五 始末屋の女房
石田と小夜が祝言を挙げて半年が経った。
神無月(十月)九日、明け六ツ半(午前七時)。
珍しく雨だ。だが、懐が暖かい。熱いくらいだ。秋のこの時節、褥がこれほど熱いのは懐に可愛い小夜さんがいるからだ。
目覚めた石田は懐の小夜を抱きしめた。小夜の匂いが石田の鼻孔をくすぐるように戯れた。石田は抱きしめた小夜の可愛い肩と背中を撫でた。
「もっと、ねようよ、みつなりぃ・・・」
久々の逢瀬とあって、昨夜の小夜は石田に思いのたけをぶつけた。石田は小夜の求めに応じて睦みあった。小夜は満足しきって石田の懐で心地よい眠りについた。
目覚めても、小夜は心地よい気怠さに包まれて夢見心地だ。
「今日の働きは休みですか」
「うん。旦那様が来る日と翌日は休みにしてもらったよ。
いっぱい抱かれてここが暖かくって気持ちいい。気怠くって働けないから・・・」
小夜は石田の手を下腹部に導いて石田の胸にすり寄った。
石田は小夜の仕草を可愛いと思った。片時もこの小夜さんを離すまい。亡き妻の佐代に似ていると思って身請けした気になっていたが、私はこの見目麗しく才長けた小夜さんに一目惚れしていた。亡き佐代が巡り会わせてくれたのか。
石田は小夜の肩にまわした手で小夜を強く抱きしめた。
「まだ眠いから、ねっ、もう少し寝かせて」
そう言いながらも小夜は石田の手を導いている。
石田は小夜に導かれた手でそっと小夜を撫でた。小夜の体は熱い。石田の手を感じて小夜が小刻みにうごめいた。
「ああっ、だめですよぅ・・・」
言葉と裏腹に、小夜の手は石田を小夜の柔肌に誘っている。
「お早うございます。入りますよ・・・」
襖の向こうから幸右衛門の声がする。
「しばしお待ち下さい。そちらへ参ります」
石田は、済まぬな、しばし待って下さい、と小夜に布団をかけ、すっと褥から出て隣の部屋に入った。
「こたびは呉服問屋山科屋清兵衛の倅、清太郎の花代を取り立ててください。
清太郎の未払いは三十両です。いつものように石田様の取り分は二割です」
石田が畳に正座すると、畳に正座している幸右衛門は懐から花代取り立て証文を出して畳に置き、すっと石田の膝元へ滑らせた。
「何度も話していますように、石田様はやめて下さい。
私も幸右衛門さんと呼びます」
「では、石田さんと呼びましょう」
「お願いします。幸右衛門さん。
取り立て期限はいつですか」
「早々に取り立ててください」
「清太郎は如何なる男ですか」
「鼻息の荒い放蕩息子。人を使って小悪さをするが、己独りでは何もできません。飲む、買う、打つを一通りするものの、どれ一つとして満足にできない、と聞いております」
「どれも満足にできぬ男が、花代を踏み倒そうとしているのですか。
馴染みの花魁は誰ですか」
「馴染みはいません。見世に上がるたびに花魁を変えます」
「まともに女を抱けぬのですか」
「いえ、しっかり抱いてますが、花魁の誰もが不満を漏す始末でして」
「なぜそのような事を」
「花魁を可愛がらないのです」
「そんな男が、なぜ、吉原に出入りするのですか」
「後腐れなく女を抱きたいのでしょう」
「痛めつけられた花魁はいたのですか」
「今のところいません」
「今後は痛めつけられそうだ、と言うのですね」
「さようです。金子をせびられた花魁もいます。いずれ、他の事も強いるでしょう」
「無頼の兆しが花代の踏み倒しと、花魁へ金子の無心ですか」
「さようです。悪しき芽は早く摘み取っていただきたいのです。
では、これでおいとましますよ。
久々の逢瀬ですから、たくさん可愛がっておあげなさい」
幸右衛門は隣の小夜の座敷を目配せしている。
「分かりました。始末の件も相分かりました」
「それでは、お暇しますよ」
幸右衛門はその場を去った。
石田は臥所に戻って小夜の褥に入った。小夜は待ち切れずに石田にしがみついた。
「話を聞きました。仕事のあいまに小耳にはさんだのだけれど、清太郎は仲間と賭場を襲うと話していたらしいよ」
「誰からその話を聞きましたか。何処の博打場を襲うのか分かりますか」
石田は小夜を抱きよせた。
「先だって清太郎が御見世に上がった折に、花魁との酒の席で仲間にそう話した、と聞きました。あとで調べてみるね」
「頼みますよ」
「ねえ、火を点けたら、最後まで燃やしくださいな」
小夜は石田の襟を掴んで揺さぶっている。
「濡れても、火を点けたとは、これ如何に、ですね」
「もうぉ、はやくぅ」
「分かりました」
石田は小夜を抱いた。始末が妙な方向へ進みそうだ。
「ほら、余計な事は考えないのっ」
小夜が石田の両頬に両の手の平を当てて顔の向きを変え、額と額を合わせた。
「はい、分かりました」
「みつなりぃ、かわいいっ」
小夜は石田を抱きしめた。
小夜さんは可愛い。見目麗しく才長けている。私の考えを見透かしている。片時も離したくない。石田はそう思った。
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