第3話 まずは腹ごしらえ

「あちくておいしい」


「ニエ、やけどするなよ」


「もう一枚頼む」


 地上に戻ったのは久しぶりだ。『サイハテ』に潜ってからだから……二週間ぶりくらいになるだろう。

 みんなで食べているのは具を乗せて焼いた平たいパン、俺の故郷では平パンなんて呼んだりした。

 トマトやチーズが基本、肉や魚なんかも乗っかっていて非常に美味い。ラウルは一人で何枚も食べているが、こんな見た目の美女が何枚も食べていれば嫌でも目に付く。


「……私の変身はなにかおかしいんだろうか?」


「いや、一人だと二枚食べたら多いほうだからな。四枚も食べてるラウルが珍しいんだよ」


「五枚だ」


 どうでもいい指摘を聞き流す。

 ちなみにラウルにはツノやしっぽなどを隠してもらっている。よくよく注意してみなければ、珍しい髪色の人間に見えるはずだ。


「ニエも五まいたべる!」


「あぁ、頑張れ」


 ニエはニエで平パンに大興奮。口の周りを汚しながらもりもり食べている。

 なんだか子供ができたみたいでソワソワする。保護者とはこういう気持ちなんだろうか? あぁ、別れた仲間の一人のことを思い出す、元気かなぁ……シマ。


「……ところで、ニエという呼び方は変えないのか?」


「……? なんで?」


「それは……そのだな……」


「ニエの名前はお母さんにもらった。ニエはニエ」


 なんだ……俺もラウルの気持ちがよく分かる。てっきり生贄からきているものかと思ったが、ちゃんとした名前らしい。


「……お腹いっぱい。五まいは無理かもしれない」


「任せろ」


 何枚食うんだコイツ……外見は変わっても、中身はドラゴンのままだったりするんだろうか? 体格はかなりいいにしろ、この身体のどこに平パンが八枚も入るのかわからない。

 ニエの残した二枚目の半分を食べると、俺達は店をでた。


 今後の作戦会議のため、宿をとることにした。ただでさえラウルは目立つし、人にあまり聞かれたくない内容でもある。

 街に来る過程で疲れたのか、ニエはベッドに寝転がる。そのままで話し合えるよう、俺はベッドの上に地図を広げた。


「さて、今俺達がいるのが東側。飯がうまいのは何と言っても西、平和で過ごしやすいのは南。北のいいとことは……あんまないな」


「……さて我が主様よ、次のお願いは何にする?」


 お腹が膨れたから第一の目標はクリア、ラウルがダンジョンの宝物を持ち出して換金したので懐はかなり温かい。


 ニエは地図を眺めてなにやら黙り込んだ。


「……見たことある。お母さんのいるところ……教えてもらった」


「ちゃんと覚えてて偉いな。いくらでも連れて行ってやるさ」


 母との再会が次の夢ならそれもいい。そう思ったのに、ニエが指さす地図の場所を見て絶句した。


「……魔王城」


 世界の中心に堂々と座す、全ての勇者にとっての最終目標地点。

 魔物の王たる魔王が住む魔王城を、ニエは指さしていた。

 

 魔王城周辺の魔物は強力な個体ばかり。大規模な討伐隊が組まれたことは数度あるが、まともな成果が得られたことはほとんどない。


「ニエ、お母さんは城の中にいたのか?」


「うん」


「……会いたいか?」


「…………うん」


 ニエは不安げに、でも確かに会いたいと答えた。


「……待てイド、お前まさか……」


 俺はニヤリと笑って地図の中心を指さす。

 大切な人とは一緒にいるべきだ。家族であろうと仲間であろうと、また生きて会える保証なんてないんだから。


「行くか、魔王城」


「おー!」


 ニエの嬉しそうな返事、それが何より嬉しかった。


「待て待て! 家族に会わせたいのは理解できるが、私とイドでこの子を守りながら城へ行くのは無理だ」


 ラウルの指摘はもっともだ。魔王城付近はそれこそ『サイハテ』に匹敵する危険な場所だ。ニエをどちらかが守るとして、一人で戦うのは難しい。


「……ではニエ、私のワガママを聞いてくれないだろうか?」


 しばらく悩んでからラウルは頭を下げた。


「私と同じように追放された仲間が各地のダンジョンのボスをさせられている。彼らもニエの力なら治るかもしれない……彼らがいれば魔王城でもどこでも行ける!」


「それは……」


 俺は言いかけた言葉を途中でとめた。そりゃ魔王城に行くために戦力が必要なのは分かる。けれど、協力してくれる保証がないし、治してから魔王軍側につかれたら俺達は人類の敵だ。


 ……多分ラウルはきちんと義理を通すだろう。でも、その仲間とやらがどうなるかは分からない。


「あ〜……ラウル。その助けたい仲間ってのはアレかな? 戦友とか配下とか……」


「いや、全員元四天王だ」


 ばっっっっっっかやろう! 絶対収拾つかないじゃん!


 あまりに気持ちが顔に出ていたのか、ラウルは慌てて弁明してきた。


「だ、大丈夫! まず第一に全員魔王に恨みを持ってる! ……はずだ。それに! ……その、人間を食わない」


「……弱くない?」


「何を言う皆最強の強者だぞ!」


 理由の方だよばかちん!!!

 なんだよ「はず」とか!!!


「……ラウル、その人たちのこと好きか?」

 

 不意にニエがそう聞くと、ラウルは即座に肯定した。


「もちろんだ。ライバルのようであり、親友のようなものだ」


「助けたいか?」


「助けたい」


「そーか」


 ニエはうんうんと頷くと、キラキラした目で俺を見た。


「イドは嫌か?」


「んぐっ……」


 嫌とかじゃなくて人類のピンチになりかねないっていう……。

 チラッとニエの目を見る。うわ〜キラキラしてる、すっごいキラキラしてる。


「心配なのは本当だ……けど、嫌とかそういうのじゃない。ラウルの仲間なら滅多なことはしないだろうし……」


 ラウルの方を見ると、顎に手を当てて眉間に皺を寄せていた。


「しないよな!?」


「グレイブは大丈夫……パナシも問題ないだろう……メタナンテがなぁ……」


 そのメタナンテとなやらが危ういらしい……でも、ソイツだけ助けないのは俺も気持ちが悪い。


「……後回しにしたら、先に助けた二人と止めてくれるか?」


「それはもちろん!」


「じゃあそうしよう」


「しよー!」


 不安が無いわけじゃないが、そんなこと言っててもどうにもならないだろう。

 ……俺も強くならなきゃな。


◇ ◇ ◇


「さて、問題はそのパナシとグレイブどちらを先に助けに行くか……」


「パナシは銀の人狼、グレイブはスケルトンだ。一番話が通じるのがグレイブ、まずはグレイブの北を目指したいところだな」


 ラウルはトントンと地図の北を指さす。


「……ちょっと待て、そういえば四天王たちが追放されたのって……」


 最高に嫌な予感がした。どうせ当たるんだろうと思いながらラウルの言葉を待つ。


「北の『カクリヨ』、南の『ユウコク』、西の『ダンガイ』だな」


「四大ダンジョンじゃねぇか……」


 東の『サイハテ』を合わせて、前人未到の四大ダンジョンと呼ばれる最難関。俺たちで挑むのか……。


「何を言う。イドこそたった一人で『サイハテ』最深部まで来たではないか」


「まぁ……それはそうなんだけど」


 なんというかヤケというか、死んでもいいやーと思うと……まぁそれはどうでもいいんだ。


「とりあえず北の『カクリヨ』目指してしゅっぱーつ!」


「おーっ!」


 『カクリヨ』にいるのはグレイブ。まともなやつだといいなぁ……。

 

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