第2話 無能の烙印

「し……信じられん」


「前よりずっと馴染んでる気がする……」


 これまでよりもずっと自然に動かせるようになった腕に、思わず頬が緩む。

 筋力も大幅に上がるはずなのにそうじゃなかったのは、つなぎ方が不十分だったからなんだろう。

 むしろ前よりはるかに力を感じる……慣れれば剣の威力もかなり上がりそうだ。


「ありがとう……本当に助かったよ、えっと……名前は?」


「……ニエ」


 ニエはそう言いながら上着の裾をめくってお腹を見せた。


「あっ……」


(……クソ、クソだよどいつもこいつも!)


「……? なんなのだ? それは」


 ラウルはニエのお腹を……右の脇腹に大きく付けられた焼き印を見て首を傾げた。


「――【無能の烙印】だ」


 何度か他のダンジョンでも目にしたことがある。要は生きた人間をダンジョンに捧げ、宝物や魔物の質を上げようって信仰だ。

 人が死んだら宝箱の中身が良くなると本気で思っているんだ、理解できない。


「この子くらいの年になると固有魔法……今はスキルって言うんだっけ? 誰でも使える一般魔法とは別に、特殊な魔法や能力が備わるんだ。【無能の烙印】を押されているのは役立たずのスキルだと判定されたってことだ」


「役立たず……ふむ」


 ラウルは部屋の隅まで俺とニエを誘導した。


「ニエ、私の後ろに隠れていろ」


「……? うん」


 チリ……俺は魔力を感じるのがそんなに得意な方じゃないけど、それでも首の後ろの毛が逆立つのを感じた。


 ラウルは口を小さく開け、口笛でも吹くようにふうっと息を吐いた。

 大きさで言えば松明の火と同じくらいだろう。ラウルの口からゆらゆらと火の塊が反対側の壁に向かって飛んでいく。


「お~」


 ニエは目を輝かせてそれを目で追った。たしかに可愛らしい芸のような見た目だが、俺は迷わずニエを抱きしめて叫んだ。


「ラウル! かがめ!」


 姿勢を低くし、羽をたたんだラウルが地面にピタリと身体を寄せる。

 その影に隠れるようにして、なるべく全身で包み込むようにニエを抱きしめた。


 数秒後。


 バガァァァァン!


 音だけで骨が折れてしまいそうな強烈な衝撃が飛んできて、少し遅れて熱風が全身を叩いた。

 何かが沸騰するような嫌な音がして、部屋の中に鉄臭い匂いが充満する。


「……おい」


「……すまない。数十年ぶりで加減が……」


 ラウルは申し訳なさそうに目を細めた。

 俺は腕や足に軽い火傷でなんとかすんだものの、庇いきれなかったニエのほっぺが少し赤い。

 ……あれだけの熱風でこれだけですんでよかった。少ししたら自然と赤みも引くだろう。


「……ラウル、ひどい」


「ぐあああああ!」


 子どもの素直な言葉が突き刺さるのに種族の壁はないらしい。ラウルがショックで固まっている。


「それにしても何だこの威力は……」


 高い天井でドーム型だった部屋は、ラウルの放った火球が着弾した場所から半分ほどが真っ黒に焦げ、着弾点は岩が溶けている。


「……私の取り戻した力を見て欲しくて」


 バツが悪そうにラウルはつぶやいた。今日一番の声の小ささだ。


「子供か!」


 まぁ気持ちはわかる。ニエの力が無能ではないと言いたかったんだろう。


「ニエ、キミの力はどんなものなの?」


「生きてないもの、なおせる。しゅうふく!」


 【修復】……? 初めて聞くスキルだ。【修理】や【鍛冶】なら結構いるはずなんだが。

 俺の腕とラウルのツノ、生き物の一部であるような気がするが……血が通っていなかったり、もともとの俺の腕じゃないのが鍵なんだろうか?

 ……なんにせよ、回復魔法は固有スキルじゃなく誰でも使える魔法。無能の烙印を押されたのはそういう理由だろう。


「……ニエ、貴女を我が主君とし、私の命を貴女に捧げたい」


 ラウルが神妙な声でニエにそう言った。顎を完全に地面に着け、絶対服従の意志を示している。


「……私は死んでいないだけの存在だった。力を失い、配下と友を失い、気力を失くしていた」


 ラウルはダンジョンにどれくらいいたのだろうか?

 仮に俺がもう一度腕を失って、ダンジョンにも入れず、やりたくもない仕事を延々とやらされたら……。あー、無理だ。考えたくない。


「貴女の願いを叶え、貴女の命を守り、貴女の道を切り開こう」


 ちょっと魔物の作法はよく知らないけど、人間にもこういう主従の誓いはある。

 主となる方が剣を手渡したりすると成立なんだけど……。


「いいよー」


 ……うん! うんうん、そうだよね。そうなるよね……。

 ラウルも苦笑している。人生を捧げる誓いとしてはあまりに軽い返事だ。

 人里でのんびり過ごす人生は俺にはもうないだろう。なら、俺もラウルと同じようにこの小さな主に仕えるのも面白い。


「……ニエ、俺も仕えて良いだろうか?」


「いや」


「えっ」


 てっきり同じようにいいよと言ってくれるかと思ったのに……。


「イドは人だからダメ」


「なるほど……?」


 なんだかよく分からない理由で断られてしまった。まぁ別に家来じゃなくても、仲間のお願いごとを叶えるくらい良いだろう。

 無事に(?)家来となれたラウルが恭しくニエに尋ねる。


「では我が主様、今一番のお願いはなんでしょうか?」


「ん〜……?」


 ニエは腕を組み考え込む。これで世界征服とか言われたらどうしよう……まぁラウルがいたらちょっと出来そう。


「ごはん食べたい」


「「はっ!」」


◇ ◇ ◇


 ……とはいえ困った。ダンジョンの食料は基本持ち込み。食えるモンスターがいないわけじゃないが、調味料は別れた仲間が持っていてあともなものは作れない。


「……中にいる他の勇者一行に分けてもらうか?」


 俺の提案にラウルはキョトンとした顔で首を傾げた。


「何を言ってる? ダンジョンから出て食べに行けば良いではないか」


「……ん? 俺とニエで食ってくるって事?」


 俺の返事にラウルは首を横に振る。


「いや、力を取り戻したから私もここから出れるぞ」


「……あ!」


 そういえばそうだ。ダンジョンから出られないのは力を失くしたから、ラウルもダンジョンから出れるんだ。


「じゃあ早速出ようか」


「おー!」


「………………待て」


 自分から出られると言ったくせに、何故かラウルが二の足を踏む。


「……どうした?」


「その……ダンジョンから出るには変身が必要なのだ。ドラゴンとしての私を縛るもの故、人間の姿になれば問題なく出られる。力を取り戻した今は変身も造作もないことなのだが……」


 やけに早口で言い訳? を並べるラウル。


「……変身が下手とか?」


「ちがう」


「きがえ、はずかしい?」


「ちがう」


「じゃあなんなんだよ……」


 孤高で最強なドラゴン様があんまりモニョモニョしないで欲しい。こっちがモニョモニョするわ。


 少し向あっちを向いていろと言われたので、ニエと一緒に壁の方を向いた。

 十秒ちょっと経ってから、後ろから声がする。


「も……もういいぞ」


 ん? やたら声が高いな? そう思って振り返ると。


「褐色美人巨乳ギザ歯ツノあり人外しっぽ付きドラゴンお姉さんだ!」


 失礼、なんか思わずとんでもない言葉が口に出た。

 …………褐色美人巨乳ギザ歯ツノあり人外しっぽ付きドラゴンお姉さんがそこには立っていた。


「ぶっ殺すぞ人間……ッ!」


「ごめん……つい」


 いや、本当に悪かったよ。でもお前も悪いよラウル。


「ラウル……おんなのこだったか……」


「私は雄だ! その……反転式の変身魔法しか使えなくてな。他種族になる時は性別が変わってしまうのだ」


 褐色美人巨乳ギザ歯ツノあり人外しっぽ付きドラゴンお姉さんはそう言い訳をした。

 確かにドラゴンの時は赤い鱗に白い肌だったので、青髪で褐色肌なのはそういうルールによるものなのかもしれない。


「……まぁ、出られるならいいか」


 元勇者、元生贄、元かっこいいドラゴンの三人で、俺達はダンジョンの出口を目指した。

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