第2話 能力と人としての価値

 俺は足取り重く家へと帰った。弟妹が出迎えてくれた。


「ヴォイド兄ちゃん。おかえり。さあ、能力を得た記念パーティをしようよ」


 弟が俺の手首を掴み引っ張る。弟は13歳。こいつもまだ司祭に見てもらってないだけで、なにかしらの能力は持っているはずだ。妹の方はまだ11歳で水晶でも能力を見ることができるかどうか怪しい年齢である。


「わかった。そんなに引っ張るな」


 弟は活発で無邪気な性格。妹はどこか引っ込み思案なところがあり大人しい性格。さて……どう説明したものか。俺は一応は弟妹には尊敬されている方だとは思うけれど……もし無能力者であることがバレたら、きっと軽蔑されるのであろうか。


 両親の方はどうだろう。優しい両親だとは思うけれど、無能力者の俺をどう扱うかはわからない。弟に引っ張られて、俺はリビングへと連れていかれた。テーブルの上には豪華な食事が乗っている。俺が好きなターキーやホールケーキ。フライドポテトなどなどが目に入る。


「おかえりなさいヴォイド。あなたのために腕を振るって料理を作ったの」


 母さんが優しく微笑む。でも、俺の心は穏やかではない。自分がなんの能力も魔力も持ってないことをこれから言わなければならない。それを想うとこの優しい笑顔を裏切ってしまいそうで大変に心苦しかった。


「ヴォイド。今日はお前の“運命”が決まる日だ。さあ、お前の能力がどんなものだったのか。父さんに教えてくれ」


 父さんが期待のまなざしで俺を見てくる。気まずい。正直、この場から逃げ出したい気持ちの方が今は強い。


「まあまあ。楽しみは後にとっておこうじゃないの。それより、ヴォイド。お腹が空いたでしょ。さあ、みんな食事にしましょう」


「わーいわーい」


 母さんの言葉に妹が喜んでいる。今は夕食時、妹も腹を空かせていたのだろう。とりあえず、他の家族も待たせるのも悪いし、俺は席について食事を始めた。


 もうこうなったらヤケだ。今日が最後の晩餐のつもりで食べてやる。無能力者だってバレたら俺はこの家から追い出されるかもしれない。その覚悟を今からしておこう。


「お、良い食べっぷりだな。男の子はそうでなくてはな」


 俺としてはやけ食いしているつもりではあるが、父さん的には好印象だったようである。今日の主役は俺であるため、俺が多めに食事をとっても家族は誰も文句は言わなかった。


 食事の大半が片付いた頃、俺はもう腹いっぱいで食事の手が止まってしまった。そのタイミングを見計らって父さんがコホンと咳払いをする。


「さあ、ヴォイド。そろそろ、能力を教えてくれても良い頃じゃないのか?」


 ついにこの時が来てしまった。俺は一度息を飲み、そしてゆっくりと口を開いた。


「父さん。実は……落ち着いて聞いて欲しいんだ」


「どうしたんだ? そんなに改まって。そんな風に言われると良い能力を授かったと思って期待するじゃないか」


「いや、期待されても困るというか……俺は実は……」


 このタイミングで言う。言うしかない。


「無能力者なんだ」


 俺のその一言の後、静寂が訪れる。時が止まったかのように錯覚するほど、誰もなにも言わない。その沈黙を破ったのは弟だった。


「す、すげえ! 兄ちゃん! 普通なにかしらの能力があるのに、能力がないなんて物凄いレアじゃないか」


「へ?」


 俺は拍子抜けしてしまった。弟には失望されるかと思っていたけれど、なぜか弟は俺に羨望の眼差しを向けてくる。それに続いて父さんがぶどうジュースを俺のグラスに注いだ。


「なんだ。めでたいことじゃないか。ほら、祝いだ。これでも飲め」


「い、いやいや! 父さん。何を言っているんだ。なにがめでたいんだ。みんな、誰もが能力を持っているのに、俺だけが能力を持っていないんだぞ」


「ん? そうだけど、それがどうかしたか? 世界中の誰もが経験したことがない経験をお前はしたんだぞ」


「い、いや。確かにそれはそうだけど……」


「ヴォイド。どうして、お前は能力がないことをマイナスに考えているんだ?」


「どうしてって……それは、人間誰もが能力を持っていることが普通で……能力に応じた仕事に就いてそれで生活をしている。ということは、その能力がなければ俺はロクな仕事にすら就けない可能性だってあるんだぞ」


 世の中は希少なだけではやっていけない。ただ、確かに俺のレア度は高いかもしれない。けれど、それはマイナス方向にレアなだけで……


「ああ、そうだな。裁縫の能力を持った人間は仕立て屋に就くだろう。農業の能力を持った者は農家になるだろう。だが、お前は何の能力も持ってないからこそ、自分の人生を自分で決められると思わないか?」


「父さんはわかってない。裁縫の能力があれば仕立て屋になれる選択肢はある。でも、俺は能力を持ってないから仕立て屋にも農家にもなれる素質がないんだ」


 俺の言葉に父さんと母さんは怪訝そうな表情をする。俺はなにかおかしいことを言ったのだろうか。


「いいか。ヴォイド。人間は確かに能力を持って生まれてくる。しかし、人が人である理由は能力の有無によって決まるわけではない。例えば、能力には多くの場面で役に立つものもあれば限定的な狭い活躍しかできないものもある。劣っている能力を持っている人間は、人として劣っている。お前はそう考えるのか?」


「それは違うと思う……けど、それとこれとは話が……」


「優れた能力を持っていても傲慢で人を傷つけるような者はいる。劣った能力でも人を助けられる高潔な精神の人間もいる。能力がないお前を揶揄やゆする道理などどこにある?」


「そ、それはそうだけど……でも、能力がない俺を持ち上げるのは違うんじゃないのか?」


「ヴォイド。お前は能力がないという誰も歩んだことない人生を歩むことになる。それは前人未踏の道だ。その道を我が子が進もうというのだからこれほど誇らしいことがあるか」


「お父さんの言う通りよ。ヴォイド。あなたが能力を持たずに生まれてきたことにはきっと何かしらの意味がある。今はまだあなたはその意味を見つけてないだけ。でも、あなたはいつか必ずその答えを人生の中で見つける。私はそう思うの」


 父さんと母さんの言葉に俺は目頭が熱くなった。俺は無能力者だとわかった時点で、自分で自分に見切りをつけていたのかもしれない。勝手に自分を最底辺において……俺のことを誰よりもバカにしているのは俺自身だった。そうすることで、他人にバカにされても傷つかないようにって、自覚しているから大丈夫。そう言い聞かせて他人から言われるであろうと勝手に想像していた悪口から心を守ろうとしていたんだ。


「なんかよくわかんないけど、ヴォイド兄ちゃんは、どんな能力があろうとなかろうとヴォイド兄ちゃんってことには変わりないよ」


 妹の言葉に俺はせき止めていた涙があふれてきた。そうだ。もし、俺が逆の立場だったら……弟や妹が無能力者だって判明したら、それをバカにできたか? 見捨てることができたか? できるわけがない。どんな能力だろうと、俺の家族は家族だ。大切な存在であることには変わりなかったんだ。


 俺は卑屈になっていた。人として大切なものを見失うところだった。


「おいおい。今日の主役がそんな顔するんじゃない」


 父さんの言葉に俺は涙を拭く。そして、目に力を入れ涙を食いとめ、父さんの目をまっすぐと見た。


「父さん。俺は、能力がなくても父さんと母さんの息子として、そして、こいつらの兄ちゃんとして恥じない生き方をする」


「ふっ……言うようになったな。お前も大人になったということか」


 ちょっと湿っぽい雰囲気になったけれど、俺は家族の大切さが身に沁みた。もし、俺が能力を持っていたら、俺はこのことに気づけなかったのかもしれない。

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