一章 北の『カクリヨ』
第4話 銀翼の証
「さびびびび……」
「へくちっ!」
北にある四大ダンジョン、『カクリヨ』を目指す道中。俺達は馬の使えない山道を歩いていた。
雪はそこまで強くないが、肌を刺すような乾いた寒さに鼻が痛い。
ニエが寒がっているのは分かる。ただ、隣で可愛らしいくしゃみをしているこのドラゴンはなんなんだ?
「……ラウル」
「仕方ないだろう変温動物なんだから! 寒さは苦手なのだ」
ニエはモコモコの服を可愛らしく着ている。ラウルも似た作りの服でサイズが大きいものを着ているのだが、今はツノと尻尾を隠していないせいでそういう生き物にしか見えない。
「ドラゴンが変温動物とか言うな」
「何なのだ? たまに出る貴様のドラゴン神格化は……」
「好きだからだよ」
ダンジョンに潜る勇者ならみんなドラゴンは大好きだろ? 男の子が好きなものといえば剣と魔法とドラゴンなんだよ。
「わ、私は雄だ!」
「そういう意味じゃねぇよ!」
一丁前に顔を赤くしているのがなんか腹立つ。ドラゴンってのはあれだろうが!
『格の違いを愛と倒錯する愚かな生物め』とか言ってくれるんだろうが!
よりにもよって魔王軍四天王がこんなに人間味豊かなドラゴンだと思わないだろ……俺の幻想を返してくれ。
「……お、アレじゃないか?」
北の『カクリヨ』に限らず、大きなダンジョンの近くにある街は栄える傾向にある。
湾曲した崖に寄り添うように作られ、北の『カクリヨ』に集まる人間相手に宿屋などの産業で栄えた街・イテゾラの入口が見えてきた。
「待て! そこの大きな女、
……門兵か。
イテゾラの入口には二人の男が立っていた。街の紋章が入った鎧を着ているところからして間違いないだろう。
「……どうする、イド」
「任せときなよ」
半魔と呼ばれるのは人と魔物のハーフや亜人系の魔物。厳密には後者は魔物で前者はそうではないけど、普通の人に区別はできないし、区別する意味もない。
テストを受けて許可証を得れば半魔も人間と同じように扱われるのだが、労働や行いによってそのグレードは異なる。
基本的に大きな国や町であればあるほど、その敷居は高い。
「あ〜、大丈夫だよ。俺のツレなんだ」
俺は懐から銀製のネックレスを取り出して門兵へと見せた。
「銀翼……まさか! 【白亜の灯】のメンバー!?」
「うん。イド=カインツリーって分かるかな」
「もちろんです!!! しょ、少々お待ちを!」
ギルドには俺の装備、顔、髪色なんかの特長が登録されてる。その照合に行ったんだろう。
くせ毛の金髪、濃い青の瞳、気にしてる童顔……。結構わかりやすいと思うんだけど、覚えにくい顔とも言われたことがある。
銀翼のネックレスは勇者パーティーの中でも最上位の実力を持つ証で、東西南北それぞれの国に一組ずつしか登録されない。
分かりやすく言えば、俺は世界で上位四組の勇者パーティー、そのリーダーだ。過去形だけど。
「お待たせしました! ギルド長がお呼びです、どうぞこちらへ!」
戻ってきた門兵はそう言って案内しようとしてくれた。そして、さっきまで持っていなかった彫刻刀が握られている。
「あ、あの……」
「いいよ。剣? それとも鎧?」
「さ、鞘でお願いします!」
彫刻刀と鞘を受け取り、丁寧にサインを刻む。地方ではよくある話だ。
最初の頃はきちんと座ってしていたんだけど、逆に畏まらせてしまうからやめた。
「……君もどう?」
「よ、良いのですか!?」
「いいよいいよ、もちろん」
こちらを見てソワソワしていたもう一人の門兵にもサインをあげた。
誰かの憧れになるってのはやっぱり悪い気はしない。俺の憧れはまた可愛いくしゃみをしているけども……。
「イド、にんきもの?」
「ん〜、ほんのちょっとね」
のんびりと歩いていると、いつの間にか左右に人だかりができていた。
「銀翼の勇者様だって……」
「やっぱり噂を聞いて……」
「でも小さい子供を連れてるよ……」
……噂? 何の話だろう。
気になるけど、足を止めて聞きに行くのはちょっと威圧感あるよなぁ……。
後ろ髪を引かれつつ、ギルド長の待つギルドの二階へとたどり着いた。
「ようこそいらっしゃいました、イド=カインツリー殿。ギルド長を務めております、セッタと申します」
老獪な雰囲気のセッタは、丁寧にお辞儀をして迎えてくれた。
ギルド長の部屋は暖房が効いていて暖かく、ニエはソファに座るなりウトウトし始めた。
「すみません……」
「とんでもない! 子供は可愛いものですから」
おおらかに笑うセッタ。年齢は五十程だろうか? 歳を召していても分かる、これは若い時相当強かっただろうな。
白髪も多く、口髭も白っぽくなっている。服は少し古い型の勇者が着る装備だ。
武器は帯びていない様子だが、座っている椅子の後ろにある槍はセッタのものかもしれない。
ギルドの壁にはモンスターの一部が飾ってある。このギルドで倒したんだろうか? セッタだったりしてね。
スノウウルフの毛皮、アイスゴーレムの瞳、ダストダスターの破片。四大ダンジョンの序盤に出てくるとはいえ、どれも強敵だ。
「……さて、お呼び立てした理由についてお話しましょうか」
「あ〜……ツレのラウルは半魔ですけど、人は襲ったりしませんし戦力としては――」
ラウルについて説明を始めたはいいものの、セッタは苦笑いをして黙っている。
あ~~~これ早とちりして外してるやつだ。
どうしよう、恥ずかしい。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「すみません、歳をとると話すのがゆっくりなもので」
気まで使われ、何事も無かったかのようにセッタは話を始めてくれた。
「まず先に……イテゾラにいらっしゃった理由は北の『カクリヨ』への挑戦でお間違いないでしょうか?」
「そうですね」
「……よかった」
セッタはホッと胸を撫で下ろす。ダンジョン絡みの案件のようだ。
一呼吸置いてからセッタは続ける。
「北の銀翼、【極星の歌】が『カクリヨ』から帰還していないのです。今日でもう二週間……三日前に捜索を依頼しましたが、そのパーティーも帰ってきておりません」
全滅の二文字が頭をよぎる。たとえどれだけ力があろうと、ダンジョンは何が起こるかわからない。
「……全滅かどうかの確認になるかもしれません。ですが……もし攻略の道中で可能なら救出していただきたい!」
「……なるほど」
事情は分かった。ただし、気になることは幾つかある。その上で最初に言っておかなければいけないことが一つある。
「条件が一つだけあります」
「……なんなりと」
「ニエを……この子を見ていてくださいませんか?」
俺が寝息を立てているニエの頭を撫でながらそう言うと、セッタはにっこりと微笑んだ。
「お安い御用です。その代わり必ず帰ってきてください、二人で待っておりますから」
「いえ……あの、ダンジョンの中でです」
「……はい?」
セッタは何を言ってるんだという顔で困惑している。
「その子の力が必要なんです、お願いできますか?」
「……分かりました、命に替えてもお守りしましょう」
北の『カクリヨ』攻略の準備は整った。帰ってこない北の銀翼……『カクリヨ』は『サイハテ』よりも更に難易度が高いのかもしれない。
「暖かい部屋はいいな……明日にしないか?」
ふにゃふにゃになったラウルを見ると、だんだん不安になってきた。
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