第3話 猫探し
――人はみな何かしらの能力を持っていて、それを利用して生きているのだ。だが、人はその能力を活かした人生を歩まざるを得ない。人は能力を使っているのではなく、実は能力に使われているだけではないのか。蜜を集める能力を持った蜂が花から蜜を採取する運命にあるように、女王蜂が巣の中で子を生むことを強いられるように。働き蜂と女王蜂はその役割を交換することができないのだ。
俺は目が覚めた。体を起こし窓から差し込む光を見て朝であることを実感した。なにか夢を見ていたような気がする。どこかの哲学者が昔言っていた言葉を思い出したようなそうでないような。所詮、人の夢なんてものは忘れてしまうのが世の常である。寝て見る夢でも起きて見る夢でも。
さてと。俺もいつまでも子供のままではいられない。大人にならなくては。大人になるということは、働いて生計を立てなければならない。一般的に15歳になった子供たちの今後の人生は能力によってある程度左右されてしまう。能力によっては進学する者もいれば、そのまま就職する者もいる。
「俺はどっちなんだろう」
俺が頭脳労働に適した能力を持っていれば、学校に通う選択肢もある。しかし、そうでない職人系の能力を持っているのであればそのまま就職するのが通例である。
無能力者の俺はそのどちらにも当てはまらない。と言うことは、どっちの道に進めばいいのかがわからない。1度、父さんに相談してみるか。
自室を出たら、ちょうど廊下に父さんがいた。丁度良い。ここで話をしてみるか。
「父さん。話があるんだ。俺は今後の進路についてだけど……」
「ああ、そうか。お前は能力を持たないから、進学か就職か、どっちかを選ぶことができるのか」
「え?」
進路を選ぶことができる。その言葉は聞きなれない言葉である。そうか。俺はどっちの道に進めないわけじゃなくて、どっちの道にも進むことができるのか……?
今まで自分の進路を自分で決めるなんて考えもしなかった。能力に沿った人生を漠然と歩めば良い。誰だってそうしているから、俺もそれに何の疑問もなく追従するところだった。
でも、俺の場合は自分で自分の人生を決めなければならない。自分が何者になりたいのか。それをきちんと決めて歩んでいかなければ、俺はきっと何者にもなれないのかもしれない。
「まあ、父さんに相談するよりも同年代の友人に訊いてみたらどうだ? お前と父さんじゃ生きてきた時代も違うだろうし」
「そうだね……」
友人か。確かに同年代は一斉に能力が開示されているわけだし、それを参考にしてみるのもわるくないか。
俺は家を出て村を散策する。そうすると、メルティに出会った。褐色肌が朝陽に照らされていて、よく映える。
「あ、ヴォイド。こんにちは。どう? 最近の調子は?」
「最近の調子はって……昨日、教会であったばかりだろ」
「あはは。そうだったね」
メルティ。こいつは昨日、教会で融解の能力を得ていた。物を溶かす能力。これはどういう生き方をするんだ?
「なあ、メルティ。お前は進学か就職どっちにするんだ?」
「んー。私の能力なら進学になっちゃうかな。融解の能力は結構複雑で物質の構造とかを把握する必要があるんだ。つまり、知識が必要ってことで、いきなり現場に行って使い物になる能力じゃないんだ」
「そっか。大変だな」
「うん……私は早くに働きたかったよ」
メルティの表情が曇る。彼女は家がそんなに裕福な方ではない。そんな家の長子であるからこそ、早くに働いて家族に楽をさせてやりたい気持ちはあったのだろう。俺の家は別にそこまで生活にひっ迫しているわけじゃないから、正直すぐにでも働きたいという気持ちはあまりなかったりする。
「働きながら勉強ってことはできないのか?」
「働きながら……? 考えたこともなかった。でも、みんな進学と就職にきっちりわかれるし、そんないいとこどりみたいなことできないよ」
なんだ。この人間社会というものは全然、融通が利かないな。
「まあ、家庭の事情で進学が厳しいって場合は、ちゃんと補助金が出るんだけどね……でも、その補助金はほとんど学費に消えちゃうから、結局家にお金を入れることができない」
「メルティ。別に融解の能力を活かした仕事に就かなくても良いんじゃないのか?」
「え……だ、だめだよ。だって、私はあなたと違って無能力じゃない。私は能力者。能力に縛られて生きていくしかできないんだから」
まただ。昨日から感じている違和感がある。それは、能力者はやたらと俺を自由だとか何にも縛られないとかそういうところばかりを強調してくる。能力を使わないで生きるなら、能力者だろうが無能力者だろうが条件は同じはず。なのに、どうして能力者は自分の能力にばかりこだわるんだ?
「あ、お姉ちゃん!」
メルティの弟のロッキーがやってきた。彼はメルティと違って色白の肌をしている。
「ロッキー。どうしたの?」
「ビリーがいないんだ」
ビリー。近所にいる野良猫だ。この村の住民にかわいがられている癒しのマスコット的存在である。メルティの家は貧しくてペットを飼えないから、ロッキーは特にビリーのことをかわいがっていた。
「そうなんだ。どっか散歩に行っちゃったのかな?」
「僕、心配だよ。お姉ちゃん。一緒にビリーを探してよ」
「えー。困ったねー。私はこれから体験入学があるのに……」
体験入学。進学するならそれも必要か。
「ロッキー。俺が代わりに探してやるよ」
「わあ! ヴォイド兄ちゃん! ありがとう」
ロッキーは俺に向かってお辞儀をした。実に礼儀正しい子供である。
「ありがとう。ヴォイド。ロッキーの面倒を見てあげてね」
こうして、俺とロッキーは迷子の猫探しをすることになった。
「よーし! それじゃあ探すぞ! ビリー! どこいったのー?」
ロッキーはビリーの名を大声で呼びながら村を歩いていく。子供らしく元気いっぱいの声量である。
「ねえ。ヴォイド兄ちゃんはどんな能力に目覚めたの?」
ビリー捜索中にロッキーがふと尋ねてきた。できれば答えたくない質問である。正直なところ、俺はまだ無能力者であることに負い目を感じているところはある。
「俺は……何の能力もなかったんだ」
「能力がない? それってどういうこと? お父さんが言っていたけれど、人間はみんな能力を持って生まれてくるって……」
まあ、そういう反応だろうな。俺もまさか自分になんの能力もないだなんて思いもしなかったし。
「まあ、そのまんまの意味だ。俺は他の“人間”が持っている能力を何1つ持たずに生まれてきた。それが現実だ」
「ふーん、そっか。猫探しの能力があれば便利だったのにねー」
「ずいぶんとピンポイントな能力だな」
「でも、ヴォイド兄ちゃんすごいよね」
「すごいってなにがだよ」
「だって、人間はみんな能力を持って生まれてくるのが普通でしょ? でも、ヴォイド兄ちゃんはその普通の能力がない。つまり、普通の人間じゃないってこと」
なんかグサグサする物言いだな。
「普通の人間を超えたスーパーマンだよ! ヴォイド兄ちゃんは!」
「スーパーマン……そう来たか」
確かに普通の人間とは違うことが超人の条件ならば、俺はそれに当てはまるかもしれない。物は言いようとは良く言ったものである。
「そうだよ! ビリーを一緒に探してくれるし、ヴォイド兄ちゃんは優しくてすごいヒーローだ!」
猫探しするだけでここまで持ちあげられるとは。
「本当のスーパーマンなら能力ですぐにビリーを見つけるんじゃないのか?」
「そうかな? 能力がある人間がそれを使うのは当たり前じゃない? でも、自分の能力じゃないことで人に優しくできる人が本当に優しい人だと思うよ」
そうか……? そうなのか……?
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