第10話 千花はおばあちゃんと約束する

 二人掛けの小さなソファに並んで腰を下ろすと、わたしは七彩湯で宣伝係りとしてお手伝いをしていることを話した。そして、ドワーフのボトンドさんと町の百合さん、ハーフエルフのピーアさん、それからたった今、不気味な雰囲気を持った男の人を七彩湯まで案内したことを話した。その男の人が怖かったことも。

 おばあちゃんは時々「うん」と言うだけで、静かに話を聞いていた。茶々はわたしの膝の上で静かにしていた。

「実は、ハーブ教室の生徒さんや町の人から、千花がこの頃何かやっていることは聞いていたの」

「えっ、そうだったの!」

「ええ。何かを宣伝してるって聞いたわ。でも、わたしは、千花自身から話を聞きたかったから、話してくれるのをずっと待ってたの」

 そう話すおばあちゃんの顔は、少し悲しそうだった。

 わたしが隠し事をしたせいで、おばあちゃんを傷つけちゃった。

「……内緒にしてて、ごめんなさい。……おばあちゃんはわたしにもっと遊ぶようにって言うから、別のところでお手伝いを始めたなんて言ったら、絶対に反対されると思っちゃって、言えなかったんだ」

「わたしの言葉が、千花を話しづらくさせてたわね。ごめんなさい。両親と離れて暮らしている千花には、なるべく楽しく遊んでいてほしいって、思いすぎてたわ。でも、あなたが楽しみながら、困っている人の役に立っているのなら、やめろとは言わないわ。むしろこれからもグローリアさんのお役に立てるようにがんばりなさい」

 わたしが「本当に!」と声を上げると、おばあちゃんは厳しい顔で「でも」と言った。

「日が沈んでも外を歩き回るのはダメよ。それは遊びだろうと、お手伝いだろうと同じよ」

「……はい。ごめんなさい」

「ただ謝るんじゃないの。どうしてダメだかわかる?」

「……危ないから」

「どう危ないの?」

「……悪い人に、誘拐されたり、襲われたりするかもしれないから」

 おばあちゃんは眉をキリッと吊り上げて「そうよ」と答えた。

「今日会ったその人は、そういう類だったのかもしれないわ」

「えっ! グローリアさん、大丈夫だったかな」

「心配なら一緒に見に行きましょう。ごあいさつもしなきゃね」

「あなたもよ、茶々」と言われると、茶々は「キュッ!」と凛々しく答えた。



 夕食の後、わたしと茶々とおばあちゃんの三人で七彩湯を訪ねると、さっきの男の人はもういなくなっていた。

 よかった、もう一度会うのは少し怖かったから。

「千花の祖母の森木もりき晴乃です」

「わたしは七彩湯の店主のグローリアです。本当はわたしからごあいさつに行くべきだったんですが、あいにくここから出られなくて。来ていただいてありがとうございます」

 おばあちゃんはグローリアさんの浴槽をのぞき込んで「なるほど」とほほえみ、グローリアさんと握手をした。

「千花から聞いた通り、立派なお風呂屋さんですね。すべて一人で準備されたんですか?」

 おばあちゃんの言葉に、グローリアさんの唇がぎゅっと結ばれた。またあの顔だ。

一瞬、誰もしゃべらなかった。茶々がクチッとくしゃみをすると、弾かれたようにグローリアさんが話し出した。

「あ、いえ、手伝ってもらったんです。わたしはこんなですから、一人ではとても……」

 グローリアさんはわたしの方もおばあちゃんの方も見ずに答えた。

 なんだか怖がっている動物みたいな顔。聞いたらいけない話だったのかな。

 心配になっておばあちゃんを見上げると、さっきと同じような厳しい目でグローリアさんを見つめていた。

「……そうですか。その方にもいつかぜひお会いしたいですわ。それから、千花が先ほど案内したお客さんのことをひどく怖がっていたんです。なんだか様子が物々しかったとか。グローリアさんは何か困ったことはありませんでしたか?」

「……ええ。先ほどお風呂には入らずにお帰りになりましたけど、特に変わったところはありませんでした」

 おばあちゃんはちょっと間を置いてから、「そうですか」と答えた。

「さて、お店のお手伝いについてですが、今後も続けさせてやってください。千花はこちらをとても気に入っているようなので」

「願ったり叶ったりですわ。あ、でも、もう宣伝のお手伝いは結構です。きっとこの町の人には知れ渡りましたから、千花と茶々のおかげで」

 わたしは胸を張って「そうですね」とは答えられなかった。

 今日の学校での話を思い出すと、もっとうまく宣伝しないと、お客さんは来ないような気がする。でも今はそれを話そうとは思わなかった。

「お力になれているのなら、わたしも鼻が高いです。ただ、手伝いをするにあたって一つお願いがあります。日が落ちる前には、千花と茶々が家にいられるように、グローリアさんには気を使っていただきたいんです。今日のようなことがあっては、わたしは二人を失いかねません」

 おばあちゃんはわたしの手をそっとにぎってくれた。おばあちゃんの固くて優しい手から伝わる温もりは、すぐに胸の辺りまで届いて、わたしを安心させてくれた。

「お約束します、晴乃さん」

「お願い致します」

 おばあちゃんはわたしにもあいさつをするように目配せをしてきた。

「あ、わたしも改めて、よろしくお願いします」

「キュー!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

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