第11話 千花は世界でひとつのお守りを作る

 次の日は学校から帰ると、茶々とおばあちゃんと一緒に、四日ぶりにお庭の手入れをした。

 雑草を抜いたり、お水をまいたり、肥料を作ったり、やることは山ほどあった。でも、久しぶりにおばあちゃんといろんな話をしながら手入れをするのはすごく楽しくて、どんどん元気がわいてきた。茶々もわたしたちの足元を、楽しそうにグルグル走り回った。

 真っ赤な実をつけたナナカマドの木の下のベンチに座って一息つくと、おばあちゃんは「よっこいしょ」と言って立ち上がった。

「さて、千花。今日はもう一つやることがあるわ」

「なんでも言って! 今日はやる気に満ちてるんだ」

 爪の中に入った土をエプロンでこすりながら、顔を上げて答える。

「良いお返事ね。それじゃあ、調合室へ行きましょう」

「調合室? ハーブティでも作るの?」

「いいえ。千花と茶々のお守りを作るの」

「お守り?」

 おばあちゃんは力強くうなずいた。


 南向きの大きな窓がある調合室の壁際には木製の棚が並んでいて、鉄製の秤やハサミの他に、大きさの違うビンや、チョウの羽みたいな形をした取っ手がついた壺がきれいに収納されている。ビンと壺の中身のほとんどがドライハーブだ。

 壁には、ヒモで束にしてあるドライハーブや、薬草の薬効一覧表、薬草のスケッチ、お庭の配置図が貼られている。どれもおばあちゃんのきれいな字で書きこみがされていて、一番古い日付は五十年も前だ。

 おばあちゃんはずっと薬草と一緒に生きてるんだね。

 それを見たわたしは、菫から聞いた話を思い出した。

「そうだ、おばあちゃん。この前菫から聞いたんだけど、あの谷ができたのって結構最近なんだね」

「吊り橋の谷のこと?」

「そうそう。わたし、ずっと前からあったのかと思ってたよ」

「そうよ、つい最近のことなの。あの時は本当に怖かったけれど、それ以上に、自分を守るためにもっとしっかりしなきゃと思わされるきっかけになったから、感謝もしてるわ」

 おばあちゃんは厳しい目で、窓の外に見えるナナカマドの木を指さした。

「あの木は谷ができてから植えたの」

「へえ。そうなんだ。でもどうしてナナカマド? リンゴとか柿とか実が成る木の方が、何かあった時に食べられるじゃない」

「それはね、ナナカマドの木は魔除けに効くからよ」

 想像もしていなかった言葉に、わたしはじっくりと「魔除け」と繰り返した。

「そう、魔除け。あの谷ができた時、今後また何か良くないことが起こるような気がしたの。だから、そういう意味でも自分を守らなきゃと思って、あの木をお守り替わりに植えたの」

 そういえば、おばあちゃんは毎日のようにあの木に手を当てて「ありがとうございます」と唱えている。あれは「守ってくれて、ありがとうございます」って意味だったんだ。

「そっか。だから、わたしも昨日、ナナカマドの木を見た時に安心したのかも」

「そうね。あの木は必ず千花のことも守ってくれるわ」

 おばあちゃんはわたしの頭をそっと撫でてくれた。


「――さてと、千花はハーブを用意してくれる? 束のを一つと、右から三番目のビンよ」

「はーい」

 壁掛けのハーブの中から、一番具合が良さそうに乾燥しているものを選んで取る。

 その間に、おばあちゃんは部屋の中央にあるツヤツヤした一枚板の調合台の上に、すり鉢と乳棒、細長いスプーン、それから小指くらい小さなフタつきのビンを二本用意してくれた。最後に、台についている金色のつまみの引き出しから、皮ひもを二本取り出した。

「準備万端ね。それじゃあ始めるわよ」

 わたしが持って来たハーブのヒモを解くと、おばあちゃんは一つひとつを手に取ってじっくりと眺めた。

「ハーブの多くは、人間にとっては体にも心にも良い効き目があるでしょう」

「うん。グローリアさんも、心も元気になりたいって言った百合さんに、ラベンダーのお風呂を勧めてた」

「それは良い提案ね。でも、中にはハーブが苦手な生き物や、ハーブで撃退される生き物もいるの」

 おばあちゃんはセントジョンズワートをすり鉢の中に入れた。

「だからハーブはお守りになるのよ。昔からよくないものを寄せ付けない、とも言われているからね」

 他には、ヘンルーダやディル、バーベイン、マーレイン、システルなどが入った。

「さあ、交替ですりつぶすわよ。ビンに入れやすいようになるべく細かくね」

「はーいっ。がんばるから応援しててね、茶々」

 調合台の上をうろうろしていた茶々は、短い手をピッと上げて「キュウ!」と答えた。


 二十分もの間、乳棒をグルグル回してハーブをすりつぶした。

 手が痛いと弱音をはくと、おばあちゃんは決まって「あともう少しがんばって!」と応援してくれた。茶々もキュウキュウ鳴いて、わたしのそばにすり寄って来た。そうすると、痛みが和らいだ気がして、また勝手に手が動き出した。

 そして深い緑色の粉がすり鉢いっぱいにできると、細くて小さいスプーンを使って、ビンの中に粉を入れた。

「あとはビンをヒモで結ぶだけ」

 おばあちゃんはコルクでフタをしたビンに革ひもを手際よくくくりつけて、ギュッと強く締めた。ペンダントのように革ひもの輪が付くと、おばあちゃんはにっこりと笑った。

「これで完成よ。世界でたった一つずつしかない千花と茶々のお守り」

 おばあちゃんは手作りのお守りを、わたしと茶々の首にかけてくれた。

「これからはこのお守りを肌身離さず身につけておきなさい。そしてどうしても困ったら、このお守りに頼るのよ」

「どうやって?」

「それはその時々で変わるわ。自分でよく考えて使うの。良いわね」

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