空色杯参加作品まとめ

紫吹明

第14回 暑中見舞い

 あなたへ。

 おげんきですか。

 ぼくはげんきです!

 おもいでのしなをおとどけします。

 ぼくより。


「……あらやだ、イタズラかしら」

 不意に母が上げた低い声に、少年は読みかけの雑誌から顔を上げた。庭に面した掃き出し窓が少し開けられ、中腰になった母は手に何かを持っているらしい。少年は立ち上がり、母の身体の向こうを覗き込むようにしてその正体を確かめる。

「葉っぱ?」

「そうよ、しかも噛んだ痕があるの」

 少年の呟きに母は眉をひそめて付け加える。くっきりと濃い緑の葉には、確かに獣の牙のような小さく深い噛み跡が残されている。

「……この歯型、なんか見覚えあるな」

 噛み跡のついた蔦の葉を見て少年は一人考える。

 座っていた椅子に戻ると、広げたままの雑誌が目に入った。緑の葉に囲まれて、狐が愛嬌のある顔で笑っている。きつね。その瞬間、少年は去年の夏の遊び相手を思い出した。

「っ母さん、それ捨てないで!」

「え?」

 少年の叫びに、ゴミ箱に向かっていた母が振り返る。

「きつねが僕にくれたんだと思う」

 一緒にくぐって遊んだ思い出の蔦。きっとそれを届けてくれたのだ。

 受け取った葉を大事に紙に挟んで、少年は再び雑誌をめくる。指に夏の匂いが残っていた。

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