第50話 結婚式・国境をこえて
レネー・ウィゼカがエイダの国王に即位してからきっかり三ヶ月後、皇帝の婚礼がイリヤ城で執り行われた。アレックス三度目の婚礼である。朝には晴れやかな鐘の音が響き渡った。通りにはパンとワイン樽が山と積まれている。
都には戦争の跡形は消えてなくなっていた。子どもたちがはしゃぎながら通りを裸足で走り回っている。
しびれをきらした花嫁が馬車の迎えを出してくれた。
「リリィ、わざわざ来てくれたのね。レネーとリシャールと暮らし始めたばかりなのに」
メアリーが図書館の馬車道の門を開けて言う。
焼け出された森の木は一本残らず抜かれて高い塀と新しい建物が建てられていた。
「だって、ねえ、メアリーあなたを愛してるんですもの。でもあなたとアレックスが結婚だなんて。ずっと夢見てたのよ。そうしたら私たち姉妹になれるんですもの。どう、皇帝の正妻になる気分は?」
リリィがすっかり舞い上がって喋り倒す。
「しあわせよ。でも奇妙だわ。これからは堂々と魔女だなんて言えないもの。よき妻として彼を支えるのよ」
メアリーは本当に幸せそうだった。黒い魅力的な瞳にも迷いは見えない。
「皇妃だってあなたに似合うわね」
リリィがにっこりとする。
二人は親友同士、手を取り合って同じ馬車に乗り込んだ。馬車はガタゴト揺れながら、リリィとメアリーの思い出の場所、〈皇妃の館〉へと向かってゆく。
リリィはメアリーの首元の真珠の首飾りを見つめた。目が合う。笑みがこぼれた。
「みんなが来てるわ。メトシェラもイネスも、マッツとウージェニーの一家も、ハーブとカーティスもよ。そう言えばね、カーティスの病気は治ったのよ。兵士たちと一緒、変な症状が出てたでしょ。レネーは来てないけれど」
メアリーが首飾りにちょっと触れて言う。一瞬、リリィの笑顔がかげった。
「レネーは忙しいなの。レイドゥーニアとエイダの大国の国王ですもの。王都をレイドゥーニアに移すっていう話もあるわ」
リリィがにこやかに言う。
「ビリーは?」
「いるわ。旅に出て帰ってきたばかりなの。今度の旅はね、ウィリーもついていくのよ」
メアリーがなんだか体全体を弾ませるかのような陽気な調子で報告した。
「まあウィリーが?じゃあアレックスは……」
「そうよ」
メアリーはリリィが口に出す前に返事した。
「披露宴の後に、解放してあげるの。めでたいことじゃないかしら。兄と弟の仲直りよ。兄弟って言っても母親は違うけどね」
「そうね。嬉しいわ。これで私もイリヤに心残りはない。それじゃあお
言葉に出してから後悔した。まるで本当に喧嘩してたみたい。アレックスの冷淡なまでの、ウィリーへのライバル意識を認めてしまったみたい。
「ええ、まあ。ウィルはね、皇位なんて興味ないのよ」
メアリーの世継ぎに期待しているわけだ。
天文台の塔が壊れているのが見えた。もう再建するつもりはないのだろうか。わずかに土台だけが残っている。
披露宴は七日間にわたって続いた。豪勢なものだった。これだけ贅を凝らしてどうやって破産せずにいられるのか、不思議なくらいだ。少なくとも、メアリー・トマスにはふさわしいものだったが。
ビリーとウィルは披露宴が終わる前に花嫁に別れを告げた。メアリーが引き止めるのにも耳を貸さずに、どこか遠くへ行ってしまうらしい。ついでにイネスも二人について旅に出てしまったらしい。彼女は見事な金髪を少年みたいに短くきってしまっていた。
「海辺に行きましょう」
婚礼のすべてが終わった後、リリィがそう提案した。
「いいわね」
メアリーが微笑んで言う。
海辺は、以前とは変わってしまっていた。波がおどろおどろしく荒れ狂い、大の男をまるまる呑み込んでしまいそうだ。
「ねえ、戦争は終わったわ。平和な世の中に戻った」
リリィが荒れ模様の空と海に圧倒され、心躍らせながら言った。
「そうかもしれない。でも海を見て。不吉だわ」
メアリーの目に恐怖の色が浮かぶ。
「なんですって?ねえ、あなたは幸せなのよ。アレックスも民も新しい皇妃を愛してるわ」
リリィはそう言ってメアリーを抱きしめた。
「そういうことじゃないの。海なのよ」
うなだれて言う。
だがメアリーもリリィの切ないような、いじらしい表情を見てると、笑顔を浮かべずにいられなくなった。
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