第29話 本当のことを

「一体どういうことなの!?」


 戻ったふたりきりの勉強部屋でシルヴェステルに詰め寄った。


「どうもこうも、あのままではユスが恥をかく事態になりましたよ?」

「恥をかくって何? シルヴェステルこそ嘘ばっかり言って! 初めに防壁を塞いだのはこのわたくしなのよ!?」

「ユスが? どうやって?」

「とぼけないで! わたくしちゃんと魔術を使ったでしょう!」


 怒りに任せ風属性の言霊を唱えた。

 しかしいくら待ってもそよ風ひとつ起こらない。


「嘘、どうして」

「言ったでしょう? 魔力封印の禁呪は絶対に解けないと」

「だけどあのときシルヴェステルは封印の扉を開くって……」


 その直後ユスティーナは光る模様を潜り抜けた。

 そしてあんなにも自由に魔力を振るうことができたのだ。


「お願い、シルヴェステル……今度こそ本当のことをわたくしに教えて」


 涙交じりに懇願する。

 小さく息を吐き、シルヴェステルはユスティーナに向き直った。


「わたしはアレクサンドラ様から鍵を預かったにすぎません」

「お母様から?」

「ええ。ユスに禁呪を施したのはアレクサンドラ様なのですよ。この事実はユハ王も知らないことです」


 その言葉に息を飲む。


「アレクサンドラ様は貴女に眠る強大な魔力に命の危険を感じたのでしょう。ユスが初めて魔術測定を受けたときに、わたしもそれを痛感しました」

「え?」

「ですからわたしはあの日ユスの扉を閉じました。二度と魔術が使えないようにと」

「そんな、どうして!」

「初めて魔術を使った日、ユスは一週間目を覚ましませんでした。そして今回も。あの程度の魔力を使っただけで、貴女は三日も眠っていたのですよ」


 淡々とシルヴェステルは語っていく。


「だからって魔力があることを隠さなくたってよかったじゃない」


 ないのではなく、ただ使えないのだと。

 そう言えていたら、あんなにも馬鹿にされる日々を過ごすことはなかったはずだ。


「あるものは使いたくなるのが人情です。良いように利用され、ユスは今頃命を落としていたかもしれませんね。それに……」


 シルヴェステルは怖いくらい真剣な顔を向けてくる。


「貴女ほど魔力の高い女性は貴重です。子孫を残すべく、望まない出産を強要されこともあり得るでしょう」

「そんな大袈裟な」

「ユスも魔を見たでしょう? 恐怖は人を狂わせます。防壁が破られる日が来ないとも限りません。そのときユスに選択権は与えられないのですよ」


 あまりのことに言葉を失った。

 しかしシルヴェステルは一転、口元に笑みを刻みこんだ。


「と言うのが建前です」

「だったらどうして……」


 ぽかんと聞き返すと、シルヴェステルは再びふっと笑いをもらした。


「そんなもの、貴女を手に入れるために決まっているでしょう?」

「えっ?」

「それとも何ですか? ユスはわたしの元を離れて他の男に嫁ぐつもりでいたのですか?」

「だって……わたくし王女なのよ……?」

「そんなことは百も承知です。ですがそれがユスを諦める理由になるとでも?」


 じっと見つめられ、ユスティーナは動揺で目を泳がせた。

 口からはえ、あ、う、とよく分からない言葉しか出てこない。


「魔力があることが知れたら、ユハ王はすぐにでも貴女を有力貴族に降嫁させることでしょう。まぁそんなことは絶対にさせませんがね」

「だからわたくしの魔力に鍵をかけたの……?」

「そうですよ。ユスがわたしのものになる日まで、その魔力は邪魔以外の何物でもありませんから」

「だ、だけど平民のシルヴェステルがわたくしと添い遂げるだなんて」

「そのためにわたしはこうして努力してるんです。国にとって不可欠な存在になりさえすれば、貴女を妻に迎えることも夢物語ではなくなるでしょう」

「つ、妻に!?」


 よもやシルヴェステルからそんな言葉が飛び出るとは。ユスティーナの顔が真っ赤に染まった。


「し、し、し、シルヴェステルっ」


 壁際に追い詰められて、挟まれた腕に閉じ込められる。

 縮こまるユスティーナの手を掬い上げると、シルヴェステルはその細い手首の内側に触れるだけの口づけを落とした。


「嫌だと言っても逃がしませんよ? 覚悟しなさい、ユスティーナ」


 手を取られたまま、射貫くように上目遣いで言われる。

 腰が砕けそうになったユスティーナに笑みを刻むと、シルヴェステルはすっと体を離した。


「では今日の授業を始めましょうか。先日のユスの魔術は無駄が多すぎでした。もっと基本を叩きこまないとこの先思いやられますね」

「じゃあこれからも魔術を使ってもいいの!?」

「そんなもの、駄目に決まっているでしょう?」

「でもバレなければいいんじゃない。わたくしちゃんと黙っているから!」

「無理ですね。調子に乗ったユスが目に見えます」


 にべもなく返されて、ユスティーナは唇を尖らせた。


「だったらシルヴェステルと結婚するまで待てって言うの?」

「いえ、ユスがわたしの子を産むまでは安心できませんね」

「こ、こどもっ」

「いや、ユハ王のことです。婚姻後も国のため、ユスに多くの男と子を残すよう画策してくるかもしれません。ここはもうユスが子を産めない年にならないと……」

「そんなんじゃ、わたくしもうお婆ちゃんじゃない!! わたくしは今すぐ魔術を使いたいのよっ」


 必死に抗議するもシルヴェステルはどこ吹く風だ。


「ユス、いい子ですから潔く諦めなさい」

「諦められるわけないでしょう!」


 ぽかすかとシルヴェステルの胸を叩く。

 こうしてユスティーナの魔力を巡る攻防が、人知れずふたりの間で始まったのだった。



 第一部完

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