魔力0の無能力者だけど周りからの評価だけは最強です

下垣

第1話 ここで主人公をバカにしていたら、ざまあされていたので彼らの行いはとても賢いです

 人に生まれたからには必ず何かしらの存在にはなれる。この世界の人間はみんなそう信じている。今ここにいる15歳前後の少年少女数人もそう思っている。俺も親からそう教えられた。


 人は生まれながらにして自分だけの能力を持っている。それは可視化することができて、今ここ。教会に集められた少年少女たちはその能力を司祭によって調べられている。


 しわができ始めた年齢の男性司祭の前に、褐色肌の少女が立つ。司祭は彼女の前で水晶に魔力を込めた。


「むー……メルティ。貴殿の能力は融解。物を溶かす能力だ」


「そうですか。ありがとうございます。司祭様」


 人はこの才能に一生を縛られる。俺と同い年のこの少女。メルティもこの融解の能力と向き合って生きていくであろう。


「では、続いて……ヴォイド。前に出ろ」


「はい」


 いよいよ俺の番だ。俺の能力・才能。それは一体どういうものなんだろうか。すごく気になるところではある。


 何も多くを望むことはない。最強の力を得る能力。富豪になれる能力。そんな贅沢は言わない。ただ、俺はあまり責任を感じることなく、楽して生きていきたいだけだ。後、適度にチヤホヤもされたい。


 俺の目の前にいる司祭が水量に魔力を込める。水晶が妖しく紫色に光る。


「むむ!」


 司祭がなにやら難しい顔をしている。そして、眉間にしわをよせて何やら困惑した様子で司祭の後ろにいる教会関係者に耳打ちをしている。


 なんだ? 一体何が起きている? 俺の時に限ってトラブルでも発生したのか?


「むむ。すまない。ヴォイド。もう一度やってみる。せいや!」


 今度は司祭が気合を入れて魔力を込める。紫色の光が増す。しかし、司祭の表情は曇ったままである。


「むー。おかしいな。すまん。メルティ。もう一度こっちに来てくれ」


「え? あ、はい。かまいませんが」


 俺は一旦司祭の目の前からどく。そして、メルティが司祭の目の前に立ち、また司祭はメルティの能力を鑑定した。


「あれー? おかしいな。水晶の故障じゃないよなあ? んー?」


「あ、あの……司祭様……?」


 なにか故障とか不穏な言葉が聞こえてきた。え? なに? 俺どうなるの? これ、一生を左右する大事なイベントなのに、いきなりケチがついてしまうの?


「ああ、すまん。ヴォイド。メルティの能力はきちんと見れたから多分大丈夫。よし、目の前に立ってくれ」


「は、はあ……」


 俺は不安になりながらも司祭の前に立つ。司祭が魔力を水晶にこめる。そして、しばらく待っていると……司祭が息切れし始める。


「ぜーはーぜーはー」


「え? ちょ、ちょっと司祭様大丈夫ですか」


 俺は思わず司祭の心配をしてしまった。まだ、そこまで歳というわけではないけれど、それなりの中年のおじさんが息切れしているのを見るとなんとなく心配になってしまう。


「ま、待て……これはなにかの間違いだ。そうであるはずだ。こんなもの前例にない」


「え? 前例にないってどういうことですか? 俺の能力は一体……」


「ヴォイド。お前には何の才能も表示されなかった。しかも、魔力量も0。空っぽ。なーんにもない空っぽだ」


「は?」


 俺は一瞬時が止まった。人は何かになれる。それは、人は生まれた時点でなにかしらの能力・才能を授かって生まれてくるからである。それが可視化できるようになるのが思春期の頃。


「え、えーと……あはは。年齢が足りなかったのかな?」


 まだ幼い子供の能力は見ることができない。だから、ある程度成長するまで自分の能力を知ることができないのが普通である。能力の可視化ができる年齢は個人ごとに違っている。だから、なにも表示されないってことは、まだ能力を見ることができる年齢に達していないということかもしれない。


「いや……違う。どんなに遅くとも12歳になれば大抵の子供は能力を見ることができる。それでも個人差があるから確実性をとって15歳で見るようにはしている。それに幼い子供でも能力の詳細が見えないだけで、なにも表示されないってことはない。例えるならば、能力を可視化できない幼子なら水晶にモヤのようなものがかかるが、お前の場合……モヤすらもないクリーンな状態だった。つまり、能力はないってことだ」


 うそだろ……この世界にいる人間はなにかしらの能力を持っている。そして、能力を活かして生きているんだ。まだ能力がわかっていない子供ならまだしも、大人がなんの能力も持たないって……どうやって生きていけばいいんだ。


「そ、そんな……司祭様……お、俺は……」


「こんなことは前代未聞だ。もし、これが事実だとしたら……本当に……! 本当に、とんでもないことをしてくれたな。ヴォイド」


 俺は司祭の顔が見れなかった。能力がない。才能がない。魔力もない。そんな人間がどんな扱いを受けるのか。想像するだけで恐ろしかった。きっと失望の顔をされているに違いない。俺は居たたまれなくなり、その場から逃げようとした。しかし……


「とんでもない奇跡を起こしたな! ヴォイド!」


「へ?」


 俺は怒られるのかと、なじられるのかと、そんなことを覚悟していたのに、司祭の反応は違った。にっこにこの笑顔で俺を見てくる。


「こんなことは過去に一度たりとも記録にない。お前が初めて。お前が人類初の無能力者だ。これはきっとなにか意味があること。そうは思わないか?」


「意味があること……?」


「うむ。お前はもしかしたら選ばれた特別な人間なのかもしれない」


「いやいや。なにかこう……強い能力に目覚めたとかそういうのだったらわかりますけど、無能力者が選ばれた人間……?」


「強い能力者なんて過去に何人も何十人も何百人も歴史上にいる! だが、無能力者は一人たちろも存在しなかった。これを奇跡と言わずして何と呼ぶ?」


 何言ってんだこの司祭。能力がないってそれだけでマイナスなことだろ。なんで、それをすごいことのように言ってくるんだ?


「流石です。ヴォイド君。あなたは神に選ばれた存在なのかもしれませんね」


 司祭の後ろにいたシスターも潤んだ目で俺を見ている。もしかして、教会関係者ってどこかズレている人間しかいないのか? そう思っていると近くにいたメルティも俺と視線を合わせた。


「すごいよ! ヴォイド! 私なんて何の変哲もない能力者だよ」


 メルティ。お前もか。


「いや、メルティ。お前には立派な融解って能力があるじゃないか」


「私は自分の能力。融解に一生を縛られることになるんだよ。でも、ヴォイドは違う。だって、能力がないってことは、自分の人生を自分の好きなように決められるってことじゃない!」


 底なしのポジティブ……! 能力者に上から目線で言われているような気がするけれど、不思議と嫌味を感じない。きっとメルティが心の底から思っているからだと思う。


「メルティの言う通りだ。ヴォイド。お前は無能力者で魔力もない。だからこそ、自分の人生を自分で切り開くことができる。つまり――」


「つまり?」


「伸びしろしかないということだ!」


 伸びしろって本当に便利な言葉だな。


 一体何がなんだというのか俺にはさっぱりわからない。どうして、みんな俺に優しいんだ。だって、俺は……世界でたった一人。なんの能力も持たない異質な存在だというのに。


「ヴォイド。お前のこれからの人生。どんな人生を歩むのかはわからない。だが、お前ならきっと大成する。私はそう信じているぞ」


 司祭が俺の肩にポンと手を置いた。この肩に司祭の重圧を感じる。なにか重荷を背負わされた気分だ。俺はただ、能力を使って平穏に生きて、適当にチヤホヤされる程度の活躍をして生きていきたかっただけなのに。


 能力もなければ、無駄に期待されて、俺の望みはなにか叶ったのだろうか。いや、チヤホヤはされているけれども……


 いや、まだだ。この人たちだけがおかしいのかもしれない。帰ってこのことを親に報告しよう。父さんと母さんならきっと適切なリアクションをしてくれるに違いない。

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