なぜか悪役令嬢は俺にかまう

ウイング神風

なぜか悪役令嬢は俺にかまう


「どいてくださいませんか。邪魔ですわよ」


 ある少女から冷たい声が放たれる。

 彼女は黒い髪を長く揺らせながら、キリッと目つきは悪かった。整った輪郭の形をした顔にスッと高い鼻筋。ピンク色唇は可愛らしかった。綺麗な顔立ちにスレンダーな体躯。

 美貌の持ち主なのは間違いないが、残念ながらも性格が悪い。それも超絶に悪いのだ。

 彼女は瑞穂財閥の一人娘。名前は瑞穂玲子。

見た目や高圧的なふるまいから通称「悪役令嬢」と呼ばれている。

 扉の前で戯れているクラスメイトを威圧を送ったのだ。


「す、すみません」

「す、すぐに退きます」


 言われたクラスメイトはあわあわとしながら扉の前から退いていく。

 玲子はふん、と鼻を鳴らした。

 ……おお、こわいこわい。英雄は目で殺すことはできると聞くが、悪役令嬢は目で威嚇するんだな、と俺は感心しながら頬杖をする。

 あの二人組が扉の前で話しているのは邪魔ではあるのは間違いないが、そうきつく言う必要はあるのか? もっと柔らかい表現があるのでは無いだろうか?

 ただ一声、どいてください、とお願いすればいいのに。威圧な態度をとるまでどかせる必要はあるのか。

 俺がそんなことを考えていると、玲子は自分の席に向かって腰をかける。

 さっきまで喧騒な教室が静かになってしまった。教室の雰囲気を台無しにしてしまったのだ。

 やれやれ、ぼっちの俺としては静かなのはいいのだが、空気を壊すもは見過ごせないなあ。

 そんなことを考えていると、とあるメガネをかけた少女が玲子の方に声をかける。


「あ、あの〜瑞穂様」

「何かしら? 奈々恵さん」

「次の授業、数学Iの課題の回収するように言われているのだけど……」

「ああ。それなら、登校した時から先生に直接渡しましたわ」

「え、でも回収まとめるようにするのは日直の私の仕事だよね?」

「そんなこと非効率ですわ。なぜ、いちいちあなたにあなたに渡さなければいけないのでしょうか? 宿題終わっていない方を待って全員揃ってから先生に渡すのは非効率ですわ」

「そ、そうだね。ご、ごめんなさい。瑞穂様」


 

 委員長の奈々恵は撤退していった。

 うむ。性格が悪いな。この悪役令嬢。

 玲子がどうして、先に宿題を出したのか、俺は心当たりがある。それは宿題を見せられるのが嫌だからだ。

 以前に女子の一人が玲子に宿題を見せてくれないか、と尋ねる。

 すると、玲子はひどく彼女を叱った。


「どうして、私が無能のあなたに見せなければいけないのかしら?」

 

 と、教室に響き渡るほど大きな声を放ったのだ。

 なので、宿題や課題がある日は彼女はこうして朝イチから職務室に行くと、先生に手渡していた。

 全く、損な性格をしている。

 実力主義なのだろうけど、人は優しく接するべきだ。じゃないと、後から痛い目に会うぞ。

 と、俺はそんなことを考えながら目を閉じる。


「あ、古道くん。宿題出していないよね?」

「すまない。奈々恵。宿題見せてもらってもいいか?」


 奈々恵さんに土下座をすると、奈々恵さんはもうしょうがないなあ、と言いながら宿題を俺に渡す。

 この恩は絶対に返す。焼きそばパン一個分で!


◇◇◇


 そしてやって来た昼休み。

 俺は購買の激戦である焼きそばパンを勝ち取ると、屋上へ向かった。

 この桜咲中高一貫校の屋上は立ち入り禁止の場所ではあるが、俺は担任先生から鍵をもらっているので、許可をもらっとの同然なこと。

 屋上の鍵を開けると、俺は太陽の下に出る。

 七月の大空は広くて綺麗だった。

 曇り一つない空は爽快であって気持ちいい天気。八月に入ると炎天下になるが、初夏の七月が一番肌心地がいい。

 とはいえ、俺は日陰にある階段裏で食事をとることにした。

 楽しみにしていた焼きそばパンをポケットの中から取り出す。

 今日はついている、この高校の七不思議の一つ、焼きそばパンを手に入れるとは。運がついている。

 と、俺は焼きそばパンの封を開こうとすると、扉が大きく開く。

 慌てて、俺は隠れる。なぜならば、ここで誰かと会うとまずい。立ち入り禁止の場所に風紀委員に見つかったら、面倒なことになる。

 説教されるのだろうと、思った俺は身を隠して、来訪者を観察する。

すると、そこには顔見知りがここにやってきた。


「瑞穂?」


 瑞穂玲子。あの、名が高い悪役令嬢だ。

 この昼休み時間にどうして、彼女がここにやってくるのだろうか?

 本来であれば、彼女は教室の中に弁当の重箱で堂々と食べている。ここにいるのが珍しいのだ。

 俺のテリトリーを侵略されたことにはちょっと腹が立つことではあるが、致し方がない。ここは何もないようにやり過ごそう。

 と、俺は玲子を観察し続ける。

 玲子はこの屋上にやってくると、キョロキョロと周囲を見回す。

 誰もいないとわかると、玲子大きく息を吐き出す。

そして、自分のお腹を摩る。

 すると、彼女の腹から、ぐー、と大きな声が鳴った。


「っく。私がしたことが。まさか、お弁当を忘れてしまうとは情けない」


 と、玲子は悔しそうのように自分を責め立てる。


「このままでは、次の授業、体育の時間で私の腹が持ちませんわ」


 とほほ、と肩を落とす玲子だった。

 確か、次の女子の体育の授業はバレーボールだった気がする。かなり体力を浪費する活動だ。昼飯を抜きで挑む授業ではないだろう。

 俺はそれを見ていると、なんだか、かわいそうな気がした。

 いつも完璧無欠である悪役令嬢な瑞穂玲子が弁当を忘れるという凡ミスはざまあとしか言いようがない。

 けど、俺の心情はそんなにゲスく作られていないのだ。

 ……よし、決めた。

 俺は物陰から出て、彼女のところへに向かっていく。


「だ、誰ですの!?」

「俺だ。お前のクラスメイトの古道博樹だ」


 俺は自己紹介すると、玲子の様子を眺める。

 玲子は一歩引き去るとともに俺を睨みつけて来た。まるで、ラノベに登場する騎士がオーグに犯される寸前な表情だ。

 まあ、俺はそんな趣味はないけどね。


「な、なんのようですの。まさか、私の弱みを握って私を脅すつもりですの?」

「ほいよ」


 体を震えている玲子に、俺は何も言わずに手にしている焼きそばパンを彼女に投げる。

 玲子は焼きそばパンをキャッチすると、ジカジカとそれを見つめた。


「な、なんですの? これは?」

「知らないのか? この高校にある裏メニューの焼きそばパンだ。殴り合いしか手に入らない一品なんだぜ。この学校の七不思議にも登場するアイテムだ。この焼きそばパンを食べるとなんと花子さんにモテるとかなんとか」

「そ、そう言うことではなく、どう言うことですの?」

「どう言うこととは?」


 俺は首を傾げながらそう尋ねると、令嬢はモジモジと体を動かし、俺を睨む。


「わ、私が弱っているところにどうしてこんなものを渡すのですか?」

「放って置けないからだよ」

「は、はあ?」


 今度は玲子が首を傾げながら俺の方を見ていた。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜けな顔になっているのが面白いところだ。もしも、俺が今の彼女の顔写真を撮れたとすると、きっと高値で売れるのだろう。

 まあ、そんなことは置いておき、彼女の答えに答えないと。


「人が困っているときは助けなさいっておばあちゃんが言っていた。お前が困っているから助けた。それだけだ」

「は、はあ? 理論的ではないですわ。敵に塩を送るなんて」

「でも、論理的だろ? それに俺はお前を敵だと思っていないぞ?」


 俺はウインクをすると、玲子はみるみると体を震わせた。

 まあ、言葉遊びはここまでにしよう。早く食べないと、俺も次の授業がある。


「それより、早く食べた方がいいぜ。次の授業まで時間がないぞ」

「わ、わかっていますわ」

 

 玲子は悔しそうに、焼きそばパンを取り出すと口に投げ込む。

 すると、玲子の瞳からポロポロと涙が流れ出した。


「お、おい。なんで、泣いているんだよ」

「う、うるさい! 貴方のせいですわ」

「お、俺が悪いのか?」

「え、ええ。そうですわ。全部貴方が悪いのですわ」


 悔しそうにそう語りながら焼きそばパンを貪る。急ぎながら、焼きそばパンを噛み締めた。

 ……全く綺麗な顔が台無しだよ。

 俺はそう思いながら、玲子の食べる様子を見守った。

 結局、玲子は俺の焼きそばパンを最後まで食べ切った。お礼を言うことなく屋上から去っていったのだ。

 まあ、お礼を言われることは期待していなかったので、言われないのも当然か、と思った。

 そして、次の授業、男子はグラウンド10周と言う鬼な授業が待っていた。

 俺は小走りに走り、5周をしていると、なんだか目の前がクラクラする。

 気づけば、俺の視界は真っ黒になり、俺は力が抜けたのだ。


「先生! 古道くんが熱中症で倒れました! お腹からぐーと鳴っています!」

「はあ? 昼休みの後だぞ? 熱中症? 体育授業前で飯抜きする馬鹿がいるか?」


 ……その馬鹿がこの俺ですよ。すみません。体育の授業を舐めてました。許してください。なんでもしますから。命だけは助けてください。

 と、俺は担架に乗せられ、保健室に搬送された。

 なんだかみっともない姿を晒したような気がする。

 

◇◇◇


 放課後になると、俺は養護教諭から菓子パンをもらった。そのため、俺は元気になり、教室に戻る。鞄を取りに行こうとしたのだった。今日はラノベの販売日。なので、書店に寄ってから帰宅する。細やかな幸せが俺を待っていたのだ。

 と、俺は教室の扉を開くと、教室の中には玲子が真ん中に座っていた。


「げ……」

「ゲとは、どういうことですの?」


 玲子はふんと鼻を鳴らすと、不機嫌な表情になる。だか、なぜかチラチラと俺の表情を眺める。

 ……なんだろう? どうして、彼女はそんな挙動不審な態度を取るのだろうか?

 でも、俺は彼女のことを気にせず。なんでもないような表情を浮かべながら自分の席に戻る。

 玲子の席を通って行くと、彼女は痺れを切らしたかのようにガミガミと俺の方へ言葉を投げ出す。


「ちょ、ちょっと、無視ですの? 私、貴方が帰ってくるのを待っていたのですわ」

「え? 俺になんか用か?」


 俺は玲子の方を眺めると、彼女はモジモジとしたようにどこか恥ずかしそうな態度を取る。


「あ、貴方が熱中症と聞いて、心配したわ」

「え? 俺のことを心配したの」

「そ、そうですわ。貴方の昼ごはんを奪ったせいで貴方が熱中症になってしまって……」


 なるほど。俺が熱中症になったことに責任感を抱いたと言うわけだな。

 けど、昼のことは気にするなと言ったのに、まだ気にしているのか。

 なら、俺は再び同じことを言うしかない。


「昼のことは気にするな。俺がやりたかったことだ」

「しかし……」

「しかし、もねえよ。好きでやったからこうなった。自業自得だ」

「…………」 


 玲子は何も言わずただただ体を震わせながら、唇先を噛み締めていたのだ。

 うーん。どうやら、俺の言葉が届いていないのだろう。まあ、いいか。俺がしたいだけの大馬鹿者だと思えばいい。

 俺は自分のカバンを取り出して、帰宅しようとすると、彼女は意外な言葉を尋ねる。


「貴方はどうして、弱っている人助けるのですか?」


 そう聞いた俺は、うーん、と一瞬考える。

 そして、お婆ちゃんがいつも口にしていることを放つ。


「まあ、世の中はそんなものだよ。弱者を救うのが強者の役目というのが世の理ということだ。なんだっけ、ノブルオブルジュア? だっけ? 知らんけど」

「……」


 あれ? うまくネタを披露したつもりだけど、滑ったか?

 そうか。俺は滑ったのか。いいことを言ったつもりだけど、なんだか、いいことに聞こえないのだ。

 仕方がない。俺はさっさと退散しようとする。


「み……」

「ん?」

「認めませんわ。弱者を庇うなんて、屈辱ですわ」

「ええ。なんでそうなる」

「貴方は私が弱者だと思って焼きそばパンを渡したのですよね? 屈辱ですわ。私は弱くない!」


 ええええええええ。なんで、そんなことになるんだよ。

 俺はただただ、困っている女の子を放って置けないから焼きそばパンを渡しただけだ。

 うん。やっぱり触らぬ神に祟りなし、触れた神に祟りがかかったのだ。触らぬ悪役令嬢、祟りなしっていうことか?

 玲子と関わるべきではなかった。


「決闘ですわ! 決闘! 誰が弱者が決着をつけようではありませんか!」

「俺の負けでいいから」

「ダメですわ。明日の昼休み! 道場で待っていますわ!」


 玲子はきっぱりと言って俺に指を指す。

 ばっくれようとする俺はその場から逃げようと廊下へ目線を送るが……


「これは大スクープです! あの悪役令嬢が男子に決闘を申し込んだ!」


 報道部の鈴木さんがその場に居合わせしたのだ。

 鈴木さんはテンション高くするように、教室から去り、廊下を駆け抜ける。

 明日はきっと、俺と玲子の決闘が大きく報道されるのだろう。

 うむ。困ったことだ。

 それで、決闘って何で決闘をするの?


◇◇◇


とうとうやって来た翌日の昼休み。

俺は玲子に道場へ連れられるてくる。すると、道場の周りには野次馬が大量にいた。みんなは道場の周りを囲むように声援を送る。

しかも、体育の教師まで俺たちの決闘の仲裁になってくれているという言い出し。

 え? 決闘でこんなに盛り上がるイベントだっけ? この学校、祭りごとが好きすぎないか?

 俺は呆然と道場の真ん中にながら、周囲を見回す。ボッチな俺に声援をくれるものは……いなかった。

 首を傾げながら考える。どうして、こんなに大ごとになったのか。

 それはきっと朝の放送で、俺が玲子と決闘することを大きく報道したのだ。

 とはいえ、俺は決闘するとは一言も言っていない。

 でも、逃げることは許されない流れになってしまった。

 ……困った。実に困ったものだ。


「待っていましたわ。古道博樹! 貴方を倒しますわ!」

「……なんで剣道なの?」


 玲子は道着と袴を着用しながら、竹刀を俺に向けて指す。

 ……なんで、剣道服? しかも竹刀なの?

 てっきり、フェンシングだと思ったけど、ここは和式の剣道なんだね。


「日本の決闘は剣道ですわ」

「……お前は剣道はやったことあるか?」

「私、剣道部の部長で、三段を取得していますわ」

「クソ強えじゃねえか……」

 

 ちなみに俺は初段すら取得していない。ペーペーなのだ。

 竹刀さえも触ったことがない。だって、俺の主義は箸より重いものは持たない主義なのだ。うん、クソッタレな男だよ。俺は……

 悔やんでも仕方がない。俺は玲子が渡してきた竹刀を取ると振ってみる。

 うん、重い。俺が取るようなものじゃないな。 


「あのさ……」

「負けを認めるなら今のうちですわよ」

「じゃあ、認めます。貴方の勝ちでいいです」

「ちょっと! 何逃げているのよ」


 ……いや、だって、負けを認めていいって言ったじゃん。

 まあいい。俺は自分が聞きたいことを尋ねる。


「俺、防具とか持っていないけど? どうやって決闘するんだ?」

「その心配はご無用ですわ。私が手配しましたわ」

 

 玲子は指を鳴らすと、どこからか知らないけど、いきなり俺の背後からメイドさんが現れた。


「こちらが防具でございます。古道様」

「うわ! びっくりした」


 メイドは防具セットを俺の方に差し出す。

 このメイド、ただものではない。人を殺したかのような目つきだ。

 さすがは瑞穂財閥の一人娘の護衛、というべきなのだろうか。


「じゃあ、その防具を着用しなさい。それと私と決闘しなさい」

「はいはい」

「はいは一回!」

「はい」


 俺は返事をすると、防具を着用する。

 剣道服はないけど、防具だけあればいいや。動きはスラックのズボンと学生服である。その上から防具を着るような変な格好になる。

まさか、こんな格好で剣道をするなんて思わなかった。

袴を用意すれば良かったな。


「ルールはどうするんだ」

「ハンデを差し上げますわ。私に一本を取れたら貴方の勝ちでいいですわ」

「……殺す気満々じゃねえか」


 俺はそういうと、彼女はふんと鼻を鳴らすとお面を被る。

 俺たちは防具を着用すると、竹刀を構える。


「じゃあ、両方! 構え!」


 体育の先生が合図をすると、俺は適当に構えをする。

 確か、相手の喉笛を狙うんだっけ? しらんけど。

 適当な位置に構えをし、俺の手から汗が籠手に染みる。

 手汗がすごいことに気づく。

 どうやら、俺は長期戦には向いていない。さっさと決着をつけて終わりにしよう。

 ……そう、この俺が負ければいいはず。


「初め!」


 合図が放たれると、玲子は前に進んでくる。

 あ、これは終わったな!


「面! 面! 面!」

「ちょ!」

 

 玲子は手加減することなく、竹刀の嵐を繰り広げる。

 俺というと、ただその面を避けるだけしかできなかった。たまに当たるけど、クリーンヒットしないため、得点にはならないのがこの剣道のルール。

 それに彼女は手加減をしないため、打撲が痛い。

 ……素人に本気になるのは、なぜなぜ?

 俺は避けるのが精一杯だった。

 相手に得点を与えないことが、俺の唯一の行動である。

 

「逃げだけでは、私を倒せませんわ」

「……わかっているよ!」


 俺は反撃をするように、竹刀を薙ぎ払う。

 彼女はバックステップをするように避ける。さすがは剣道部の部長だ。素早い。

 俺というと、竹刀を構うと集中し出す。

 明鏡止水……曇りの無い鏡のように、静かで止まった水のように目を閉じた。

 玲子が攻めてくるところを狙って……そこだ!


「め、めーん!」


 俺は足を前へ進ませて面を狙う。

 でも、玲子は一歩を足を引く。俺の攻撃を避ける体制に入った。


「甘えですわ! その攻撃、見え見えですわ!」


 と、避けようとするが……

 俺の足を絡まったせいで狙ったところより前に伸びる。

 前へ転倒しながら面を打つのだった。

 

「あれ?」

「なっつ!」


 ばちん! と玲子の頭にクリーンヒットすると、俺は玲子の方に向けて転倒する。

 玲子も俺が飛んできた勢いで、後ろの方へと転倒した。

 結果、俺は玲子の上乗り状態になる。


「イタタ」


 俺は自分が転倒したのを理解できず、前を見る。

 すると、そこにはいい香りをした美貌があった。お面とお面がぶつかる距離に、俺たちは目が合った。ジャスミンの香りが俺の鼻に刺激をする。

 綺麗な黒い瞳と顔立ち。それは玲子の顔だ。

 玲子と俺の距離至近距離であった。玲子は真っ赤な表情を浮かべていた。息と息が感じるほど俺たちはそんな距離にいたのだ。お面だけが、俺たちが接触しないように阻んでいた。

 ドクドクと心臓に早鐘になる。


「面あり! 古道一本!」


 と、審判が声を上げると、俺はハッとなる。

 そして、周囲を見回すと野次馬は大盛上げで声を上げた。


「おおおおおおおおおお! あのやろう! 悪役令嬢に勝ったぞ!」

「これは大ニュース! 女子剣道部の部長が男子に敗北する!」

「すげえ。見事な面だったぜ! 見直したぜ、古道」

「はい。食券十枚な。俺の勝ちだ!」


 と、周囲は訳のわからない盛り上がりをしている。

 ってか、俺に食券かけるやついたのかよ!

 俺はそそう呆れていると、玲子は震えた声を上げてくる。


「あ、あの〜いつまで倒れているつもりですの?」

「す、すまない。すぐに退けるから」


 俺は慌てて、彼女の上から退ける。

 絡まった足を立たせてから、元の位置に戻る。

 でも、俺が一本を取ったため、勝負は俺の勝利に決まったのだ。

 お面をとり、俺は恐る恐ると玲子に様子を伺う。

 もしかすると、彼女は怒り出すんでは無いかと思った。

 

「み、瑞穂……」

「決めましたわ」

「え?」


 玲子は俺の方へ顔を向けると、にっこりと微笑む。


「貴方。私の婿になりなさい!」

「なんでだよ!」

「貴方は私より強いですわ。なら、私の婿になる資格がありますわ」


 そんな土壇場な宣言に、報道部の鈴木さんは目を逃すことはなかった。


「おっと、ここでプロポーズ宣言! これは大スクープ」

「ちょっと、話を誇張するのをやめて!」

「さあ、古道くんの返事は!」

「だから、人の話を聞けって!」

「私は貴方だけのお嫁さんですわ」

「お前も頭メルヘンになっているんじゃないよ!」


 と、まあ、ドタバタラブコメディーに発展してしまった。

 なんで、こうなったか。俺が知りたい。

 神様、一発ぶん殴っていいですか?

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