とかげとねがい星

祇園ナトリ

とかげの恋

 その日、とかげは夜空でまたたく一人のねがい星に恋をしました。


「ねがい星さん、ねがい星さん。はじめまして、ぼくはとかげです。どうか聞いてください。ぼくは、あなたのことが好きになってしまいました。一緒にお話しましょう、ねがい星さん」


 とかげは暗い黄緑の身体を一生懸命空へ伸ばすと、甲高い声で思い切り叫びました。

 しかし、ねがい星はとかげの呼び掛けにうんともすんとも返さず、真っ黒な絵の具で塗りつぶされたキャンバスでまたたくのみでした。


「ねがい星さん、ねがい星さん。お話しましょう。今日はとってもいいことがあったんです」


 けれど、とかげは諦めずに毎日ねがい星へ話し掛けました。静かに呼吸をするだけの綺羅星きらぼしに、とかげは小さな身体を振りながら、毎日欠かさず話を聞かせました。


「ねがい星さん、ねがい星さん。お話しましょう。今日は星の海がとっても綺麗ですよ」


「……お前、どうしてそんなにわたしに話し掛けてくるんだい」


 それから、七回目の夜。ようやくねがい星はとかげの声に応えました。それは、厳かで、美しい声でした。

 突然のことにとかげは飛び跳ねて喜ぶと、うきうきとしながらねがい星の質問に答えます。


「それは、ぼくがあなたのことを好きになってしまったからです。ねがい星さん、僕とおともだちになってください。お話しましょう」


「嫌だね。お前じゃだめだ。お前の光は小さすぎる。小さすぎて、目を覚ました時に何処にいるか分からないじゃないか」


「それでは、あなたが目覚めたときに、ぼくが毎日大きな声で話しかけましょう。この七日の間のように、ぼくがあなたにお話を聞かせましょう。それだったら、あなたでもぼくを見つけられるはずです」


 とかげがそう言うと、ねがい星は再び口を閉ざしてしまいました。周りの星が、きらきらと笑い始めます。どうやら、小さなとかげの大きな声は、ねがい星の周りで光る星々にも届いていたようです。


「いいじゃない、ねがい星。だってこの子、七夜の間ずっとあなたに話しかけていたのよ。あなたはねがい星なんだもの。お願いくらい、叶えてあげなくっちゃ」


 すると、きらきらと笑う星々の中で一際輝く夕星ゆうづつが声を上げました。夕星が話すと、辺りがわっと明るくなります。星々は一層楽しそうに、そうだそうだと夕星に賛同しました。


「ああ、うるさい、うるさい! 分かったから静かにしてくれ。これから毎日、とかげと話す。お前とわたしはともだちだ。これでいいだろう」


 夜空がうるさく光出したのを見て、ねがい星は思わず悲鳴を上げました。それから、ねがい星が投げやりにともだちになることを認めたのを見ると、夕星と星々はおかしそうにきらきらと笑いました。


「やったぁ、やったぁ! それでは、これから毎日お話しましょう。夜が明けるまで、たくさんお話をしましょうね」


 それでもとかげは嬉しくて、小さな手足をばたつかせながら何度も何度も飛び跳ねて喜びました。

 こうして、小さな暗い黄緑色のとかげと、煌びやかで真っ白なねがい星はともだちになったのです。


︎✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎


 それから、冬が来て、夏が来て、また冬が来て、七度目の夏が来た時でした。


「……ねがい星さん、ねがい星さん。なんだか今日は、ひどくぼんやりとした夜ですね」


 とかげは、いつものようにねがい星へ声をかけました。しかし、もうすっかり歳をとってしまって、昔のように大きな声が出せません。それでもぜいぜいと息を吐いて、いつか約束した通り、遠くのねがい星へと必死で話しかけていました。


「なんだい、とかげ。お前、死ぬのかい」


 そんなとかげの姿をみたねがい星はびっくりして、思わず大きな声を上げました。ゆらゆらと綺羅星はまたたきます。心なしか、ねがい星の姿がじっとしているとかげの元へと近づきました。


「ああ、どうやらそのようです。もっとあなたの声を聞いていたかったのに。もっとあなたと、色んな話をしたかったのに」


 とかげはゆっくりと目をつむりました。呼吸も静かになっていきます。とかげは、自分が星になる時が来たのだと、ただ静かに理解しました。


「嫌だ、死ぬな、死ぬな、とかげ。お前が死んだら、どうしたらいい。わたし一人では、夜が来たことに気がつけないではないか。夜が来たことに気がつかずに眠りつづけてしまったら、いったいどうすればいいのだ」


 ねがい星はまたたきながら、ひとつぶ涙をこぼしました。こぼれた涙はほうき星となって、夜空をかけていきました。


「ごめんなさい、ねがい星さん。ぼくは先にゆきます。あなたと話せて、しあわせでした。……さようなら、あいしています」


 星の光を浴びたとかげは、最期にねがい星へ愛を遺すと、静かに星になりました。それは、とても安らかな寝顔でした。とてもしあわせそうな、寝顔でした。


「ああ……どうして。どうしてお前は、いつもそうして、わたしを遺して先にいってしまうのだ」


 ねがい星は、またひとつぶ涙をこぼしました。生まれたほうき星が、悲しい顔をして夜空をかけていきます。


『ねがい星さん、ねがい星さん。はじめまして、ぼくは恐竜です。どうか聞いてください。ぼくは、あなたのことが好きになってしまいました。一緒にお話しましょう、ねがい星さん』


 ねがい星は、とかげと初めて出会った日を思い出しました。あのころのとかげは、今よりもずっと大きなとかげでした。今よりもずっと大きい、暗い黄緑色のとかげてした。


「……お前がいなければ、また、つまらない夜が始まってしまうでは無いか」


 そうして、ねがい星は一人で泣きました。やがて、こぼれた涙がいくつもいくつも星になって、ほうき星となるのでした。

 ほうき星は静かに歌いながらかけていきました。星々も歌い始めました。とかげがゆっくりと眠れるように、あまたの星はいつまでも歌いつづけるのでした。

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とかげとねがい星 祇園ナトリ @Na_Gion

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