第15話 千花とオレンジ色のお風呂
「千花にはオレンジ色のお風呂が良いと思うわ」
「オレンジ色大好きです! お日さまはオレンジ色だし、オレンジはおいしいし、オレンジ色を見てると元気がわいてくるんだもん」
グローリアさんは「それなら良かった」と笑った。
あっという間にお父さんとお別れした次の日、七彩湯へ行くと、グローリアさんは約束通り、わたしにお風呂を提案してくれた。
「秋だって言うのにこの頃すごく寒いでしょう。きっともうじきもっと寒くなるわ。オレンジとジンジャーの香りがするお風呂だから、入ればポカポカになるわよ」
茶々をグローリアさんに預けると、わたしはお客さんとして、チトニアが描かれたオレンジ色のドアを開けた。
「うわあ! きれい!」
ドアを開けてすぐに、太陽の光でキラキラと光るオレンジ色の浴槽が目に飛び込んできた。球体を半分に切ったようなコロンとした形の浴槽は、色もあいまって、大きなオレンジの実に見える。
中を覆うオレンジ色のタイルはチトニアを描いていて、太陽の光をいっぱい浴びたお花畑の中にいるみたいな気持ちになった。
棚に並んだマリーゴールドの置物からは、オレンジのおいしそうな香りと、スキッとしたジンジャーの香りがただよって来る。すごくいい香り!
大急ぎでワンピースを脱いで棚に置くと、チトニア柄の
「うわあ! あったかあい!」
石けんを丁寧に泡立てて、雲みたいな泡で体を洗ったら、いよいよ入浴!
足の先からゆっくりと温かいお湯に包まれて行くと、「うわあああ」と不思議な声が出て、笑ってしまった。
窓と向かい合うように座って、肩までお湯の中に入る。やわらかいお湯に包まれる感覚は、まるでクリームの海に飛び込んだみたいだった。
「……お客さんの気持ちが、今わかった。七彩湯のお風呂って、最高に気持ちいい!」
それから三十分、お湯につかってのんびりと過ごした。
イチジク型の窓はオレンジ色のキラキラ光る石で縁取られていて、太陽の光を乱反射させている。あそこの石は特にきれい。
そんな窓の外では強い風が吹いているみたいで、鳥たちはうまく飛べていなかった。嵐でも来るような風だ。
「ひどくならないと良いなあ」
わたしのつぶやきに返事をするように、風がびゅうっと吹いた。
お風呂から出ると、グローリアさんはしわしわになっていない手でわたしを手招きした。
「どうしたんですか」
グローリアさんはにっこりと笑って、わたしのほほをすりすりとなでた。
「元気そうになって良かった。オレンジの香りには心を元気にする力があるから、今の千花にはちょうど良いんじゃないかと思ってたの」
「え、わたし、元気ですよ?」
「お父さまがまた仕事に行って、さみしいんじゃないかと思って」
そう言われて、今朝ベッドで目を覚ました時に、一番に考えたことを思い出した。
昨日みたいに、お父さんがまたドアをノックしてくれたら、わたしは飛び切りの笑顔で迎えるのに。
でも当然ドアがノックされることはなかった。
「……確かに、朝は少しだけさみしいなと思いました。でも、今はすっかり元気です! グローリアさんも七彩湯もすごい!」
わたしがその場で飛び跳ねると、グローリアさんは尾ひれをゆらゆら揺らした。
「ふふふ、それならよかったわ。またいつでも入ってちょうだいね。千花と茶々は、七彩湯の大切なお客さま第一号だもの!」
この日から一週間は、毎日バケツをひっくり返したような雨が降った。
グローリアさんからは、雨の日は土砂崩れの心配があるから来なくて良い、と言われている。そのせいですごく
「あ、見て、茶々。これ、紫色のお風呂の吊るし飾りにそっくり!」
鉛筆のような形をしたアメジストの写真を見ると、茶々は「キュッ」と鳴いた。
「ひょっとしてあれはアメジストなのかな?」
他にも七彩湯で見た覚えのある宝石はいくつもあった。そうじをしたお風呂の窓を縁取っていたのはガーネットで、昨日入ったオレンジ色のお風呂で見たのはシトリンっていう宝石と色が似ている。
二人で夢中になって宝石の図鑑を読んでいると、おやつのスコーンを持ったおばあちゃんがやって来た。
「草介も子どもの頃は、そうして夢中になって宝石や植物の図鑑を見てたのよ」
「どれもすごくおもしろいもん。誰だって夢中になっちゃうよ」
わたしはおばあちゃんに、七彩湯にある宝石がどれか教えてあげた。茶々はおばあちゃんの老眼鏡から垂れるビーズ飾りを触ろうとして、キューキュー鳴いていた。
「どのお風呂にも、ドアと同じ色の宝石が使われてるってことね。すごいことだわ」
「でも見た目が豪華なだけじゃないんだよ! この前入れてもらったお風呂も、すっごく気持ちよかったんだから! 町のお風呂屋さんとはお湯が違うような気がするんだよね。すごくやわらかいの!」
わたしが興奮してまくしたてると、おばあちゃんはニコニコしながらうなずいた。
「あんなに素敵なお風呂なんだから、もっとたくさんの人に入ってほしいなあ」
「それは千花のがんばりどころじゃない? まだチラシは残ってるでしょう」
おばあちゃんはそう言って、二階にあるわたしの部屋の方を指さした。確かにまだベッドの下には二十枚以上もチラシが残っている。
「そうだね。グローリアさんはもう宣伝はしなくて大丈夫だって言ってたけど、まだまだ足りないよね。晴れた日にはまた配ってくる!」
おばあちゃんはわたしをギュッと抱きしめて、「応援してるわ」と言ってくれた。
「それから、この前言ってたSNSをやってみない? わたしもハーブ教室の宣伝のために一つアカウントを持ってるの。それで七彩湯を宣伝するの。どう?」
「えっ、いいの!」
「もちろんよ。わたしも千花とグローリアさんの力になりたいわ」
「ありがとう、おばあちゃん!」
そこで、わたしとおばあちゃんはペンと紙を持ってきて、みんなが絶対に七彩湯に来たくなるような一四〇文字の宣伝文句を、一時間以上かけて考えた。
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