第51話 しあわせな結婚生活

 吹雪が降っていた。リシャールが憂鬱そうにため息をつく。


「はあ、今日はせっかく乗馬の練習だったのに。こんな吹雪だなんてなぁ」

 リシャールが隣で鵞ペンを紙の上に懸命に走らせているクローヴィスを見ながら言った。


 二人は一緒にエイダおよびレイドゥーニアの歴史について勉強していたのだ。


「うるさいなあ。自慢かよ。乗馬なんて兄上ばっかりずるい」

 クローヴィスが不貞腐れて文句を垂れる。


「クローヴィス、そんな顔しないで。あなただって七歳になれば稽古が始まるのよ。リシャール、あなたも自慢なんかして弟に嫌がらせしないでちょうだい」

 リリィが巻き物を片付けながら言った。


 リシャールが口でブー、という音を出す。リリィとクローヴィスが思いっきり顔をしかめた。


「呆れたわ」


 クローヴィスは乳母につれられて寝室に戻っていった。勉強部屋で親子二人だけになる。


「乗馬がだめなら午後は剣の稽古ね」

 リリィがリシャールに微笑みかけて言った。


「じゃあ母上とはお別れだ。ねえ、僕の剣の稽古を見ていてよ」

 うつむいて言う。


 何か真剣に悩んでいるらしい。リリィは我が子への愛情に胸がはちきれんばかりになった。


「あなたの剣の稽古を?もちろんよ。ねえ、そんな顔してどうしたの?」

 リリィがよく顔を見れるよう、しゃがんで聞く。


「父上のことを考えてるんだ」

 リシャールは愛らしくため息をついた。


「前いたお父さまのことね?」

 リリィが優しく言う。


「前は早く母上に会えますように、って祈ってた。優しいお母さんに会いたかったんだ。あのねママ、祈ったら本当に母上に会えたよ。でも父上には二度と会えなくなっちゃった」

 

 悲しかった。結局、この広い宮殿で本当の意味でリシャールに関心をもっていたのはエズラだけだったのだ。エズラがどんなふうに死んでいったのか、どんな人だったかは言えるわけがない。


「寂しいわね。でもお父様はね、天国であなたを見守ってるわ」

 リリィが慰めようとする。


「でも父上は偽物だったんでしょ?それに悪い人だったって」

 リシャールは静かに涙を流していた。

「ねえ、ママ、僕のそばにいて。やっと一緒になれたんだもの。僕から離れないで」


 リリィはいたいけなリシャールが可哀想になって強く抱きしめた。

「お父様はあなたを愛してたわ。あの愛情は本物だった。それにママもあなたを愛してる。だから絶対にあなたのそばを離れないわ」


 リシャールは母親のハンカチで涙をふきとると、シャンとして部屋を出ていった。


 暖炉の前に立ってほほえむ。


 今夜はレネーも寝室にいるはずだ。そこでリシャールの悩みについて話そう。それから過去のこと、未来のことを。すべてまるくおさまるはずだ。


 リリィ・リロイは幸せだった。

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[完結]夫に虐待されてた王妃、どん底からはいあがる 緑みどり @midoriryoku

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