星の片隅で

凪 志織

星の片隅で



 小さな星の廃棄場で私たちは最後の雑談をした。

「それにしてももうこの星も限界だね。こんなにゴミが溢れて足の踏み場もない」

 さびついた体でわずかなスペースに腰掛け、彼はそう言った。

 もともとは青色の塗装だったのだろう。錆で覆われたボディのところどころに青色がのぞく。

「さて、わたしもそろそろだね。冥途の土産に君の話を聞かせておくれ。君の夢は何だね?」


 死神の私にそんな質問をした者はこいつが初めてだった。

 というより、まともに会話ができたのはこいつが初めてだった。

 人工知能搭載のロボットが普及し人間の知能を上回った時、ロボットにも命が吹き込まれた。

 人間は新たな生命体を地球上に生み出した。

 おかげで私の仕事は増えてしまった。

 これまで人間だけを迎えにいけば良かったものが、寿命の尽きたロボットまで迎えに行く時代がくるとは。

 それも環境保護の観点から地球外の星へ廃棄された彼らを迎えに行かなければならない。

 地球外への出張に辟易していたが、彼のように私のことをはっきり認識できるものの存在に出会い私は高揚した。

 これまで死の間際に私の姿をぼんやりととらえていた人間はいたが意思疎通までとれる存在と出会えたのは初めてだった。

 私は嬉しく感じつい個人的なことを話しすぎてしまった。

 死神の主な仕事内容、仕事の愚痴、趣味のこと、死神になる前は人間だったこと、などなど…。


 私の夢…

 死神の私にそんな妙な質問をしてくるとはやはりロボットの考えることはわからない。

 私はしばらく考えたのち答えた。

「私は人間に確かに生きたものとなってほしい」

「なるほどそれは素敵な夢だ」

 人間の知能を上回った機械は理解がはやい。

 それ以上のことは聞かず静かに命を終えた。

 

 ロボットの体から離れた魂を私は胸に抱いた。

「じゃあ行こうか」

 子猫のような温かさを放ちながら小さな魂はうなずくように私の胸の中で振動した。

 これから向かうのはこの魂の故郷。

 私は彼が迷わず帰れるよう見送りをする。

 彼はまたいつか何者かに生まれ変わるだろう。

 ロボットとして命を全うした彼も喜怒哀楽の感情があった。

 生きることに喜びを感じていた。

 次に何に生まれ変わろうともまた彼の人生が幸せなものであってほしい。

 私は星々の間を飛びながら胸の中に抱えた魂に伝えた。

 

 あなたがもし次に人間に生まれ変わることになったら覚えておいてほしいんだ。

 いや、別にそんなに重要なことでもないから軽く片隅に置いといてくれればいいんだ。


 人々は過去にとらわれ、未来に恐怖し、今を生きることを許されない。

 日々の生活に追われ自分たちにとって大切なものを忘れ、わずかに感じたシグナルもみなかったことにして、後になって後悔する。

 永遠なんてないんだよ。


 自分だったらもっとうまく踊れたのに

 自分だったらもっといい絵を描けたのに

 自分だったらもっと素敵な物語を世に生み出すことができたのに

 自分だったらもっとわくわくする冒険ができたのに

 社会のため他人のためにこんなに身を粉にして働いてきたのに!


 死の間際、そんな叫びが聞こえてきて。

 私はいつも悲しくなるんだ。

 冷たいようだけど当然の結果なんだよ。

 自分を置き去りにしたまま人生のゴールを迎えてしまったんだもの。

 

 だからなるべくはやく気づいた方が良いんだ。

 すべてのものに価値はないこと。

 それならば、自分の心が少しでも揺さぶられることをした方が良いこと。

 自分の人生なんだ、主人公は自分なんだ。

 他人にどう思われるかより、自分がどう思うか、どう感じるか、どうしたいか、の方が重要なんだ。

 

 あなたは人のために尽くしてきた優しい魂だからまた人のために自分を犠牲にするかもしれない。

 あなたが何か変えようとしなくても、人や環境は勝手に変わっていく。

 言葉の魔法は弱く、持続時間も短い。

 強く作用するのは行動なんだ。

 あなたがどう生きてきたか、今をどう生きているのか、これからどう生きようとしているのか。

 あなたの生き様をみて世界は変わっていく。

 もっと信じてもいい。自分も世界も。


 数多の魂にそう伝えてきたのだけどやっぱり忘れてしまうんだよな。

 ロボットだった君も忘れてしまうのだろうか。

 まあ、それもいいさ。

 その時はまた迎えに行くから。

 私は彼らに伝えたくて死神を続けているのだから。

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星の片隅で 凪 志織 @nagishiori

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