第1章 スキルレベル上げ(子育て)開始

第6話 俺が君のパートナーに!?

「目覚めたばっかりなのに混乱させちゃってごめんね。この子たちは孤児で、今日からは私と荻原くんの二人で、ここでこの子たちと一緒に暮らすことになったの。」

「……え?」

 今日から? この家で? 楓と一緒に? この子たちと? 暮らすの?

 つまりそれって、俺と楓が、この子たちと同居するってことだよな……?

「ええええええええええええええ!?!?」

「バッ……! 魁斗お前、急に叫ぶなよ! チビどもがいるってこと考えろ!」

 和樹にそう言われて俺はハッとする。

「ご、ごめんな。いきなりのことでびっくりしちゃって、つい……」

 折角父親に選んでもらえたのに、初日から嫌われてしまったかもしれない。

「……って、そうだよ佐倉さん、どういった経緯で俺がこの子たちの父親になったのかを先に教えてほしかったんだけど。」

「あっ……ご、ごめんね? ええっとぉ……私もいまいちよくわからないんだけど……」

 こうなった経緯を尋ねると、彼女は何故か困惑した様子を見せた。自分で決めたような言い方をしていたのに、その経緯を自分でもよくわかっていないとはどういうことだろうか?

 起き抜けで空回り気味な頭に思考を巡らせていた時、この様子を見かねたのか、レオンさんから助け舟が出た。

「そこはお前から説明してやったらどうだ、ルミノア?」

「あ、はい。カエデさんのスキルは『慈愛の母神』という治癒・補助系魔法を得意とする支援型のスキルで、そのレベルを上げる方法というのが、恵まれない子どもを救うこと。特にその母親として務め、共に暮らすことで大きな効果が見込めるようなのです。そこで、私と姉は意識が回復した彼女を鍛錬に励んでいたみなさんには合流させず、孤児院に連れて行って、新任の職員として積極的に働かせていたのです。」

「なるほど、スキル関連の話ですか。」

 確かに本人がよくわからなくても当然だ。魔法すらなかった世界に生きてきた俺たちにとって、スキルに関することでは、理解できないことの方が多い。俺だって、どうして俺のスキルに狩猟・雷・皇帝という要素が入っているのか理解できない。そういうものとは縁もゆかりもないのに。

「でも、孤児院で働いていたなら、どうしてこの状況に繋がったんですか?」

「……それじゃあ、効果がなかったの。」

「え? 効果がなかった? 何で?」

 意味がわからない。

 孤児院で働いている以上、楓は恵まれない子どもを救っている。それは確かな事実だ。まあ、歳が歳だから母親というより面倒見のいいお姉さん程度に見られているのかもしれないだろうが。だとしても、「効果がない」のはいささかおかしな話だ。

「正確に言えば、全く効果が無かった訳ではない。でも、僕らの予想とは裏腹に、能力の成長度合いはからっきしだったんだ。」

「そんな時、カナリア様からカエデさんに、直々にご教示が下ったのです。『重要なのは、救った子らの数ではなく、その子ら一人一人がどれだけ救われたと思っているのか、言うなれば、"差し伸べた手の暖かさ"にあります。そして、その者が"良き母"として努めるためには、"良き父"の存在が鍵となるでしょう。今、貴女の目に映るあの子らにも、本来であれば父と母がいて……家族と呼べる者たちがいて然るべきなのです。私には貴女を急かすつもりはありませんので、これから私の言うことは単なる助言として受け取ってもらって結構です。……もし貴女が、慈愛の母神の更なる力を得ることを望むのならば、この場にいる子らより二人を選び、その母となりなさい。そして、貴女と同じ救世の者たちより一人の男を子らの父として選び、その者、そして二人の子と、家族として共に暮らすのです。』と。」

 言われてみれば当然の話だ。孤児院で働く一人の大人(まだ未成年だが)という立場は母親には程遠いものだし、その孤児院にいる子どもたちみんなを相手にしていては、一人一人への対応は自ずと杜撰ずさんになってしまうだろう。それで本当に手を差し伸べたことになるのかと言われると、とてもそうは言い切れない。

 でも、一つ気になるのは……。

「何で、そんな大事な役に俺を? それに、形の上とはいえ、これからパートナーとして暮らす相手だぞ? その相手が、本当に俺でいいのか?」

 楓自身の意志だ。彼女が俺を選んでくれたことは嬉しいが、それは、「父親役として相応しいか」という観点だけで決めたことかもしれない。俺は、楓のことが好きだ。だからこそ、「同居相手として」俺を選んだことを後悔させたくない。

「私のお父さんに似てるから……かな?」

「だよなー、やっぱ父親役としてでしか見てないよなー……」

 その答えを聞いた時、自分から尋ねたくせして、しかも若干わかってはいたのに、少し悲しくなった。どうやら楓は、俺のことを異性としては見ていないようだ。

「はぁ……マジかぁ…………」

 気がつくと俺は、思わず項垂うなだれて、そんな言葉を溢してしまっていた。

「ええ!? な、何で落ち込んでるの!?」

「あ、あのー……カエデさん? もしかして、理解していないんですか?」

「理解って、何をですか?」

 ルミノアさんが念のため確認を取ると楓はとぼけた様子で聞き返した。どうも、本当に理解していないらしい。

「いいかいカエデさん? 君はカイトくんをこの子たちの父親役として選んだね。それはつまり、君はカイトくんと暮らすと決めたことになるわけで、彼に対して『私と同棲どうせいしてください』とお願いしているのと同じことになる。」

「てことは……さ、最初に話したことはある意味、私から荻原くんへの告白みたいなもので、さっきの理由だと、まるでその気はないって言い切っちゃったのと同じってことですか!?」

 まさにその通りである。そして、さっきの発言で、俺の心はグサっと行かれたわけだ。元を正せば、自分にとって都合のいい答えが帰ってくるかもしれないと期待した俺がバカだったと言える。

 だって相手は、「可愛い系」というくくりで見れば、学年どころか、全校トップクラスの男子人気を誇っているという噂のある、あの佐倉楓なのだ。俺が明確にそうだとわかっているのが和樹しかいないだけで、恋敵の男子生徒は無数にいるはずなのだ。俺なんかよりよほど見た目が良かったり、気が合うような男子生徒たちから、知らず知らずのうちに想いを寄せられていて、それこそ、そのうちの何人かから告白されたことがあってもおかしくない。そんな彼女が、実は俺のことが好きだなんて、都合がいいにも程がある。

「ご、ごめんね、荻原くん! 本当にごめんなさい! 私、ちゃんと理解してなくて……まさか、そんな酷いことを言うのと同じだなんて思わなくって……!」

「……別にいいよ。佐倉さんが、わかっててそんな酷いことを言うような子じゃないのは知ってるから……。」

 実際のところ、自分にとってはいいわけがない。自分の想いを本人に明かせないまま、見事なまでに玉砕してしまったのだから。

 こうなるくらいなら、この世界に転移する前にはっきりと気持ちを伝えた上で玉砕した方がはるかにマシだったのだろう。つくづく自分が馬鹿馬鹿しい。いくらだったとはいえ、ここまで奥手奥手に立ち回らなくてもよかったはずだ。

「とにかく、これから一緒に頑張ろうね、佐倉さん。」

「……そうだね、荻原くん。」

 さよなら、俺の初恋……。

 彼女がいつものように、にこやかな笑顔で明るく返事をした時、俺は心の中で、密かにそう呟いたのだった。

 まあ、いつまでも引きずってたって仕方がない。とにかく、早く気持ちを切り替えて、義父としての役目に精を出さなくては。

 俺は、意図せず気絶していただけとはいえ、二人のことを三日も待たせてしまったのだ。ひとまず、親睦を深めるためにも、たくさんかまってやるとしよう。

「三日も待たせちゃってほんとにごめんな、ミリィ、ライト! その分、今日は父さん、二人といっぱい遊んでやるからな!」

「「やったー!!!」」

 幼子らしく全身で喜びを表す二人と共に、下の階にある子ども部屋に向かっている時、ふと思った。

 楓が、彼のことを差し置いて俺を選んだというのに、何で和樹は悪態をつくどころか、嫌な顔一つ見せなかったのだろうか?

 これって、まさか……

「いやいや、まさかそんなわけ、ないよな?」

「ん? パパ、どうかしたの?」

 ミリィが不思議そうな顔をしてそう尋ねてきた。どうやら心の声が漏れてしまっていたようだ。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してて……つい口に出ちゃっただけだ。」

「そうなの? じゃあ、つぎからはしっかりおくちチャックしなくちゃね!」

「……そうだな。」

「ねえパパー! はやくこっちきてよー! いっしょにあそぼー!」

 もう部屋に着いたのだろうか、廊下の先から、ライトの急かす声がする。

「わかった! あんまり待たせちゃライトに悪いな。行くよ、ミリィ。」

「じゃあ、だっこして!」

 キラキラと目を輝かせてぴょんぴょん跳ねながら、ミリィがだっこを求める。あまりに可愛らしいその姿に、俺は心から癒された気がした。

「わかった。おいで、ミリィ!」

「わーい!」

 先ほどの自惚れた考えをそっとしまって、ミリィの小さな身体を抱き上げた俺は、真っ直ぐ子ども部屋へと向かった。




◇佐倉楓サイド◇

 荻原くんが子どもたちを連れて部屋を出てから少し経った頃、宮澤くんとレオンさんが立ち上がった。

「じゃあ僕とカズキくんもそろそろ帰るよ。カズキくん、新技、仕上げにかかるぞ。」

「よっしゃあ! 他の奴じゃ全然張り合いがねえからな、戻ってきたあいつを、ぜってぇビビらせてやる! じゃ、また今度気が向いたら来てやるぜ!」

「うん、じゃあね。」

「ルミノアも、二人のことをサポートをするのはいいことだけど、程々にね?」

「はい。それでは、お気をつけて。」

 宮澤くんとレオンさんを見送り、部屋に残ったのは私とルミノアさんだけとなった。

「……だあああああああぐああああああああうおおおおおおおお!」

「あ、とうとう爆発した。」

 部屋の扉が完全に閉まり、足音が聞こえなくなった途端に、私は堪えきれずに叫んだ。

「何であんなひっどい嘘ついちゃったんだ、私のバカァァァァァァァァァ!」

「ま、まあまあ。いざとなると、恥ずかしくなっちゃうよね。でも、まだまだチャンスはあるよ! 勝負はここから! 頑張ってね、カエデ!」

「簡単に言わないでよ、ルミ。難しいものは難しいんだから……」

 ルミノアさんには孤児院で働いていた時に色々と助けてもらっていた。それをきっかけに、たまに一緒にお茶をするようになったりして、彼女とはいつからか、お互いのことをカエデ、ルミと呼び合う仲になっていた。

 初めの頃とは打って変わって、二人だけの時にはすっかりタメ口で話すようになった。最早他の人がいる前で取り繕おうとする方が難しくなったくらいだ。

「でもさー……」

「な、何?」

「……見たよね、あの反応? 絶対に脈ありだってあれは!」

 親しくなるうちに、意外にも、ルミはこういう時に友人を揶揄からかう方の人間であることがわかった。それも、普段見せている親切丁寧なあの様子からは想像がつかないほどにだ。

「早く告っちゃいなよ!? あんないい人、そうそういるもんじゃないし……ね!?」

 言い方からして、完全にスイッチが入ってしまっている。こうなったルミは、もう手がつけられない。

「も、もう! またそうやって揶揄う!」

 そう言ったところで、最早意味がないのはわかっている。言うならば、彼女の気が済むまでずっと揶揄われ続ける、地獄のような時間の始まりだ。

「あはは、ごめんごめん! でも、こうして見ていると懐かしいな〜。私もこんな感じだったなぁ。」

 私が頬を紅くしている横で、ルミがそう呟いた。

 私以外にこのことを知っている生徒はまだいないが、実はルミは、レオンと付き合っている。そこに至るまでの経緯こそ、内緒にはされたが、そのことを知っていたからこそ、私は恋愛経験のある先輩としてルミを頼ったのだ。まあ、その結果、こうして揶揄われているのだが。

「じゃあなおさら普通に応援してよ〜……」

「え〜やだ! だってカエデの反応、本当に面白いんだもん! 久しぶりに揶揄いがいのある子が来たな〜って感じで! これは腕が鳴りますなぁ。」

「いや、そんなの鳴らさなくていいから!」

 その声色は、まさにいいおもちゃを買ってもらえた時のミリィと大差がない。こうして話していると、ルミが王国にいる白魔道士の頂点に君臨している、双子の聖魔導士の一人だなんて、とても信じられない。それに、双子の姉のステラさんとも、全然似ていない。親しみやすい雰囲気があるルミとは違って、ステラさんはどこまでも厳格で、それこそ聖魔導士としての堂々たる威厳がある。ここにいる揶揄い魔とは大違いだ。

「そ・れ・にぃ、ちゃぁんと言わなきゃその気持ちはいつまで経っても伝わんないよ! ほらほら早く言っちゃい」

「ルミノア。」

「ひゃい!?!?」

 不意に扉の向こうから、立ち去ったはずのレオンさんの声がした。

「っふふ。ほんと君の驚き方は可愛いね。」

「う、うるさい! というか、レオンさっき帰ったんじゃなかったの!?」

「君がすぐに帰るような感じじゃなかったから、こんなことだろうと思って、カズキくんには『忘れ物をした』と嘘をついて、様子を見に戻ってきたんだよ。」

 どうやら、レオンさんにはこうなることはお見通しだったようだ。彼が戻ってきてくれて本当に助かった。

「許してやってくれ、カエデさん。これでもルミノアは本気で君のことを心配してるんだよ。昨夜だって僕に、何て言ったら、カエデさんが自分に素直になれるかな? なんて」

「わ、わああああ! わあああああああ! それは本人には言っちゃダメだって言ったよね!?」

「ごめん、すっかり忘れてた。」

「もう……レオンのバカ。」

 そんなやり取りを聞いていて、私が望んでいる関係が目の前にある気がして、何だか、羨ましかった。

「私も魁斗くんと、二人みたいな恋人同士になれるのかな……?」

「……なれるよ。カエデから、素直に想いを伝えられれば、絶対にね。」

「そもそも一昨日、カイトくんが好きだからって理由で、カズキくんをきっぱりとフった君なんだ。自分で思っている以上に、カエデさんはカイトくんに対して、本気だ。それだけ強い想いがあれば、絶対大丈夫だ。自信を持って、早いところ伝えてやった方がいい。そしたら彼は、絶対喜んでくれるから。」

 その言葉は、とても温かかった。身も心も芯まで温まったような、そんな心地がした。

 うん、そうだよね? きっと……きっと、大丈夫だ。









 でも、結局一月経っても伝えられていないって聞いたら、絶対笑われちゃうな。

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