラに遭遇するんだ?」
アンディがモノクルの縁を触りだす。そうしたら、彼の表情が変わった。
「馬鹿野郎! お前たち! つけられているぞ!」
「え?」
金髪と銀髪の女が互いに顔を見合わせる。そのタイミングでライラさんが前に出て女2人に巨大な風の塊をぶつける。
「うぐあぁあ!」
女2人は風に吹き飛ばされて洞窟の壁に激突する。剥きだしの尖った岩肌は人間のやわな皮膚ではダメージを防ぎきることはできない。女たちはガクっとその場に倒れて身動きが取れなくなった。死んではいないだろうが、ほぼ戦闘不能の状態であることには間違いなさそうだ。
「ロッキ―君を返してもらおうか」
「ロッキー……攫った子供の中の誰かか。ああ、わかった。返してやるよ……僕に勝てたらな!」
アンディがなにか球状のものを投げる。それがライラさんの足元に転がると球状の物体から勢いよく煙が噴出した。煙はあっという間にライラさんの体を覆う。
「こ、これは煙玉……げほげほ! バカめ! 風使いの私にこんな小細工が通用するか!」
ライラさんが風を巻き起こして周囲をの煙を吹き飛ばした。これで彼女の姿が僕にも見える。だが、それと同時にアンディの拳がライラさんの腹部に命中した。
「うぐっ……」
「お前、僕の一撃を予想できなかっただろ」
ライラさんがすかさず反撃する。しなやかな動きのハイキック。だが、アンディはその攻撃をかわして、なめらかな動きでライラさんの背後に回る。そして、背中を思い切り蹴飛ばした。
「うがぁあ!」
「無駄だ。ライラ。お前がいくら強かろうと僕には勝てない。お前には見えなくて僕には見えているものがある」
「なんだと……!」
「お前は所詮は自由意志で行動できない歯車にすぎない。自分の意思で動いているつもりだろうが、その実は決められたように動くことしかできない」
「な、なにを言っている」
「こういうことだ!」
アンディが右手でライラさんを殴ろうとする。ライラさんはそれをガードしようとする。だが、アンディの左拳がライラさんの右肩を思い切り殴る。
「ぐっ……!」
ライラさんが右肩を抑える。不意の一撃に対応しきれずに攻撃を受けてしまったのだ。
「僕には未来が見えている。僕が攻撃するとガード行動をするお前が見えた。だから、右手の攻撃はフェイントにして、左手で攻撃をあてることにした」
「未来が見えるだと……! そんなのハッタリに決まっている!」
今度はライラさんがアンディに向かって殴りかかる。しかし、アンディはライラさんの攻撃をかわした。
遠くから見ている俺だからこそ、この異常さがわかった。アンディが回避行動をしたタイミング。それはライラさんが攻撃を開始する前だった。全く攻撃の予備動作が見えてない状態から、アンディはライラさんの攻撃を回避したのだ。
これはもう未来が見えているとしか思えない。ハッタリとかじゃなくて、アンディは本当に未来が見えているのか?
「お前はうそをついている!」
ライラさんがビシっと人差し指をアンディに向かって突き付けた。アンディはにやりと笑った。
「お前が本当に未来が見えているなら」
「あそこの女狐2人を見捨てる理由がない……か?」
「え?」
「お前のセリフを先読みさせてもらったよ。自分が言おうとしたことを先に言われる気持ちはどうだ? 一言一句しっかりあっているだろう?」
ライラさんの額に冷や汗が浮かんでいる。無理もない。この異常性は俺もわかっている。ライラさんは確かにあの金髪と銀髪の女2人のことを女狐と呼んでいた。だが、それは俺の前での話だった。アンディの前では女狐というワードを出していない。なのに、どうしてアンディはライラさんが彼女たちを女狐と呼んでいたことがわかったんだ。
これはもう、推測でセリフを先に行ったとかそういう次元ではない。未来を予測した。だから、ライラさんのセリフがわかったのだ。
「これからの未来を教えてやろう。ライラ。お前は僕の前で膝をつく。そして、ガキどもと一緒に売られるんだ。戦いで体が傷ついている女は普通なら相場は低くなるが……お前は賞金稼ぎだ。裏世界の人間から恨みを買っている。そんなお前を奴隷にできる権利……くくく。これは高く売れるぞ」
「ゲスが……!」
ん? なにかがおかしい。こいつの言っていた未来。それはライラさんのことだけだ。どうして、俺のことに言及しないんだ? だって、俺はもう――
こいつの背後に回って不意打ちをくらわす準備ができているのに!
ブンと俺は硬い木の棒を振るった。途中で拾った枝。それがアンディの後頭部にヒットした。
「ぐぁっ!」
潰れたカエルような声をあげてアンディが倒れた。
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