第5話 決着、そして幕は上がる

 俺たちは先ほどスキルを利用して作った即席防壁に身を隠しながら、さっきの話の続きをしていた。

「聞かせろ。どうやったらあのトンデモ木人椿もくじんとうを倒せる?」

「宮澤、フレミングの左手の法則は知ってるよな?」

「わからねえとでも思ってんのか? 磁界と垂直に置かれた導体に電流を流すと、導体に力が働くっつうアレだろ?」

「そうだ。その応用として、二本のレールで挟んだ導体に電流を流すと、磁界が発生して、この時電流と磁界が揃うと力も発生する。導体が動くと磁界が変化して、導体の磁界が変化すると誘導電流が発生して、磁界が新たに発生して、また力の向きが発生して、力の方向に導体が動いて……導体はこのプロセスを繰り返して、どんどん加速していくんだ。」

「な、なるほど? で、その導体は速くなってくってことは、ぶつかった時の衝撃もデカくなるんだよな? てことは……待て待て待て! そりゃ流石にシャレにならねえぞ!」

 今の怒号を聞く限り、どうやら彼は全てを察したらしい。

 後はどうやって、彼を説得するかだ。

「確かに宮澤が被るリスクもそれなりにデカい。それでも、今の俺たちがレオンさんに勝つにはこれしかないんだ。もしどうしても引き受けられないなら、俺が残ってる力で粘れるだけ粘って、できる限りレオンさんを消耗させて、お前に後を託すよ。」

 大きなリスクを背負わせる側である以上、ここで無理を言って彼を危険に晒すわけにはいかない。それでも俺は、もしできるのならば、あのレオンさんに一発喰らわせてやりたい。

「ハッ……本当にそれしかねえんだろうな?」

 彼の返事は、俺の予想とは異なって意外と乗り気なものだった。

「え? お前、いいのか……!? 死ぬかもしれないんだぞ!?」

「確かにそうかもしれねえ。俺だって死ぬのは真っ平ごめんだ。だけどよぉ……!」

 彼は覚悟を決めた顔で続けた。

「俺は、誰がどう見てもカッケェ漢になりてえんだ! やられっぱなしで終われるような奴ぁ、カッケェ漢じゃねえ!」

 この時、俺は初めて和樹の言葉に心打たれた。

 気に入らない相手は暴力で捻じ伏せて、いくら叱られても態度を改める素振りもないような奴だけど、自分の命を危険に晒してまで自分の信念を貫き通そうとするその覚悟だけは、俺も見倣うべきだろう。それに、いざという時、自らの命を秤にかけられる覚悟は、この世界で戦いに身を投じていく上ではとても大事なものだ。やっぱり、この世界じゃ彼が一番の優等生なのかもしれない。

「で、そんなデケェ一発当てる隙どうやって作るよ?」

「そこは……悔しいけど、真っ向からやったら勝てないことを認めてから、それでもやられっぱなしじゃ終われないことを伝えて、最後の手段として撃つしかないと思う。」

 もう和樹も痛いほどわかっているはずだ。レオンさんは流石に魔王を倒した先代勇者とだけあって、途方もなく強い。俺たちがどんなに工夫して攻撃を仕掛けたところで、彼が大きな隙を見せることは絶対にないだろう。

「あくまで戦いに負けた上での一発勝負ってことか……まあ今の俺たちじゃ、飛び道具だけでそんなのぶち込む隙は作れねえし、それしかないわな。」

「ああ。……宮澤、本当にいいのか?」

 大きなリスクを負うことを厭わない様子の彼に、俺はもう一度その覚悟を尋ねる。

「ったりめえよ! このまま終わるくらいなら、お前の秘策に賭けてやる! それと、これからは和樹でいいぜ! 命預かった相手に苗字呼びされんのは、何だか変な心地がするんだよ。」

「……そっか。わかった。」

 こうして話していると、和樹は本当はいい奴なんじゃないかと、そう思える。

 もし元の世界に帰れたら、それからは彼の言い分も少しくらい汲んでやっていいかもしれないな。

「じゃあ、改めてよろしくな、和樹!」

「おうよ、魁斗!」

 俺たちは相容れない犬猿の仲から、互いに命を任せられるような良き友となり、拳を突き合わせた。それと同時に、轟音と共に防壁が破られる。

「ふぅ……結構硬かったね。思いの外、時間と魔素を食ってしまったよ。」

 内心まだまだ余裕なくせに、レオンさんは少し疲れているような素振りを見せた。俺の秘策を、和樹が快く引き受けてくれて本当によかった。このままレオンさんと真っ向から戦い続けようだなんて、とてもじゃないが考えられない。この人はもう人間の範疇はんちゅうなんて物は軽く超えている。それこそ、彼は上位魔族だと言われても不思議じゃないレベルだ。

 悔しいけど、今の俺たちじゃどう頑張ってもこの人には勝てない。

 やっぱり、こうするより他にないだろう。

「降参です、レオンさん。俺たちの負けです。今の俺たちじゃ、真っ向からやってもあなたには到底勝てません。」

 俺がそう伝えると、レオンさんは戦う前と同じような、優しい表情を見せた。

「……そうか、負けを認めるんだね?陛下、ルミノアに試合終了の合図を」

「待ってくれ! この話にはまだ、続きがあるんだ!」

 和樹がレオンさんの言葉を切ると、彼は呆れたような表情で振り返った。まるで、こちらに秘策があることを悟り、「実力の差が明らかだとわかっていながら、無駄な足掻きをする気か?」というような表情で。

「確かに、真っ向からやってあんたを倒せる手は尽きた。でも、あんたが俺たちに時間をくれるなら、俺たちはあんたに一発だけでも喰らわせることができるかもしれねえ!」

「僕が時間をやれば……か。実戦ではそうはいかないとわかっていても?」

「はい。」

 俺の返答を聞くと、レオンさんは観客席にいるみんなを見渡した。おそらく、一人一人に対して『精霊王の審眼』を使っているのだろう。

「まあ、1対2というこの状況自体、この先君たちが経験する戦いとは遠いものか。他のみんなの水準からして、君たち以外の全員が束になれば、僕が相手でも、少しは時間を稼がれるかな? いいだろう。時間をやる。だが、いくら時間をあげたところで、今の君たちがこの僕に一発喰らわせることができるとは思えない。だから、もし君たちの言うその秘策とやらで、僕の膝を地に付けさせるか、僕の背が壁につくまで僕のことを押せたのなら、君たちの勝ちでいいよ。」

 レオンさんは余裕ぶって、そんなことを言った。

 思ってもみなかった。膝をつかせるか壁まで吹っ飛ばせば俺たちの勝ち。アレの威力を以てすれば、万に一つもあり得ないような話ではない。もしかしたら、勝てるかもしれない。

「へっ、後悔すんなよ。今からあんたが相手すんのは、俺らの世界にある『科学』っつう魔法にさえ勝り得るもんで生まれた、最高のバケモンだからな!」


「レオンさん、準備できました。」

「こ、これが、君たちの言う秘策……」

 準備にかかった時間は10分程だっただろうか。和樹の能力によって、全長15m、全高6mの巨大なレールが二本、平行に形成されていた。

「思っていたものと全然違くて驚いたよ……これで一体、何をしようって言うんだ?」

「今からレオンさん目掛けて、この電磁砲レールガンというものを使って、超高速の物体を発射して攻撃します。それが、俺たちの秘策です。」

 俺が『レールガン』という言葉を出すと、途端に観客席にいるみんながざわめき出した。当然だ。本来これは人間にぶつけるような物ではない。大戦時に、戦車や爆撃機を相手取る兵器として開発されていた物だ。

「なるほど、これを使って……わかった。これ以上は聞かないでおこう。ここで知ったら、秘策が秘策でなくなってしまうからね。」

 そう言うと、レオンさんは発射口から20mほど離れた場所に立つ。その場所は、この闘技場の中心と壁の間の、おおよそ真ん中あたりだ。

「生まれてこの方、僕はそのレールガンという物を見たことも聞いたこともない。つまりそれは、間違いなく君たちの世界にしか存在しない物ということだ。カズキくんはこれを『バケモノ』とまで言っていたよね? それほど凄まじい力があるんだね? ならばその力、早速この身を以て実感させてもらおうじゃないか! さあ……来い!」

「わかりました、行きます!」

 俺はレールの根元にある、送電用の突起をしっかりと握り、深呼吸をする。俺はまだ、レオンさんのように体から離れた場所から、魔法陣を通じて魔法を発動させるのは苦手だし、十分な電力を伝えるには、こっちの方が確実だ。

「雷撃魔術、ビリオンスパーク!」

 身体中の魔素を全部使ってもいい。できるだけ大きな電力を、レールに伝える!

 ありったけの魔素を込めた一発で、レールの帯電は十分だ。二本のレールの間で放電まで起こっている。

「凄い力だ……! それを、一点にまとめて僕にぶつける気か!?」

「ハズレだ、まあ見てろよ。」

 体の中から、凄まじい勢いで魔素が減っているのを感じる。ビリオンスパークの出力はこれでピークだろう。

「これで全開だ、和樹!」

「よっしゃあ!」

 俺の合図を聞いて、鋼鉄之坊テツノボウで再び5mの大男となった和樹がスタートを切る。

 そう、だ。

「!? 君たち、正気の沙汰じゃないな!」

「狂人上等! 見せてやるぜ、木人椿!」

 十分な助走を付けた和樹が、レールの間に飛び込む。彼なりに考えたのだろう。その姿勢は、流線型に近く、点で衝撃を与えられるドロップキック。

「これが、宮澤和樹様の……」

 彼の両手が、二本のレールに触れる。その瞬間から、彼の身体は明確に急加速した。

「底なしの漢気だぜコラァァァァァァァ!」

 15mもの長さのレールを瞬く間に完走したその巨体が、レオンさんを目掛けて一直線に放たれる。

 その瞬間、俺の視界が揺らいだ。どうやら初撃のダメージと魔術の連発による疲労、そしてたった今、レールガンを放つために限界出力でビリオンスパークを使ったことによる魔素切れの反動……その全てが重なって俺の体は限界を迎えたようだ。

 俺は、自分の体が倒れようとしても、抵抗できなかった。

 そのまま倒れ込んだ俺が最後に見たのは、ついにその剣を抜いたレオンさんが、和樹を受け止めた瞬間だった。



































-お……くん……!


 何だ? 誰かの声が聞こえる。


-……てよ、荻……くん!


 この声、まさか……!?


-起きて!


「楓っ!」

 俺は飛び起きるようにして体を起こした。

「お、起きたか、魁斗!」

「……和樹。」

「よかった。お加減は如何ですか?」

「ルミノアさん。……大丈夫そうです。」

 俺が寝かされていたベッドの傍に、和樹とルミノアさんが立っていた。さっき楓の声が聞こえたような気がしたが、あれは夢だったのだろうか?

「ここは……?」

「ああ、ここか。ここはまあ、簡単に言えばお前ん家……かな?」

「へ? 家?」

「一見すると何でもないような日常生活の中にも、スキルレベルを効率よく上げることに繋がる何かを見出せるのではという陛下のお考えで、みなさんはカナリア王国の城下町で、一国民として暮らすことになったのです。」

 なるほど、確かにその考えには一理あるなと思った。それにしても、そんなことがあったあたり、俺は数日意識を失っていたようだ。

「にしても本当良かったぜ。3日も目ぇ覚まさなかったから、まさか弾役になった俺じゃなくて、打ち出したお前の方が死んじまったんじゃねえかと思ったぜ。」

「そっか。3日も意識を……ちょっと無茶が祟ったみたいだ。心配かけて、悪かった。」

「気にすんな、ダチの心配すんのは当然だからな! それに、お前の無茶の甲斐もあって、あのトンデモ木人椿に勝てたしよ!」

「そっか。やっぱり、レオンさんには……ん?」

 今和樹が口にした言葉を、俺は注意深く、もう一度噛みしめる。

 あのトンデモ木人椿に勝てた。

 確かに、和樹はそう言っていた。

 彼の言うトンデモ木人椿というのはレオンさんのことだから、つまり……。

「え!? 俺たち、勝ったのか!? レオンさんに!?」

「そうだよ。」

 そう言って、当のレオンさんもまた、俺の見舞いに来たのか、部屋に現れた。

「あ、レオナルド様。お体の方はもう大丈夫なんですか?」

「まあね。君の治療のおかげだよ、ルミノア。それはさておき、本当にとんでもないことをしてくれたね、君たちは。まさかあのレールガンというのがあそこまで強いとは思わなかったよ。剣を抜いた僕が壁に叩きつけられたのは、魔王と戦った時以来だ。勇者の矜持のステータス1.5倍効果を以てしても防ぎ切ることの叶わない、本当に見事な一撃だった。」

 レオンさんは、悔しさを微塵も感じさせないような、とても爽やかな笑顔で、俺たちの秘策に負けたことを認めた。

 あの秘策でレオンさんに勝つことができたのは、本当に嬉しい知らせだ。これで何一つ結果を残せていなかったら、折角リスクを背負ってまで弾になってくれた和樹に合わせる顔がなかったかもしれない。

「それともう一つ、カイトくんに伝えなきゃいけないことがあるんだけど……」

 レオンさんがそう言って、俺に何かを伝えようとした時、下の方からドタドタと慌しい足音が聞こえた。どうやらこの家は二階建てらしい。

「こら、ミリィ、ライト! 廊下は走っちゃダメって何度も言ってるでしょ!?」

 下から怒鳴り声がして来た。間違いない、今のは楓の声だ。でも、聞き覚えのない名前を呼んでいた。

「おっと、噂をすれば……」

「あの、今佐倉さんが言っていた、ミリィとライト……というのは?」

「僕が言葉で説明するよりは、実際に会ってもらった方が早いかな? ルミノア。」

「はい。みなさん、こっちに来てください! カイトさん、目を覚ましましたよ!」

「えぇ!? ほ、本当に!?」

「よーし、ボクがいちばんにあうぞー!」

「ズルい! ミリィがさきにあうもん!」

「ああちょっと、喧嘩しないで! それと、危ないから走っちゃダメだってば!」

 今のは、子どもの声だろうか? それも、とても幼い子どもの声だ。まだ保育園の年長にもなっていないくらいじゃないか? 親に言わせれば、手間はかかるが、結構可愛く思える頃だろう。

 ……いや、そうじゃなくて!

 何で楓がそんな幼子と一緒にいて、挙句その子たちを連れて俺のところに見舞いに来ているんだ!?

 そう思っていると、ルミノアさんが開けていた扉から、その二人の幼子がやって来た。

「いぇーい! ぼくがいっちばーん!」

「ちがうよ! ミリィのほうがすこしはやかったよ!」

「ぼくがさき!」

「わたしがさき!」

「ぼくだよ!」

「わたしだって!」

 俺の目の前で、その子たちはどっちが先にこの部屋に着いたかというくだらないことで口喧嘩を始めてしまった。

 その様子を見て、俺に言えることはただ一つだった。

「か、可愛い……」

 何このひたすら可愛い生物!? 元気いっぱいで、ちっちゃくて、無邪気で、まさに純粋無垢そのもので! この世の『可愛い』全部詰まっているんですけど!?

 ………………いや、そうじゃなくて!!!

「レ、レオンさん? もしかしなくても、この子たちが、その?」

「そう。ミリィちゃんとライトくん。そして君は、この二人の父親だ。」

「な、なるほど。俺が、この二人の父親……はいぃ!?!?」

 ち、父親!? 俺が、この子たちの!?

 もう何が何だかすっかりわけがわからなくなったところに、楓が姿を現す。

「荻原くん! よかった、目を覚ましたんだ!」

「佐倉さん、喜んでくれてるとこで悪いけど、まず説明して。この子たち誰? 俺が父親ってどゆこと? 俺たち結婚してたっけ?」

 最後にしれっとすごいこと言った気がするが、そんなことはどうだっていい。とにかく今は、彼女にそこのところをしっかりと説明してほしい。

「目覚めたばっかりなのに混乱させちゃってごめんね。この子たちは孤児で、今日からは私と荻原くんの二人で、ここでこの子たちと一緒に暮らすことになったの。」

「……え?」

 今日から? この家で? 楓と一緒に? この子たちと? 暮らすの?

 つまりそれって、俺と楓が、この子たちと同居するってことだよな……?

「ええええええええええええええ!?!?」

 かくして俺の、片想い中の女の子と一緒に孤児を育てる日々が、幕を開けるのだった。

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