第30場 色相が変わる時
どうして人は、他人を一人の人として見られないのだろう。父、母、先生、先輩、後輩、部長、副部長。同級生ですら、クラスメイトと部員というラベルを貼っている。
凡才と天才、というのも、俺が勝手に作ったラベルだった。何をやっても中途半端で、人の尻馬に乗ることしかできない俺が凡才だとして、勉学も苦労せず、脚本という作品をあっという間に書き上げてしまう月森君子は天才だ。そう決めつけていた。俺とはかけ離れた存在であり、俺にできないことをやってのけて当たり前だと思っていた。だが、所詮は同じ人間に過ぎないのだ。あの時、気づいてしまった。
俺ができないのは才がないからだ、と心のどこかで諦めていたことを。
喫茶店から帰った俺は、押し入れから段ボールを引っ張り出した。中学の時に書き溜めていた脚本と小説を書いていたノートが入っている。染みでよれた表紙を開き、ぱらぱらとめくってみる。先輩のノートを笑えないくらい、つまらなかった。ここには俺が書きたいことしか書かれていない。辛いことや悲しいことはなき者にされ、楽しく自由に生きる登場人物たちが奔放に生きていた。
あの頃の俺は小説で認められないからと脚本を書いて鼻を高くして、先輩に会ったことを理由にして技量が未熟であることを隠していただけだ。先輩の良さがわかる俺はすごい、と勝手に創作者ぶって斜めの世界を見ていた。馬鹿みたいだ。
先輩は天才ではなかった。天才だと見なされただけの、眼鏡をかけた女子高校生月森君子だ。
窓の外で、雪がちらついている。先輩が卒業するまであと3ヵ月しかない。このまま、別れたくはなかった。もっといろんな話をして、もっといろんな表情を見て、もっと彼女の考えていることを知りたい。そのためには俺の見ている世界を変えなければならない。
先輩でも後輩でもなく、ただの人間として接したいと強く思った。
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