第7話 団長の依頼

 楓、ミリィ、ライトとの暮らしが始まって早一ヶ月、俺たちの下に来客があった。

 コンコン

「はぁい!」

 ノックの音に反応して、ミリィが玄関の方へと駆け出す。

「あ! こら、ミリィ!」

 その後を追うべく、俺は作業を中断して部屋を出る。ここまではいつもの光景だ。来客があると、ミリィはいつも勝手に出ようとしてしまう。トコトコとドアに向かって走っていくその姿は見ていて可愛らしい限りだが、いつか俺たちが家を留守にするようなことがあった時、もしも不審者がやって来てしまったらと考えると不安でしょうがない。なので、日頃から勝手に出るなと楓と二人で言い聞かせているのだが、一向に改善の兆候がないのだから困ったものだ。

 ただ、前に俺が家を留守にしている間に来客があった時、そのたった一度だけは、玄関に向かうどころか、一番遠い部屋の隅に逃げて行ったらしい。怖い人がやって来ても俺がいれば大丈夫だと思っているのだろうか? もしそうならば、義理とはいえ父親としては嬉しい限りだ。

 そんなことを考えているうちに、ミリィが玄関に到達したようだ。足音が止み、ドアが開く音が聞こえてきた。

「おやおや、可愛いお出迎えだね。」

「あ、レオンおにいさん!」

「レオンさん!」

 訓練の教官として俺たちを指導してくれているおかげでもうすっかり聞き馴染んだ声と共に、レオンさんが玄関へと向かって来た。レオンさんはいつもの騎士団の服ではなく、少しラフな格好をしていた。

「今日はレオンさんもお休みですか?」

「うん。だから、ちょうどカイトくんに用があったし、そのついでにミリィちゃんとライトくんに、久しぶりに顔見せようかと思って来たんだ。」

「俺に……ですか?」

 レオンさんが俺に用事……? 心当たりがなかった。この前、訓練で何かやらかしたのだろうか? それとも、訓練内容の見直し?

 何にせよ、レオンさんに立ち話をさせては失礼だ。

「とりあえず、上がってください。要件については、中でゆっくり話しましょう。」


 リビングにレオンさんを通したのはいいものの、当の本人は何気ない世間話をしたり、ミリィとライトの相手をしたりしているばかりで、なかなか本題を切り出してこない。

 そして、やがて遊び疲れた二人がお昼寝をし始めたところで、楓がキッチンの方からお茶を持ってやって来た。

「すみません。二人が喜んでたので、邪魔したら悪いと思っているうちにすっかりお出しするのが遅れてしまって……よろしければ、淹れたてのものと替えますが……」

「これで構わないよ。せっかく淹れたんだから、飲まずに捨てるのはもったいない。それに、実はちょっと猫舌気味で、少し冷めてるくらいの方がちょうどいいからね。」

「え、猫舌?」

「はは、意外でしょ? 国王陛下の御付きで友好諸国との会食や会談に行っている時以外は、基本的に冷たいお茶しか飲まないんだ。スープだって、冷えていてサラッとしているものの方が好きだよ。」

 その言葉の通り、本当に意外だった。彼が猫舌だなんて、全く想像できない。自分が持っているイメージとは全然違う。

 カップを持ち上げ、一口飲んだレオンさんは何故か驚いた顔をした。

「ザーグラインドの茶葉……僕の一番好きな紅茶だ。もしかして……」

「はい。ルミノアさんに、レオンさんが一番お好きなものだと聞きました。荻原くんが色々とお世話になっていますし、いつかこちらに来られると思って用意しました。」

 俺の方にも同じ物が淹れられていたので、一口飲んでみる。

 真っ先に出てきた感想は、香りが強いことだった。太陽の光に照らされた草の茂みからするむっとした熱気を彷彿とさせる香り……確か『草いきれ』という表現をしたはずだ。そして、その強い香りとは裏腹に、柔らかい味わいがする。しかし、どちらかの主張が一方的に強いわけではなく、むしろ完全に調和していた。

「美味しい……」

 勇者として様々な地に赴いたり、一国の国王の護衛として、他国の王族との会食や会談に立ち会い、一般的な物から高級品まで、様々な物を口にしてきたであろうレオンさんが舌鼓を打つのも納得できる。これだけ完成された紅茶は、一度も見たことがなかった。

 しかし、何より驚くべきことは、これでも淹れたてではないことだろう。楓のセンスが飛び抜けて高いことは明らかだった。

「紅茶淹れるの、とても上手だね。」

「え? そ、そうかな……? きっと、たまたまだよ。」

 楓は少し照れくさそうな様子で返した。

「……ザーグラインドティーはその味わいや香りだけでなく、適切な淹れ方と確かな技術を必要とする、その風味を引き出すことの難しさでもとても有名な紅茶だけど、初めてでここまで出来るなんて、上手いなんて言葉で評価しきれるものじゃない。」

 レオンさんも俺と同じように、賞賛の言葉を送った。

「ザーグラインドティーはレモンを加えても美味しいんだ。僕はストレートが好きだけど、シルベルト陛下やサラ王妃、アルバート王子は……と、そうだったね。僕としたことが、すっかり本題を忘れていたよ。」

 なかなか本題を切り出して来ないなとは思っていたが、どうやら当人が本題を忘れていたらしい。騎士団長ともあろう人が、そんな様子でいいのだろうか?

「本題というと、俺への用のことですか? 先ほどおっしゃられたサラ王妃やアルバート王子と、何か関係が……?」

「ああ。カナリア王国第一王子、アルバート様は、隣国・ターミガン共和国の王女、ミレーナ・ターミガン様と婚約関係にあってね。今度、ミレーナ様とお会いするために、アルバート様がターミガン共和国に訪れることになったんだけど、ターミガン共和国のアンフロイ国王陛下に、その時に救世主を一人連れて来て欲しいというご要望を受けて……僕としてはカイトくん、君に代表者としての同行を依頼したい。」

「え、俺ですか?」

 城の中で俺たちのことが噂になっているから一度どんな人たちか会ってみたいとか、どこか遠方から王妃と王子が戻って来たか何かで紹介したいから、みんなの予定を合わせて欲しいとか、異世界系でたまにあるような、そんな程度の話かと思っていたが、予想外に規模が大きな話じゃないか。

「そんな責任重大なことを、俺が引き受けていいんですか?」

「もちろん。同行する人には、僕らと共にアルバート様の護衛に当たってもらうことになるはず。それを見越した上で、僕は君が適任だと考えているんだけど、どうかな?」

 共同で第一王子の護衛……自信はないが、これまでの訓練の成果を見てきたレオンさんが言うのだから、俺以上の適任者は、本当にいないのだろう。王子の安全を守れる保証がないとしても、最も確実なのは俺ということだ。要するに、この依頼を受けないわけにはいかないということである。

 その結論への到達を促すとは、ズルいやり口だなと思った。この結論が出てしまったら、断りたくても断れないじゃないか。

「……期間はどのくらいになりますか?」

「そうだな……大体、一週間かな?」

 一週間か……。その間、ミリィとライトは楓に任せるしかない。それは、彼女にとってまあまあな負担になるだろう。

「……佐倉さん。」

「わかってる。一週間くらいなら、私一人でも面倒は見れると思うよ。だから、安心して行って来て。」

「本当に大丈夫?」

「ん〜…………多分?」

 その一言に俺は項垂れるしかなかったが、でも何故か、彼女なら大丈夫な気がした。

「はぁ……くれぐれも無理はしないでよ? もし手が足りないなら、秀嶋ひでしまを頼るといい。彼は四人兄弟の最年長だから、きっと頼りになるよ。」

「頼るべきは秀嶋君ね……わかった。」

 俺は楓の返事を確認すると、レオンさんの方へと向き直った。

「レオンさん、その依頼……引き受けます。」

「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じてたよ。……出発は一ヶ月後だ。」

「わかりました。」

 こうして俺は、一ヶ月後に救世主の代表として、レオンさんやアルバート王子と共に、ターミガン共和国に赴くことが決まった。きっと、宮廷作法とか言葉遣いとかを仕込まれたり、洋服や装飾品を買い揃えたり、色々と支度をしなくてはならないだろう。


 しかし、俺はまだ知らなかった。

 この依頼が、俺と楓の関係を変える大きな転機となることを……。

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勉強も運動もそこそこな俺が、異世界で片想い中の女の子にスキルレベル上げに協力させられる話 一般通過ゲームファン @ittsugamefan

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