第5話 北の『カクリヨ』~序層~

「……案外中は寒くないのだな」


「『カクリヨ』は奥になるにつれ寒くなるのです」


「そうか……」


 威厳の欠けらも無い顔で嫌そうにするラウル。そういえば人間に変身していても体質は変わらないんだな。


 『カクリヨ』の中は『サイハテ』の洞窟らしい様子と異なり、人工的な建物のように見える。

 城壁のように綺麗に積まれたレンガに道が囲まれており、触れるとひんやりと冷たい。


「全部で三階層と、それぞれにボスの待つ部屋があります。序層は魔物も弱くて楽ですから、早めに抜けたいところですね」


 セッタはニエを背負いながらも、平気な様子で歩いていく。ニエは背中に揺られてまた眠り始めた。

 ニエくらいの小さい子供特有なのだろうか? イテゾラへの移動中もよく寝ていた。


「ふむ……早めか。ちょっと全員耳を塞いでいてくれ」


「……? 何をす――」


 俺はバカだ。何をするかなんてどうでもいい、時点で全力で警戒しなきゃいけなかった。

 ……だって、ラウルだし。


「オ、オ、オォ█ァァ██████ッ!」


 鼓膜が破れそうな声量って訳じゃないし、全身を打つような衝撃があった訳でもない。

 なんなら言語としては聞き取れなかったし、狭いダンジョンの通路って考えたら控えめだったのかもしれない。


 ――けれど。


「……どうした、イド? そんなギルドから借りた剣では私は切れないぞ」


「ハアッ、ハアッ、ハアッ……お前……ほんっと……バカ……バカだよ……」


 俺は最初の勘違いの時のように、ラウルへと斬りかかっていた。

 前回はちゃんと意識していた。強く感じた怒りに対し、俺は自ら剣を抜いてラウルに飛びかかった。

 今回は違う……剣を。本能みたいな部分に強烈に訴えかけてきたのだ。


「じゅ、寿命が減りました……」


 気付けばセッタも槍を構えながら、かなり離れた位置まで逃げていた。胸に手を当てて息を整えながら、ゆっくりとこちらへ戻ってくる。

 ニエはその背中で寝たままだ。ある意味一番の大物かもしれない。セッタもきちんと守ってくれたわけだし、これなら信頼出来る。


「ラウルお前なぁ……」


「なに、ちょっと驚かしただけだよ。私より弱い生物が近寄らぬようにな」


「先に言ってくれ……」


 すまないと謝りながらも、ラウルはニヤニヤとこちらを見ている。

 悪辣な笑みはちょっとドラゴンっぽい、加点しよう。


「な……なんだよ」


「イド、お前は立ち向かってくるのだな」


「何嬉しそうにしてんだよ……違うからな? 前衛やってたクセだよ、クセ」


 俺がラウルと同格とでも言いたいんだろうか? なわけあるか!

 正直、心臓が爆発するかと思った。次のダンジョンではちゃんと耳を塞ごう……。


「違うね、イド。お前はセッタのことを一瞥もしなかった。後衛を気にする素振りがないのに前衛のクセ?」


「……セッタは後衛じゃない」


「ニエもいる。それに、守るべきものを気にするという意味なら同じだ。苦しい言い訳は図星だと明かしているようなものだぞ?」


  ……こういう勘の鋭さはやっぱり格を感じる。ただ、別に完全に図星ってわけじゃない。そもそも気にかける余裕すらなかったんだから。


 まぁ、少しトラブルもあったが、それからの道中はたしかに楽になった。

 セッタの持つ地図を使い、一匹の魔物と出会うこともなくスイスイと進んでいく。



 普通はどんなに早くても二日かかるとセッタが言う序層は、たった半日ほどで最終地点へと辿り着いた。


「この先です。お二人には無用の心配かもしれませんが……気を付けて」


 ボスはスノウウルフの亜種、ブリザードウルフらしい。単純に体格からして倍ほどある。

 名前通り吹雪を操り、雪に紛れて奇襲をしかけてくる。獲物の体力と体温をジワジワ奪って殺しにくる厄介な敵だ。


「俺は下位のダンジョンで戦った事があるから先導する。こっちの気配に気付いてるだろうし、入ったらいきなり吹雪の中だから気をつけろ」


 念の為俺が先頭、続いてラウルとセッタが続くようにして並び、力強く扉を押した。


(あれ? なんか軽いな……?)


 吹雪で重たくなっていると思った扉はすんなり開いた。しかも、感じた通り吹雪が起きていない。


「…………マジか」


 『外の魔物』の同種はスノウウルフを引連れ、数々の勇者を葬ってきた白銀の狼。

 毛皮は高値で取引され、金に目が眩んだ人間を嘲笑うように引き潰してきた誇り高き獣。


 そのブリザードウルフは今、入口のすぐ側で仰向けに寝っ転がっていた。


「すまん、やりすぎた」


「……いいよ、なんか恥ずかしいけど」


 わざわざ説明までして警戒した俺がバカみたいだ。これは言うまでもなく完全降伏の姿勢、こうなれば『お手』だってさせられる。


「どうします? 殺しますか?」


 俺達はしょせん他所者。『カクリヨ』の管理をしているセッタに伺うべきだろう。


「……まだ若い個体のようです。素材としての価値も低い。生かしましょう」


「了解」


 ボスであるブリザードウルフが降伏し、続く層への扉は既に開いている。

 俺たちはそのまま横を素通りして、序層を突破した。

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追放された元勇者、無能の烙印を押された少女を拾う。~修復スキルでダンジョンに追放された元魔王軍四天王を手懐けて、元凶の魔王にカチコミに行く~ 読永らねる @yominagaraneru

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