第31場 またね

 桜は膨らんだ蕾を枝の先につけたまま、花を咲かせないでいる。3月上旬のとある日に、二人の男女が向かい合っていた。校庭にはたくさんの学生たちがあふれ、保護者は保護者で固まっている。二人は裏門を出てすぐの路上に立ち、体育館越しに群衆の声を聞いていた。

「そっちから呼び出すなんて、珍しいな」

「まあ、最後ですし」

 二人の間を山から吹き下ろした風が通っていく。女の制服の胸には、ピンク色のコサージュがついていた。

「私は今まで通り、あの家にいるから。また遊びに来ればいい」

「いや、俺は勉強します。塾もありますし」

「もう、会わないつもりか」

 男は答えない。曖昧に口元を引き上げているだけだ。

「私は天才と言われて嬉しかった。だから、脚本を書いていたんだ。それに、天才と称したのはお前が初めてじゃない」

「俺が、嫌なんです。今のままだと、比べるのはやめられない。そんな俺が嫌になるんです」

 男が一息で告げると、女は視線を逸らした。

「……そうか」

 春の風が木々を、草を、彼女の髪を、揺らして去っていく。

「それは、つまらなくなるな」

「……俺といて、先輩は楽しかったですか」

「それなりにな。可もなく不可もなく、だ。つまらなくはなかった」

 ふっと彼女は笑う。

「私がなぜ学校に行かなくなったか、聞きたいか?」

「ぜひ。でも、それは今じゃないです」

 二人の髪は風に遊ばれて漂っている。それを彼はくしゃりと摑み、両目にかかっていた毛先をのけた。

「また、次に会ったときにお願いします。いつになるかは、俺の成長次第ですが」

「ああ、楽しみにしているよ」

 ざざあ、と一際強く風が吹きつけ、草の欠片や落ちた葉を舞い上げた。くるくる渦を作り、小さな竜巻になる。どこからか桜の花びらが舞い込んで、ほのかな春を形作った。

「それまでに本の一冊や二冊、出してくださいね!」

「もちろんだ! そっちも都会で自分を見失うなよ!」


 さようなら、さようならと手を振り振り返す春の日に、月森君子と忠海徹は別れを告げた。天才と凡才の舞台は幕を引き、今度は舞台を降りたアスファルトの道路から。二人の人生はまた、始まっていくのである。

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才を振るなら舞台の上で 守宮 泉 @Yamori-sen

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